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思いがけないアクシデント
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***
落ち着いた趣ある高級料亭の奥座敷には、酒も進み上機嫌な様子でお猪口を傾けながら談笑に耽っている浅葱と、その秘書である川谷、奏と柳本の姿があった。
末席に腰を落ち着けた穂乃香は、給仕を強要されることもなく、談笑に耳を傾け時折相打ちを打ちつつ空気と化している。
なぜなら、まだまだ男女の格差が問題視されている日本とは違い、女性の活躍がめざましい海外ではレディファーストがあたりまえ。女性が酌なんてする必要はない、という大学時代を海外で過ごした奏の意向故だ。
ちなみに、竹野内グループが働きたい企業ランキングで常にトップを独占しているのも、奏が先進国のそういう慣習をいち早く取り入れた改革案を打ち出し実現したからこそであるらしい。
というのは、穂乃香に何としてでも奏の良さを理解してもらおうという魂胆丸出しの柳本が得意満面に語っていたことである。
そんなわけで穂乃香はお酌することなく美味しい料理に舌鼓を打つ、などという気にはなれるはずもなく……。
贅を極めた懐石料理の数々にも目もくれず、これまでの経緯を思い返しては人知れずひっそりと溜息を零していた。
「いや~、それにしても見違えたよ。向こうでの奏くんの活躍ぶりは耳にしていたが、ますます男ぶりも上がって。会長もさぞかし心強いだろうねぇ」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ
「そんなことはないよ。奏くんも会長を支えるお母様のように、内助の功で支えてくれる伴侶を得たら、自信もつくんじゃないのかな。どうだろう? うちの娘なら気心も知れてるし、奏くんのことを昔から慕っていることだし。奏くんさえ良かったら」
――きたきた。はぁ、気が重いなぁ。
浅葱の口から縁談話が出てきて、いよいよ自分の出番だ、と思うと沈んでいた気持ちがより一層重さを増していく。
心なしか胃まで痛くなってきた気がする。
落胆した穂乃香は盛大な溜息を零していた。
そこに、耳に心地よい奏のバリトンボイスが響き渡った。
「実は、就任の準備のために帰国した際に、素敵な女性とのご縁に恵まれましてね。結婚を前提にしたお付き合いをしております。……せっかくのお話ですが、お嬢様との縁談をお受けすることはできません」
浅葱の表情がにこやかなものから驚きの色に塗り替えられていく。
だがそれも一瞬のことだ。
しばし思案する素振りを見せた浅葱から祝いの言葉が飛び交った
「それはおめでとう。会長もようやく肩の荷が下りて、さぞかしお喜びになっているだろうねぇ。これまで浮いた話などなかった奏くんの心を射止めるとは、さぞかし素敵な女性なんだろうねぇ。一体どこのお嬢さんかなぁ
」
どうせまた縁談を断るための口実に違いない。
とでも思っているのだろう浅葱は、疑いの眼差しで奏をじっと見据えている。
あからさまな浅葱の態度に奏が怯む様子はなく、その堂々とした佇まいは堂に入っており、隙など全くない。
それどころか、末席でことの成り行きを静かに見守っている穂乃香に、ふっと笑んでみせるという余裕まであるようだ。
奏の笑顔ひとつで緊張感に苛まれていた穂乃香は、不覚にも安堵感を覚えてしまう。
そんな自身に対して戸惑うばかりだ。
落ち着いた趣ある高級料亭の奥座敷には、酒も進み上機嫌な様子でお猪口を傾けながら談笑に耽っている浅葱と、その秘書である川谷、奏と柳本の姿があった。
末席に腰を落ち着けた穂乃香は、給仕を強要されることもなく、談笑に耳を傾け時折相打ちを打ちつつ空気と化している。
なぜなら、まだまだ男女の格差が問題視されている日本とは違い、女性の活躍がめざましい海外ではレディファーストがあたりまえ。女性が酌なんてする必要はない、という大学時代を海外で過ごした奏の意向故だ。
ちなみに、竹野内グループが働きたい企業ランキングで常にトップを独占しているのも、奏が先進国のそういう慣習をいち早く取り入れた改革案を打ち出し実現したからこそであるらしい。
というのは、穂乃香に何としてでも奏の良さを理解してもらおうという魂胆丸出しの柳本が得意満面に語っていたことである。
そんなわけで穂乃香はお酌することなく美味しい料理に舌鼓を打つ、などという気にはなれるはずもなく……。
贅を極めた懐石料理の数々にも目もくれず、これまでの経緯を思い返しては人知れずひっそりと溜息を零していた。
「いや~、それにしても見違えたよ。向こうでの奏くんの活躍ぶりは耳にしていたが、ますます男ぶりも上がって。会長もさぞかし心強いだろうねぇ」
「いえいえ、私なんてまだまだですよ
「そんなことはないよ。奏くんも会長を支えるお母様のように、内助の功で支えてくれる伴侶を得たら、自信もつくんじゃないのかな。どうだろう? うちの娘なら気心も知れてるし、奏くんのことを昔から慕っていることだし。奏くんさえ良かったら」
――きたきた。はぁ、気が重いなぁ。
浅葱の口から縁談話が出てきて、いよいよ自分の出番だ、と思うと沈んでいた気持ちがより一層重さを増していく。
心なしか胃まで痛くなってきた気がする。
落胆した穂乃香は盛大な溜息を零していた。
そこに、耳に心地よい奏のバリトンボイスが響き渡った。
「実は、就任の準備のために帰国した際に、素敵な女性とのご縁に恵まれましてね。結婚を前提にしたお付き合いをしております。……せっかくのお話ですが、お嬢様との縁談をお受けすることはできません」
浅葱の表情がにこやかなものから驚きの色に塗り替えられていく。
だがそれも一瞬のことだ。
しばし思案する素振りを見せた浅葱から祝いの言葉が飛び交った
「それはおめでとう。会長もようやく肩の荷が下りて、さぞかしお喜びになっているだろうねぇ。これまで浮いた話などなかった奏くんの心を射止めるとは、さぞかし素敵な女性なんだろうねぇ。一体どこのお嬢さんかなぁ
」
どうせまた縁談を断るための口実に違いない。
とでも思っているのだろう浅葱は、疑いの眼差しで奏をじっと見据えている。
あからさまな浅葱の態度に奏が怯む様子はなく、その堂々とした佇まいは堂に入っており、隙など全くない。
それどころか、末席でことの成り行きを静かに見守っている穂乃香に、ふっと笑んでみせるという余裕まであるようだ。
奏の笑顔ひとつで緊張感に苛まれていた穂乃香は、不覚にも安堵感を覚えてしまう。
そんな自身に対して戸惑うばかりだ。
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