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捕らわれた檻のなかで

#3

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「夏目っ! もうやめろっ!」

いつぞやのように、大きな窓に背を向けて、偉そうに自席でふんぞり返っていた筈の、副社長の怒気を含んだような大きな声が飛んできたのは。

一瞬、時間《とき》が止まってしまったかのように、インテリ銀縁メガネが、私の耳を引っ張っていた手の動きをピタリと止めて。

何故か、綺麗な眉間に深い皺を寄せ、酷く怒った表情をした副社長の方へと、視線をやったまま固まってしまったのだが、それは、ホンの一瞬のことで、その直後、

「それより、会長の都合のつく日の確認が先だろ?」

まるで、何もなかったかのように、綺麗な眉間には、もう深い皺は跡形もなく、インテリ銀縁メガネに至って普通に指示を出した副社長が、デスクに積まれた書類に目を通し始めた。

副社長のお陰で、インテリ銀縁メガネの魔の手から、なんとか逃れることができたのだが……。

さっきの副社長と、酷く驚いたようなインテリ銀縁メガネの様子は、いったいなんだったんだろうと、少し気にはなったものの、副社長が怒ったのは、きっと、書類に目を通すのに、私たちのことが、さぞかし邪魔だったのだろう……。

それ以上は、長い付き合いであるのだろう、この二人のことを、私が理解できる筈もなく。

深く考えても、そんなの時間の無駄なので、考えるのは早々に諦めることにした。

ーーまぁ、そんなこんなで……。

私と副社長は現在、神宮寺家の本宅に、副社長の祖母であり会長でもある雅さんにご挨拶するために、こうして訪れているのだった。

「要ぼっちゃま。失礼いたします」

突然、廊下側の襖の向こうから、落ち着いた女性の声が聞こえてきた。

お陰で、不機嫌モードの副社長のせいで、重苦しかった筈の部屋の空気が、少し和らいだような気がして、いつの間にか、入ってしまってた私の肩の力も、僅かに緩んでゆく。

ホッとして、思わず安堵の息まで漏れて。

――て、そうじゃなくって。

そんなことよりも、副社長のことを『要ぼっちゃま』と呼んだ、そっちのことの方が、気になってたんだった。

なんてことを、心の中で、一人突っ込みを忙しなく繰り広げていた私は、おそらく、間抜けな表情を浮かべていたんだろうと思う。

そんな私が、俯いてた顔を、弾かれたように上げたことも、さぞかし面白くなかったのだろう。

その証拠に、今日も麗しい副社長のお顔の眉間には、深い深い皺をいくつも寄せている。

さっきよりも険しさの増した、不機嫌マックスな表情のオマケつきで、『なんだ?』という風に、ギロリと睨まれてしまっている。

女の私から見ても、羨ましいくらいに肌は綺麗だし、二重の瞳も切れ長で涼しげだし、鼻筋もスッと通っているし、瞳の色と同じで、漆黒の少し長めの前髪は、綺麗にサイドに流されている。

どこを見ても完璧で、デキル大人の男って感じの副社長は、麗しいという言葉がしっくりとくる。

こういう綺麗な人が怒った表情をすると、怖さが余計に際立って感じてしま う。

どうも私は、こういう副社長のような綺麗な人に慣れていないせいか、こういう綺麗な人に、強引に迫ってこられたり、こういう風に睨まれたりすると、圧倒されてしまい、自分のコントロールが上手くできなくなってしまうらしい。
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