偽りのはずが執着系女装ワンコに娶られました

羽村美海

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偽りの婚約者

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 翌日の月曜日。

 仮住まいのホテルから秀と一緒に、送迎に来てくれた、青山の運転する黒塗りの高級セダンにより、数日前までの職場であった、藤花総合病院へと出勤した恋の胸は、少しの期待感と高揚感、じわじわとせり上がってくる不安感とでいっぱいだった。

 期待感と高揚感には、また仕事ができる、という嬉しさと、医師である秀の仕事ぶりを見ることができる、というわくわくした気持ちが。

 不安感には、医療事務と秘書士の資格はあれど、秘書の経験は皆無だったため、秀の足を引っ張ることになるのではないかという想いが大半を占めている。

 というのも、ここ藤花総合病院は平成の頃より、急性期脳卒中を集学的に迅速に、診断と治療を行う脳卒中ケアユニットーーSCU(StokeCareUnit)を開設して以来、最新の高度医療を受けようと全国から大勢の患者が集ってくるほどの有名な病院だった。

 つまりは超エリートの医師たちが超がつくほど多忙を極めている戦場のような職場であると言うことだ。

 受付業務を担っていたと言っても、派遣だった恋に、そんな戦場で医師業を熟しているのであろう秀の医療秘書が務まるなんて思えないでいた。

 ーー不安になるのは当然だと思うんですけど。この人たちは一体全体何を考えているんだろうか……。

 青山によると、秀は専攻医になってからこれまで、脳外の部長を兼任している病院長である父・渉のもとで、オペの助手を務めながら、高度な技術や様々な症例を経験し腕を磨いていたらしい。

 自ら執刀するまでになった現在でも、日進月歩の医療の知識と技術を身につけるために日夜励んでいるのだという。

 医者としての資質に優れた秀には落ち着いた環境で仕事に励めるようにと、医局の自席だけでなく、独立した執務室が与えられていた。

 その執務室にて、恋は青山から業務に当たる上での、長たらしい説明を受けている真っ最中だ。

「かいつまんで説明しますと。秀坊ちゃまが医師業務に専念できるよう、サポートをして頂きたいのです。ですから医療事務の資格があれば充分でございますよ」
「……はぁ」

 得意満面、悦に入った様子でつらつらと語る青山の、さすがは執事だけあり、丁寧な口調に耳を傾けつつ、恋は先ほどから生返事ばかりを返していた。

 時折、青山が銀縁眼鏡をクイックイッと押し上げる際に、眼光が鋭い光を放つ様が何とも恐ろしく、背筋にぞぞっと怖気のようなものが這い上がってくる心地がするのは気のせいだろうか。

 恋の中で青山に対する苦手意識が募っていく。

 そこに回診とカンファレンスを終えたらしい秀が、扉を開け放った音が割り込んできた。その音に、青山と恋が同時に視線を向けると同時。

「青山、もうその辺でいいんじゃないか? 初日なんだし、今日はこの場の雰囲気に慣れてもらうだけで充分だろ」

 秀から呆れを通り越してうんざりといった低い声音が響き渡ったことで。重苦しい雰囲気が満ちていた部屋の空気が途端に和んだ気がして、恋は知らず安堵の息を漏らしていた。

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