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親友は女装男子!?

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 女装男子が、小説や漫画、ドラマなどでも取り上げられるようになった近頃では、さほど珍しくもないのかもしれない。

 念のためにいっておくが、これはあくまでも恋の中でのことだ。

 とにもかくにも、カレンと出会った時の衝撃といったら、それはもう、物凄いものだった。

 見た感じ、男子だけあって、身長が一六〇センチジャストの女性の平均的な背丈の恋よりもずいぶんと高い。

 当人がはぐらかして教えてくれないため目測でしか判断できないが、おそらく一八〇センチ近くはあるだろう。

 それを本人が気にしているのかどうかは不明だが。

 出会ってから、この一年あまり、メッセージアプリでのやり取りを介して互いの予定が合えば、月に一度ないし二度の頻度で会っている。

 それも決まって週末の夜だけ。

 しかも仄かな照明しか灯っていない、この馴染みのBAR『Chsrmチャーム』でだけでしか会ったことがないため、判然とはしない。

 だがスツールにゆったりと腰を据えて、長くスラリとした足を優雅に組んでいる姿を見た限りではそうだ。

 ほの暗い店内ではその足まではしかと見ることはできないが、男だとは思えないほどに、ほっそりとしていて、なかなかの美脚であることが窺える。

 出会った当初は、そんなカレンが垣間見せる、女らしい艶めいた仕草や悩ましげで気怠げなアンニュイな雰囲気に、恋は女としての自信をことごとく打ち砕かれる心地だった。

 けれどもこうして、一年もの間、彼と一緒に時間を共有しているうちに、そんなものは薄れてしまっている。

 そういえば、正確な身長どころか、カレンが昼間どんな職に就いているかも知らない。

 だからこそ、お互い愚痴でも何でも、普段は誰にも零すことのできないものまで、包み隠さず曝け出せるのかもしれない。

 おそらく、男性だと妙に意識しなくてもいいということが大きな要因だと思う。

 一番の要因は、波長が合ったことだろう。

 そんなこともあって、いつしか恋にとって、カレンと過ごすこの時間が癒やしであり至福のひとときとなっていた。

 そう、そのはずだった。

 今にして思えば、それは大きな間違いだったのかもしれない。

 いや、間違いではなく、好機だったのだろう。

 そうでもないと、恋は一生男性に触れられることもなければ、男性に触れることも、ましてや結婚なんてできなかったに違いない。

 ーーあれれ? 身体がふわふわする。何だか目も回っているような気がするんですけど。

 カウンターに突っ伏して思考の世界に入り込んでいたはずの恋は、妙な感覚を覚えた。

 どうやら思考に耽っている間に緩やかに酔いが回ってきているようだ。

 ーーそりゃあ、あんなに速いピッチで呑んでたんだもんね。悪酔いしない訳がないか。

 軽い酩酊状態にありながらも、恋は案外冷静にそんなことを思っていた。

 簡単に言えば現実逃避していたのだ。

 思い通りにいかない現実を嘆いたって仕方ないが、今夜ばかりは許してほしい。

 どうしてかといえば。

 数時間前に、契約社員として約一年。受付担当として務めていた、藤花総合病院から派遣会社を通して契約更新しない旨が伝えられたせいだ。

 実は先月、実家の家業であるフラワーショップを経営している父が交通事故を起こし足を骨折。現在入院中なのだが。

 その代わりに恋が店頭に立っていたのを運が悪いことに上司に見つかり、口頭で注意を受けた。

 間が悪いことに、数日後、父の事故の件と店のことで、二日連続遅刻する羽目になった。

 どうやら副業のせいで職務が疎かになっていると判断されてしまったらしい。

 今日は、そのことで意気消沈していたのだ。

 それをいつものように、メッセージアプリを介してカレンを呼び出し、愚痴を聞いてもらい、慰めてもらっていたのだった。

 人間誰しも酒に頼りたいときがある。酒に酔って何もかもを忘れ去りたいときが。大抵終いには酒に呑まれてしまうとわかっていても。

 恋にとっては、それが今夜であったらしい。

「ちょっと、恋ちゃん。大丈夫なの? ねえ、恋ちゃんってばっ!」

 それを証明でもするかのように、カレンに肩を揺すられながらかけられた言葉を最後に、恋は呆気なく意識を手放してしまうのだった。

 小説なんかでよく目にする酔ったときの描写が現実世界にも起こるのだということを恋が身をもって知った瞬間でもあった。

 とはいえ、この瞬間の記憶も曖昧だったために、実証などできないのだけれど。

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