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予期せぬ出来事とほころび

#14

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静かな寝室に突然鳴り響いたスマホの着信音。


熟睡寸前に強制的に覚醒させられ、おぼつかないながらに手でスマホを手繰り寄せると、表示されている時刻は午前一時過ぎ。


発信者を確認すると、登録されていない見知らぬ十一桁の電話番号がやけに煌々《こうこう》と映し出されている。


……こんな時間に間違い電話かなぁ?メチャクチャ迷惑なんですけど……。


まだちゃんと働かない頭のなかで毒づきつつも、けたたましく鳴り続けるスマホを黙らせるため、液晶画面の『受話』部分をタップし、間違い電話に対応するつもりだった私は、


「……もしもし」
『あのう、夜分に失礼致します。綾瀬美菜さんのお電話で間違いございませんでしょうか?』
「……はい、そうですが」
『私《わたくし》、介護老人保健施設の長寿園で介護職員をしております、北島と申します』
「……あぁ、はい。……お世話になってます」
『こちらこそお世話になっております。あの、実はですねーー』
「……はい。
ーーえっ!?」


電話を掛けてきた相手の名乗った『長寿園』という施設の名称を聞いた瞬間から嫌な予感はしていたものの……。


頭のなかでは、

お正月に、認知症の所為で孫の私のことを娘である亡くなったお母さんと間違えてはいながらも、嬉しそうに色んなことを話してくれた、その時の元気なお祖母ちゃんの姿が浮かんできて……。


『そんなはずはない。きっと大丈夫』

そう自分に言い聞かせていたのだけれど、予感は的中し、良くない知らせを耳にして絶句してしまった私の目の前は、真っ白になってしまい。


まだ通話の終わっていないスマホを握りしめたままだった手を力なくだらりと垂らし、私は呆然自失の状態へと陥ってしまった。


そんな私の異変に、きっとスマホの着信音で目覚めてしまっていたのだろう要さんがいち速く気づいて、

「……おい、美菜?どうした?何かあったのか?」

と、何度も心配そうに、かけてくれているその声にも、私はなんの反応も示せないまま、ただただ呆然としてしまっていた。




電話を受けてから数時間後の早朝、車の中。


いつものように運転席には夏目さんが居て、同じように後部座席に座る私の隣には要さんが居る。


いつもと同じ変わらない日常の朝の光景。


今朝観た情報番組の天気予報のお姉さんが、『今日も日差しが強く気温も上がるようですので、こまめに水分をとって、熱中症にはくれぐれもお気を付けください』と、最近よく耳にするセリフを繰り返していた通り。


窓の外に視線を向けると、雲ひとつない夏の爽やかな青空が広がっていて。昨日と同じで、今日もまた暑くなりそうだ。


ただ違うのは、いつもより時間が早くて、行き先も会社ではなく空港だということと、暗く沈んでしまっている私自身だ。


……数時間前までは、いつも通りの爽やかな朝になる筈だったのになぁ。


心のなかで、力なくポツリ呟けば、またズシリと重くのし掛かってくる現実に、今にも押し潰されてしまいそうになる。


なんとかこれ以上ダメージを受けてしまわないように、心を無にするべく、窓の外の忙しなくうつろいゆく景色へと意識をシフトさせた。


あの電話に出てきた『長寿園』という介護老人保健施設は、田舎にいる私のお祖母ちゃんが三年ほど前からお世話になっているところで。


内容は、『夜中にトイレで倒れてしまったお祖母ちゃんの意識がなく、そのまま救急車で救急病院に運ばれた』というものだった。


それを聞いて、気が動転してしまった私の代わりに対応してくれた要さんが、『すぐに駆けつけるのは無理だ』と、伝えてくれたお陰で。


病院の方にも施設から連絡が行き、少し前に病院からの電話で詳しい容態を知ることもできたのだけれど……。


『病名は出血性脳血管疾患で脳幹付近に僅かに出血があり、いぜん意識がなく、容態はあまりよくない』らしいとのことだった。


病院からの電話にも対応してくれた要さんから、そのことを聞いた途端。


まだ夢の中の出来事のような、どこか他人事《ひとごと》のような感覚だった私は、今度こそ厳しい現実を突きつけられることとなった。


……それからというもの、


さっき、コーヒーショップで買ってくれたキャラメルマキアートを飲んでいる私に、

「少しは落ち着いたか?」

そう言って優しい言葉をかけてくれる要さんに、

「……」

言葉なく、ただコクンと頷くことしかできないし。


朝から何も食べる気にはならなくて、そんな私のことを、

「食欲がなくても、何か少しでも食べておいた方がいい。何か食べたいものはないか?」

と、要さんが優しく気遣ってくれても、

「……」

言葉なく、ただ首を左右に振ることしかできなくて。


……という風に。


優しく気遣ってくれる要さんや夏目さんのかけてくれる言葉にも、私は、ただコクンと頷いたり、首を左右に振って応えるだけで、話す気力さえも失ってしまっていた。

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