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かりそめの新婚カップル*
⑧
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奏と再会してからというもの、奏は一貫してこんなにも揺るぎなく真っ直ぐに、思いの丈をぶつけてくれている。
これまでの人生において、これほどまでに情熱的に誰かに求められたことなど一度もない。
それなのに、穂乃香は自身の想いに気づいていながら、奏の想いを受け入れる覚悟がどうしても持てず、あの夜、奏の優しさに縋ってしまった。
それは、元婚約者に裏切られたことで、思春期の体験から嫌悪感を抱いていた男性に対する不信感に拍車がかかったせいだ。そう思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
武装することで自分を奮い立たせるのと同じで、殻に閉じこもることで臆病な自分を覆い隠し、見て見ぬ振りを決め込んでいた。
もっともらしい理由をつけて、結局は、自分が傷つかないようにするための予防線を張っていたのだ。
――長年閉じこもっていた殻をかなぐり捨てて、この人のためにすべてを捧げたい。
そう思えたのも他の誰でもない奏だからこそだ。
奏に縋ったあの夜、奏が『この歳になって初めて、誰かを好きになるってことが理屈じゃないんだって思い知らされたよ』そう口にした言葉が蘇ってくる。
そこに、柳本の言葉までもが蘇ってくるのだった。
昨日の終業間際、奏が席を外していた際のことだ。
「ビジネス婚とはいえ……もう籍も入れたことですし、そろそろ奏様の気持ちに応えてあげてもいいのではないですか。そうでないと、穂乃香さんのためにあのルールをなくそうと尽力されている奏様がお可哀想です」
「どういうことですか?」
柳本からの予期せぬ言葉に問い返した穂乃香は、奏が自分のためにあのルールをなくそうと、知らないところで動いていたことを知る。
なんでも奏は祖父と父親に、「穂乃香にあんな馬鹿げたルールのことで余計なプレッシャーをかけたくない。そんなに後継者が大事だというなら、俺はこの家から出ますから、そのおつもりで」そう言い渡し、いつ家を出ることになってもいいように着々と準備を進めているらしい。
そうして現在、祖父と父は、奏にどれほどの覚悟があるのかを見定めているところなのだという。
けれど奏からではなく、奏を神のように崇める柳本から聞かされた言葉を鵜呑みにはできなかった。
その理由の一つには、あの夜以降、奏が穂乃香に一切触れようとしなくなった、というのもある。
穂乃香は身勝手にも、それを寂しいと感じていたのだが、奏はそうではないのかもしれない。
つまりは、それほどの気持ちではないのではないか。そんな疑念を抱いていたから。
でも奏も穂乃香と同じ想いでいてくれた。
だからこそ、キスだけでタガが外れてしまったかのように、こんなにも狂おしいほどに、熱烈に、求めてくれているのに……。裏なんてあるはずがない。なのにどうしてもっと早く気づけなかったのだろう。
――ううん、もう終わったことだ。過去を振り返ってもどうにもならない。この人を信じて共に歩んでゆく未来だけを見よう。
ようやく奏の想いに向き合う覚悟ができた穂乃香は、奏の首にしっかりと腕を絡めてぎゅっと強くしがみつく。
その刹那、我を取り戻した様子の奏により、穂乃香は意外にもあっさりと解放された。そうして。
「……穂乃香があんまり綺麗だったものだから、つい。いや、こんなの言い訳だな。穂乃香の気持ちを無視して悪かった。今日は公私ともに頑張ってくれている穂乃香が少しでもリフレッシュできるように、努めるつもりだったのに、面目ない」
バツ悪そうな奏からどこか自嘲めいた声音で紡ぎ出された言葉により、穂乃香は今日の〝記念すべき初デート〟の本来の目的を知ることとなった。
「え? それって……」
――私のために、ってこと?
