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崖っぷちに神様もとい俺様降臨!?

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 ーーなんだろう? この、ふわふわした感覚。それに、なんだかあったかくて、すっごく安心できる。まるで天国にでもいるみたい。

 春の日だまりのような微睡みの中を彷徨っていた恋は、文字通り夢心地の中にいた。

 許されるならいつまでもこのままでいたい。

 恋は無意識のうちに現実世界から目を背けようとしていたのだろう。

 いつもの起床時間をすぎ、六時になっても起きる気配さえない。

 子供の頃からの習慣でもあったので、少々飲み過ぎていようとも、どれだけ疲れていようとも、まだ日が昇らない早朝から花市場へ仕入れに向かう父の見送りを欠かしたことがなかった。

 といっても、毎日ではない。

 個人が営む小さな花屋なので、仕入れに行くのは月曜日だけだったが、基本花屋の朝は早いのだ。

 先月から入院中の父の代わりに、父の妹であり、恋にとっては叔母ーー香苗《かなえ》が仕入れはもちろん、店舗業務まで引き受けてくれている。

 香苗は専業主婦で、隣町に住んでいるため、母が亡くなってからはよく面倒を見てもらっていた。恋にとっては母親のような存在だ。

 ーーあー、よく寝た。こんなに寝たのなんていつぶりだろう。

 毎朝決まって、スマートフォンのスヌーズ機能のけたたましいアラーム音で目覚めている。が、その音ではなく、珍しく自発的に目を覚ました恋は、清々しい心持ちで目一杯両手を広げ伸びをした……まではよかったのだが。

 胸もとに不可解な感触を覚え、恐る恐るゆっくりと視線を下方へと巡らせてみる。

 するとそこには、なにも纏っていない胸のあわいに、気持ちよさげに顔を埋めて、すやすやと寝息を立てて寝入っている、カレンの無防備な寝顔があった。

 驚きすぎて、一瞬、心臓が停まったかと思ったほどだ。

 大きな声で叫ばなかった自分を褒めてやりたいくらいだが、今はそんな悠長なことをしている場合ではない。

 ーーええ!? ど、どういうこと? どうしてカレンが? そんなことより、どうして裸なの?

 寝起きにとんでもない光景を目にしてしまった恋は、もう何が何やら大パニックだ。

 昨日の記憶を辿っているような冷静さなど全くなかった。

 その場でカッチーンと音が聞こえてきそうなほど硬直して、混乱する頭を抱えていることしかできない。

 つとカレンが綺麗な寝顔を微かに歪ませたかと思ったら瞼がパチッと開き、カレンの寝惚け眼と恋のそれとがかち合った。

 その刹那、嬉しそうに寝起きらしからぬ爽やかな笑みを浮かべて、微かに掠れた低い声音で囁きかけてくる。

「恋、おはよう」

 しかも呼び捨てだ。いつもは『恋ちゃん』呼びなのに。

 それだけでも驚きだというのに……。

 何がそんなに嬉しいのか、はしゃいだ様子のカレンによって、むぎゅぎゅうっと抱き竦められてしまい。密着している互いの素肌を通して、あれこれが生々しく伝わってくるものだから堪らない。

 ーーちょ、ちょっと待って。これってもしかしなくても、カレンのアレってことだよね? キャー!

 恋愛経験が皆無などころか、身近な異性と言ったら父だけだ。当然異性への免疫など微塵も持ち合わせちゃいない。

 パニック映画も真っ青なくらいの、大パニックだ。

 心の中では大絶叫を繰り広げ、もうこれ以上紅くなりようがないほどに真っ赤に茹であがった恋は、今にも逆上せてしまいそうだ。

 脳内大パニックを巻き起こしている恋は、もはやどう対処していいかもわからず、真っ赤になったままあわあわすることしかできずにいる。

 そんな余裕の欠片もない恋の様子から、何かを察したらしいカレンから、なにやら盛大な溜息が垂れ流された。

 だが依然としてカレンに抱きつかれたままであるため、動こうにも動けない。

 そんなの当然だ。

 目を覚ましたと思ったら、親友であるはずのカレンがいて、お互い素っ裸で抱き合っているのだ。ちょっとでも動こうものなら、一緒にアレまで動いて、仲良くしましょうとばかりに、下腹部の辺りに、ひたひたと密着してくる。心なしか芯を持ったように、微かに硬度を増しているような気がする。

 ーーそんなの動けないに決まってる。

 これは一体どういう状況だというのだろうか。まったくもって理解が及ばない。

 茹で蛸状態で硬直したままの恋は、パニックを通り越して、もはやショート寸前だ。

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