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予期せぬ出来事とほころび
#15
しおりを挟む私がそんな状態だった間にも、要さんや夏目さんが早朝から仕事のスケジュールの調整やらなんやかんや奔走してくれて。
副社長である要さんの代わりは、社長や専務が勤めてくれることになったらしく、要さんは私に同行してくれることになった。
夏目さんは、私たちを空港まで送ってくれた後はこちらに残り、連絡やら諸々の調整役を担ってくれることになっているらしい。
二人のお陰で、羽田から徳島阿波おどり空港に降り立ったのが予定通り午前十時十五分。それからタクシーを使い、お祖母ちゃんの運ばれた県立病院へは、十一時には着くことができた。
要さんや夏目さんには、私の入院の時にもお世話になってしまったというのに、今回も、そう思うと、申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
そうは思ってはみても、私には何も返すことができないから、せめてこれ以上迷惑をかけないためにも、今の私にできることなんて、こうして泣かずにいることくらいだ。
でも、私が、そうやって泣かずにいられたのも、お祖母ちゃんの入院している県立病院の救急科の集中治療室に入るまでのことだった。
三十代くらいの優しそうな看護師さんに案内してもらって、集中治療室のフロアに入ると。
真っ白な壁に包まれた広い長方形の空間には、いくつもカーテンで区切ることのできるスペースがあって。そのうちの一つに、お祖母ちゃんのベッドがあった。
ベッドに横たわるお祖母ちゃんの身体には、酸素マスクにはじまり、心電図やら点滴やら、たくさんの管がつけられていて。
痛々しくて、見ているこっちまで痛くなってくるような気になってくる。
辺りには、小さなテレビに似た液晶画面に映し出されているグラフのカラフルな線が動くたびに、流れる電子音と。
少し離れたところで、他の患者さんを処置する医師や看護師の方たちの声や医療器具などの音が響いている。
この県立病院は、私が上京する前は、まだ立て替える前の工事中の状態で。私は、古い建物だった病院しか知らないし、新しい病院には馴染みもないから、余計に落ち着かない。
だからまるで、どこか見知らぬ街の病院の救命救急センターに密着したテレビ番組の映像を観ているような、そんな錯覚に陥りそうになる。
「美菜?大丈夫か?」
「……」
「すぐに担当の医師が参りますので、こちらの椅子にお掛けになってお待ちください」
「はい。ありがとうございます」
「……」
お祖母ちゃんのベッドから少し離れたところで、ただ呆然と立ち尽くしたままで動けないでいる私は、傍についてくれていた要さんのかけてくれた優しい声と、看護師さんの声に、頷いて応えながら、
『あぁ、現実なんだ』
なんてことをぼんやりと思いながら、お祖母ちゃんの元へとゆっくり近づいていって。
お祖母ちゃんの顔を見つめていると、血色も良くて、今にも目を開けて、ニッコリ笑ってくれそうな、そんな気がしてくる。
それなのに、お祖母ちゃんの手にそっと自分の手を重ねあわせると、布団から出ていた所為か、少し冷たく感じられて……。
それがなんだか切なくて堪らなくなってしまった私が、涙をポロポロこぼしながら、両手でお祖母ちゃんの左手を包み込んで、
「お祖母ちゃん、分かる?美菜だよ」
そう言って声をかけながら、暖めるように擦っている時だった。
意識のない筈のお祖母ちゃんの手が微かに動いたような、そんな気がして、
「お祖母ちゃん!」
と、思わず大きな声で呼びかけた私の声にも、お祖母ちゃんからは、なんの反応も返ってはこなかった。
けれどその代わりに、テレビのようなモニターの電子音が、今までのものとはずいぶん違った、やけに高い音色を奏で始めた。
その音を聞いた周りの医師や看護師の方たちが慌ただしく動き出したと思ったら、
「処置の妨げになるといけないので少しだけ下がって頂けますか?」
さっき案内してくれた看護師さんにそう言われ、その直後現れた担当医らしき中年男性がお祖母ちゃんの目や脈を確認し始めて。
私は、要さんに支えてもらいながら、嫌な音をたて始めた鼓動と、震えだした自分の身体を、どうすることもできないまま、泣きながら見守ることしかできないでいた。
そんな中、まるで、私が駆けつけるのを待っていてくれたかのように、そのまま眠るようにして、お祖母ちゃんは天国にいるお母さんたちの元へと旅立ってしまった。
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