【R18】ありえない恋。

羽村美海

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#3 *直樹side*

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 久しぶりに訪れることになった、社長室の座り心地のいいソファに、無遠慮にドカッと腰を下ろしたと同時。

 テーブルを挟んだ向かいで、落ち着き払ってすました面して座っている親父から声を掛けられて、途端に俺は眉間に深い皺を寄せてしまった。


「咲ちゃんも、ようやくドナーが見つかって、ウマくいきそうだって聞いたんだが、どうだ? お前も、少しは落ち着いたのか?」


 この数か月間、本当に色んなことがあったが……。
 
 確かに、咲はドナーも見つかって、おまけにそれは婚約者である男の説得のお陰だった。

 そしてそのまま、婚約者の赴任先である海外へ行って骨髄移植も向こうで受けることになったらしい。

 結局、咲は弱ってる時に、たまたま俺と再開して昔のほろ苦い思い出を思い出して、俺と一緒に過ごすことで、辛い現実から逃げていたのかも知れない。

 ……だから、俺の役目はもうとっくに果たしていて。

 まぁ、親父は、俺と咲とのことは知らないから仕方がないことだが。

 愛と別れたっていうことは知ってるだろうから、そのことを聞いているんだろうと思う。

 それが分かっているから、八つ当たりだってことは分かってはいるが無性に腹が立ってしまうのだ。

 ーーだって、そうだろう?

 失恋してその痛手を仕事で誤魔化しているのを、誰だって親に心配なんてされたくはないに決まっている。

 自分だって、俺たち家族にさんざん迷惑をかけて外で好き勝手してきたっていうのに……。

 そのお陰で、俺は愛に出逢うまで、色んなことを五十嵐のせいにして、それを糧に突っ走っていたっていうのに……。

 何よりも、仕事中にわざわざこんなとこにまで呼び出しておいて、そんなことをわざわざ聞く親父の、その神経が信じられないからだ。


「そんなことが要件なら、もう仕事に戻らせてもらう」


 憤った感情を隠しもせず親父に冷たく言い放って、部屋を出ようと思い立ち上がろうとするも……。

「まぁ待ちなさい。

要件はそんなことじゃない」


 テーブルの向こう側から、両手を広げた親父が偉く必死な様子で、その手を忙しなく上下させて俺に座れと促してくるもんだから、俺は仕方なく、またもとの位置へと腰を据え直すことにして。


「じゃぁ、何だよ?」


 それでもさっさと済ませて仕事に早く戻りたくて、急かすように促してやったのに、


「まぁ、座ってゆっくり話そうじゃないか? お前はいつも忙しいって言って、私とはろくに話もしてくれないんだし」


呑気にそう言われて、ムッとしてしまう俺は、本当にただの聞き分けのないガキだなと思う。

 ……が、しかし。

 この年になって、今更、そうそう性格なんて変わらないから親父には諦めてもらうしかないけれど。

 確かに親父と話すのなんて久方ぶりだし、話くらい聞いてやってもいいか、なんて心の中でちょっと思い直してみたりなんかして。


「分かったよ。聞くよ。何?」


 そんな軽いノリで聞いた筈だったのだが……。


「実はお前に縁談の話があるんだ」


 ……なんて、思ってもみなかった言葉が親父の口から出てきてしまい、俺は言葉を失うことになってしまったのだった。

 なんでも、縁談の相手というのは、親父の学生時代からの古い親友の娘で、去年大学を卒業したばかりで、今は社会勉強を兼ねて会社勤めをしているらしい。

 これが結構、気の強いしかっりとした娘らしく、どんなにいい縁談にも難色を示して、なかなか首を縦には振らなかったらしいのだが……。

 そんな写真をいつ撮ったのかは知らないが、たまたま親父が持ってた俺の写真を見せると、

『是非、逢いたい』と言い出し、しかもどういう訳かスコブル乗り気で、縁談の話はトントン拍子で纏まったらしかった。

 まぁ、そんなことを言ってもらえたと聞けば、悪い気なんてしないし、嬉しく思いはするのだが……。

 まだ愛のこともあり、とてもじゃないがそんな気になれる筈もなく。

 親父には悪いが、丁重に断ってもらおうとしたのだが……。


「逢うだけでいいんだ。その後は、なんとかうまく言って断っておく。古い親友だし、向こうは大企業で婿養子だし。奥さんがしっかりしてるから、機嫌を損ねると何を言ってくるか……。

私の顔を立てると思って、この通り、頼む」

 ……どうも相手の母親は、かなりの恐妻家らしい。

 意外にも、親父に深々と頭を下げられてしまい、そんな風にされてしまうと、断るに断れなくなってしまった俺は、「まぁ、逢うだけなら」と仕方なく逢うことに決めたのだった。

 しかし蓋を開けてみれば。


「あ、いかん。私としたことが、見合い写真を失くしてしまったようだ」


 なぁんて、仕事に対して厳しい筈の親父に、そんなありえないことを言われてしまうというオチまでついてきた。

 しかしながら、親しいとはいえ相手方に、まさか再度写真を、なんていう非常識なことも言える訳もなく……。

 俺は、釣書しかないというありえない状態で、この見合いに、泣く泣く臨むことになってしまったのだった。

 それに加え、相手の名前がこれまた驚いたことに、『夏川愛』だというのだから、親父からの俺へ対する嫌がらせなんじゃないか、という疑いまで出てきてしまう始末。

別に『愛』という名前は珍しいモノでは無いため、その疑いは早々に捨てることにしたのだが……。

 まぁ、そんなこんなで、あっという間に四月を迎え、今日がその見合いの日だ。
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