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忘れられない特別な夜

#12

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人気のない海岸で夕陽に染まる海を眺めていると、数十メートル離れたところから、こちらへ寄り添いながら歩いてくる老夫婦らしき姿があって。

私は、仲の良かった両親のことをぼんやりと思い出してしまった。

別に、思い出したくない訳じゃない。

確かに、悲しくて、辛かったけど、母方のおばあちゃんがいつも傍にいてくれたから以前と同様とはいかないにしても、平穏に暮らすこともできた。

でもそのおばあちゃんが、数年前から認知症で施設に入所し、一年くらい前からは、私のことも分からなくなってしまって。

とうとうひとりぼっちになっちゃったんだって、寂しさに押し潰されそうになるから、両親のことはあまり思い出さないようにしていた。

それに、変に同情されたりするのも嫌で、上京してからは、両親のことも祖母のことも、誰にも話したことはなかった。

……それなのに、どういう訳か、こうやって最近はよく思い出してしまう。

私がぼんやりと両親の面影を重ねてしまっていた老夫婦が、ちょうど目の前を通りすぎようとしていた時だった。

「来年も来ような?」

と、砂浜に脚を投げ出して座っている膝の上で、横向きに私を抱っこしてくれている要さんの声が聞こえてきたのは。

きっと何気なく呟かれただろう言葉に、「はい」と返せば……。

急に、何を思ったのか、要さんの胸へと私は抱き寄せられていて。

どうしたのだろうと、私が口を開きかけたところへ、

「来年だけじゃなくて、再来年も、その次の年も、あれくらいの年齢になっても、毎年来ような?」

なんて、老夫婦を見ていたらしい要さんに、さも当然のことのようにそう言われ、私は泣きそうになった。

ついさっき、仲の良かった両親の面影を重ねてしまった時、

……要さんとあんな風にずっと傍に居られたらいいなぁ、と、私もそう思ってしまってたからだ。

けれどもそれを気取られたくはないから、要さんの胸にギューと抱きついた。

そしたら、

「ん? どした?」と訊かれて、

「ううん」

と首を振って応えた私の声は明らかに泣き声で、なのに要さんは、

「あぁ、眠いんだろう? 分かった分かった。少し寝てろ」

そう言って尚も背中を抱き抱えるように抱き寄せてくれて。

毎朝してくれるように、抱き抱えた私の背中を優しくトントンしてくれる要さん。

まるで、私のことを何もかもお見通しで、全てを包み込んでくれてるような、そんな要さんの優しさに、私の涙腺はますます崩壊してしまうのだった。


♪゜・*:.。. .。.:*・♪


泣き止んだ私が要さんの車に乗ることができたのは、夜の帳《とばり》が下りる頃だった。

最終目的地であるリゾートホテルに到着した私は、要さんに手をひかれながら、目の前に広がる光景に圧倒されてしまっている。

まるで海外のリゾート地にでも迷いこんでしまったような、そんな雰囲気のする海沿いの岸壁に建てられたお洒落な洋館がライトアップされていて。

ただでさえ素敵だというのに、その演出のお陰で、手入れの行き届いた華やかな花木が闇夜に浮かぶように映えて、波の音まで加わって、素敵さは倍増しになっている。

「うわー! なんか……素敵すぎて、他に言葉が浮かばないです」

「ハハ、オーナーが聞いたら喜んでサービスしてくれるかもしれないから、直接言ってみるといい」

「……え? オーナーさんに、直接、ですか?」

「あぁ。実はここのオーナーの萩原保《はぎわらたもつ》さんが、俺の両親の古い友人なんだ。

それで、毎年この時期になると、俺がまだお腹に居た頃から、もちろん生まれてからも、よく両親に連れられて来てたらしい。

父親が亡くなった後も、母親か祖父母に連れられて、高校三年くらいまでは毎年欠かさず来てた。

社会人なってからも、一人になりたいときとか、たまーに来たりしてたし。

朧気《おぼろげ》にしか覚えていないが、父親との思い出のある大事な場所だから、いつか美菜を連れてきたいと思ってたんだ」

「……」

ーー本当に、要さんはズルいと思う。

さっきといい、今といい、そんな風に言われてしまったら、嬉しすぎて、せっかく引っ込んでたのに、また泣いてしまうじゃないか。

でも、こんなことぐらいでいちいち泣いてたら、そのうち煩わしいとか面倒だとか思われちゃうかもしれない。

なるべく涙腺が緩まないように、目の辺りにグッと力を込め、なんとか事なきを得た私は、要さんに連れられてお洒落な洋館へと脚を踏み入れた。

すると、さっき聞いたばかりのオーナーらしき、五十代後半とおぼしき紳士が柔和な笑顔で出迎えてくれたのだった。

「やぁ、要くん、いらっしゃい。よく来てくれたんね」

「保さん、お久しぶりです。今日は無理言ってすみません」

「あー、そんなのいーからいーから。それより、こちらのお嬢さんが要くんの大事な女性《ひと》なのかな?」

挨拶もそこそこに、柔和な笑顔で出迎えてくれた萩原保さんは、物静かな紳士の印象とは違っていて、陽気でとても気さくな方だった。

聞けば、『そろそろ到着する頃だろうと、今か今かと首を長~くして』待っていてくれたらしい。
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