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女装男子の裏事情

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 いつものことながら情けないことだが、同じ歳とは言え、数ヶ月早く生まれているせいか、これまで言い負かしたことがない相手だ。そう簡単にはいかない。

 とはいえ、やはり面白くはない。

 言い負かされた秀が苦い心持ちで無言を貫きつつも、なんとか気持ちを切り替えようとグラスに手を伸ばしたかけたときのことだ。

 何かを思い出した素振りの文から、すっかり頭から抜け落ちていた人物の名前が飛び出してきた。

「それはそうと、青山のことなんとかしなさいよね。今回はいい方に転がってくれたからよかったけど……」

 青山とは、代々藤堂家に住み込みで仕えてくれている執事のことだ。

 いつの頃からか『鬼畜眼鏡』なんて呼ばれているが。神経質そうな痩身に銀縁眼鏡とオールバックの漆黒の髪がトレードマークの、確かに異名通りの風貌である。

 歳は一回りほど上だっただろうか。子供の時分から身の回りのことはもちろん、勉強も見てもらっていたこともあり、秀にとっては、歳の離れた兄のような存在だった。

 今でも、実家を出てホテル住まいの秀のことを公私にわたりサポートしてくれている。

 簡単に言えば、監視役だ。

 口に出しはしないが。もうすぐ三十三になろうかとしているのに、仕事が恋人というように、浮いた話のひとつもない、後継者である秀のことを案じているであろう、父・渉の命により、職場にも自由に出入りしている。

  さすがは代々医者の家系である藤堂家に代々仕えているだけあり、執事としてはもちろんだが、経営学にも長けており、医師免許まで持っているという、切れ者である。

 ただひとつだけいただけないところがあった。

 それは、藤堂家に並々ならぬ忠誠心を捧げているという点においてだ。

「ああ、わかってる。ちゃんと釘を刺しておいた」

  秀は文にそう答えながら、昼間の青山とのやり取りを思い返していた。

 今日も職場である藤花総合病院の医局に姿を現せた青山に、仕事上がりに釘を刺していたのだが……。

 青山はさも当然のことをしたまでだと言わんばかりの口吻で、今後も改める気はないようだった。

 ーーまぁ、予想通りではあったが。こうなったら、もう後には引けない。前進あるのみだ。

 いくら知らなかったこととは言え、若干の後ろめたさがないと言ったら嘘になる。だが済んだことを嘆いていてもしょうがない。

 そう腹をくくっていた秀に、青山もそう促してくる。

『もう既に匙は投げられたのですから、坊ちゃまがそのまま娶られてはどうでしょう。そうなれば、藤堂家も安泰。お父様はもちろん、お母様も草葉の陰で喜ばれていることでしょう』

『他人事だと思って』

 ……とは言いながらも、それもそうだなと思い直す。

『他人事などとは心外でございます。私がどれほど藤堂家の繁栄を願っているか。おわかりでしょうに。あんまりでございます』

 つい零してしまった秀の言葉に、青山が泣きそうな顔で嘆くのを尻目に、秀は恋のことを思い浮かべていた。

 今は偽っていても、受け入れてはもらえたのだから、そのうちきっとーー。

 ーーいいや、必ずこの手で恋のことを幸せにしてみせる。

 そう胸の内でひっそりと誓いを立てて今に至る。

 数時間前のことを思い返していた秀の思考に、ほろ酔い状態の文から間延びした声音が割り込んでくる。

 秀は意識と視線とを文へと向ける。

「まぁ、けど、よかったじゃない。あんたのことだから、こういうきっかけでもなかったら、一生恋ちゃんにプロポーズどころか、告白だってできなかっただろうしね。で、なんて言って伝えたのよ」

「……」

 けれども、思いもよらない言葉だったために、秀は二の句を継げなかった。

 それどころか、周囲にギクリという効果音が聞こえたんじゃないかと思うほどの動揺を見せてしまう。

「まさかあんた。恋ちゃんに肝心なこと伝えてないなんて言わないわよね。いくら一千万を肩代わりするための、結婚を申し込んだって言っても。肝心なあんたの気持ち伝えてないんじゃ、恋ちゃんからしてみたら、あんた正真正銘の俺様鬼畜の変態だからねッ!」

「……ごもっともです」

 落ち着いた店内にジャズの音色が心地よく流れている中、トドメの一撃とばかりに、鼻息荒く捲し立ててきた文が大仰に吐き出した溜息と秀の情けない声とが虚しく響き渡っていたのだった。
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