【R18】ありえない恋。

羽村美海

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 愛、頼むから早く泣き止んでくれよ……。

 いつもみたいに、怒って勢い任せに俺に突っかかってきてくれよ……。

 お前が泣き止んでくれるんだったら、カッコ悪くたっていい、情けなくたっていい。

 愛のためだったら俺はなんだってやってやるから……。

 なんて、柄にもないことを真剣に思っていた。

 そんな祈る想いで、愛を抱きしめ続ける俺は、あぁ、愛のこと、こんなに好きになってたんだなってことを改めて思い知らされた……。

 思えば、愛のことは正直言って俺のタイプじゃなかったし、まさか愛のことを好きになるなんて思いもしなかった。

 あの夜、酔っ払った愛の弱い部分を目の当たりにしてからは、自分でも気づかないうちに、いつものツンツンした愛と違うそのギャップに惹きつけられドップリと嵌っていた。

 今じゃ、愛以外なんて考えられなくなっちまってる……。

 高岡芽衣のことがあんなに好きだったはずなのに……。

 高岡の好きな男が、腹違いの弟である五十嵐海翔だったと知って、あんなに辛かったはずなのに……。

 そんなことは、いつの間にか遥か遠くに霞んでしまってて。

 早くアイツラのように愛と結婚して、アイツラに負けないくらいあったかい家庭を築きたいなんて思ってしまってる。

 我ながら、愛への溺愛ぶりに、呆れ果ててしまうくらいだ。

 愛のぬくもりを、もっと近くで感じてたくて。

愛の頭の後ろに手をそっと添えて、支えるようにして優しく抱き寄せた俺の耳に、


「……めん……どう……に、なっちゃったんでしょ?」


いつも強がってばかりいる愛のものとは思えねぇような、今にも消えてしまいそうなくらいの……

 小さくてか細い声が流れ込んできた。

 一瞬、愛が、何のことを言ってるのかが解らなくて。

涙でグチャグチャになってる愛の表情をうかがうべく。

 覗き込むようにして見つめながらなるだけ優しい声で、


「……ん? 何が?」


やんわりと問いかけて先を促した。

 そしたら、愛が、俺のことをスゲー悲しそうに、涙で潤んだ憂いを帯びた綺麗な黒目がちの瞳で、真っ直ぐに見つめてきて。


「……私、のこと……。芽……衣、さんの、身代わり、なんでしょ……」


 想像もしていなかったものが、愛おしい愛の口から飛び出してきた。

 愛との未来を思い描いていた俺に、まるでピシャリと冷水を浴びせるようにして。

 まさか、今、このタイミングで、他の誰でもない愛おしい愛の口から、高岡芽衣の名前を聞くことになろうとは……。

 夢にも思っていなかった俺は、ただただそれが驚きでしかなかった。

 けれど、最初、愛のことを好きだと気づいた時に、俺自身も愛と同じように、部下だった高岡の身代わりにでもしてんのか?

 なんて思ってしまったことがあったのも確かで。

 今は、愛を高岡の身代わりになんて、そんなことありえなくて……。

 けど、その時のことを覚えている俺には、若干の後ろめたさが全くないと言えば嘘になる。

 そんな俺には、


「……愛?」


涙で濡れる愛の悲しげに憂いを帯びた綺麗な瞳を、ただじっと見つめ続けることしかできなくて。

 俺の腕の中でずっと泣いてた愛が、急に我に返ったように俺の腕の中から抜けだして、寝室から出て行くのを、慌てて引き留めようと手を伸ばすも――。


「……ヤダ、放してっ!」


 いつものように勢いを取り戻した愛の手によって、俺のことを拒絶するように力強く振り払われてしまった。

 それでも俺は、なんとかして愛の誤解を解きたくて……。

 愛を引き止めようとした瞬間。

 お約束のように、勢い任せに立ち上がった愛の脚が、俺の急所である下半身に狙いを定めたように、見事にクリーンヒットしてしまって。

 情けないくらいに可哀想な俺は、


「……っ!!!」


その場に蹲り悶えながら、身動き一つ取れなくなってしまったのだった。

 そんな哀れな俺が取り残された寝室には、出入口のドアが勢いよく叩きつけるように閉ざされた音だけが虚しく響いていた。
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