奏の優しい心遣いに、たちまち穂乃香の胸は軽やかに弾み、鼓動も甘やかな音色を刻み始める。
――すっごく嬉しい。もうこのまま想いを告げてしまおうか。
つい数分前まであんなにも不安だったくせに、そんな考えばかりが穂乃香の頭を占拠していた。
これまでの人生において、これほどまでに情熱的に誰かに求められたことなど一度もない。
それなのに、穂乃香は自身の想いに気づいていながら、奏の想いを受け入れる覚悟がどうしても持てず、あの夜、奏の優しさに縋ってしまった。
それは、元婚約者に裏切られたことで、思春期の体験から嫌悪感を抱いていた男性に対する不信感に拍車がかかったせいだ。そう思っていたが、どうやらそうではなかったらしい。
武装することで自分を奮い立たせるのと同じで、殻に閉じこもることで臆病な自分を覆い隠し、見て見ぬ振りを決め込んでいた。
もっともらしい理由をつけて、結局は、自分が傷つかないようにするための予防線を張っていたのだ。
――長年閉じこもっていた殻をかなぐり捨てて、この人のためにすべてを捧げたい。
そう思えたのも他の誰でもない奏だからこそだ。
奏に縋ったあの夜、奏が『この歳になって初めて、誰かを好きになるってことが理屈じゃないんだって思い知らされたよ』そう口にした言葉が蘇ってくる。
そこに、柳本の言葉までもが蘇ってくるのだった。
昨日の終業間際、奏が席を外していた際のことだ。
「ビジネス婚とはいえ……もう籍も入れたことですし、そろそろ奏様の気持ちに応えてあげてもいいのではないですか。そうでないと、穂乃香さんのためにあのルールをなくそうと尽力されている奏様がお可哀想です」
「どういうことですか?」
柳本からの予期せぬ言葉に問い返した穂乃香は、奏が自分のためにあのルールをなくそうと、知らないところで動いていたことを知る。
なんでも奏は祖父と父親に、「穂乃香にあんな馬鹿げたルールのことで余計なプレッシャーをかけたくない。そんなに後継者が大事だというなら、俺はこの家から出ますから、そのおつもりで」そう言い渡し、いつ家を出ることになってもいいように着々と準備を進めているらしい。
そうして現在、祖父と父は、奏にどれほどの覚悟があるのかを見定めているところなのだという。
けれど奏からではなく、奏を神のように崇める柳本から聞かされた言葉を鵜呑みにはできなかった。
その理由の一つには、あの夜以降、奏が穂乃香に一切触れようとしなくなった、というのもある。
穂乃香は身勝手にも、それを寂しいと感じていたのだが、奏はそうではないのかもしれない。
つまりは、それほどの気持ちではないのではないか。そんな疑念を抱いていたから。
でも奏も穂乃香と同じ想いでいてくれた。
だからこそ、キスだけでタガが外れてしまったかのように、こんなにも狂おしいほどに、熱烈に、求めてくれているのに……。裏なんてあるはずがない。なのにどうしてもっと早く気づけなかったのだろう。
――ううん、もう終わったことだ。過去を振り返ってもどうにもならない。この人を信じて共に歩んでゆく未来だけを見よう。
ようやく奏の想いに向き合う覚悟ができた穂乃香は、奏の首にしっかりと腕を絡めてぎゅっと強くしがみつく。
その刹那、我を取り戻した様子の奏により、穂乃香は意外にもあっさりと解放された。そうして。
「……穂乃香があんまり綺麗だったものだから、つい。いや、こんなの言い訳だな。穂乃香の気持ちを無視して悪かった。今日は公私ともに頑張ってくれている穂乃香が少しでもリフレッシュできるように、努めるつもりだったのに、面目ない」
バツ悪そうな奏からどこか自嘲めいた声音で紡ぎ出された言葉により、穂乃香は今日の〝記念すべき初デート〟の本来の目的を知ることとなった。
「え? それって……」
――私のために、ってこと?
奏の優しい心遣いに、たちまち穂乃香の胸は軽やかに弾み、鼓動も甘やかな音色を刻み始める。
――すっごく嬉しい。もうこのまま想いを告げてしまおうか。
つい数分前まであんなにも不安だったくせに、そんな考えばかりが穂乃香の頭を占拠していた。
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