33 / 39
苦悩と葛藤 〜窪塚視点〜
しおりを挟む九年という途方に暮れてしまいそうなほど長い間、ずっと恋い焦がれてきた相手である神宮寺鈴。
色々あったが、念願叶って恋人同士になって早三年。
その間、セフレだった頃同様に、俺は様々な事で苦悩し葛藤してきた。
それは、性癖のことだったり、お互いに多忙を極める仕事のことだったり、鈴の元彼である藤堂のことだったり……。
他にもあげればキリがないほどだ。
その中でも、やっぱり気になっていたのが、性癖のことだ。
俺と鈴とは、お互い初めて同士。
当然鈴には、俺以外の異性との性交渉の経験がない。
俺だって同じだが、情事の際、俺は無意識に鈴のことを苛めたい衝動に駆られてしまっている。
それは鈴と初めて関係を持ったときに初めて自覚したことだった。
そういう性癖のせいで、情事のたびに俺は鈴のことを意地の悪い言葉で攻め立ててしまっている。
でも幸いなことに、鈴はドSな俺とは真逆のドMのようで、羞恥に塗れ態度と言葉では嫌だと主張しつつも、身体は歓喜するように好反応を示して、いつも呆気なく達してしまう。
だから俺は、鈴も満足してくれているものだと思い込んでいた。
プロポーズしOKをもらったあの夜、少々テンションも高まっていて、俺は調子に乗っていたんだと思う。
自分の中にあんなにも凶暴な一面があったなんて、と驚くほどに、愛おしくてどうしようもないはずの鈴のことを容赦なく攻め立ててしまっていたらしい。
曖昧なのは、興奮していた余り、その時の記憶が思い出せないせいだ。
けどあの時に見せた鈴の怒ったような悲しんでいるようななんとも複雑な表情と、ぽろぽろと零していた涙とを目にしてはじめて我を取り戻すことができた。
そこへ追い打ちをかけるようにして、鈴から放たれた言葉。
『圭は私のことを苛める方が愉しいの? もっと苛めたいとか思っちゃうの?』
『ねえ、どうなの? 結婚するんだったら、そういう性癖だって知っとかなきゃいけないんだし、正直に話して。私も努力したいし』
胸にグサグサと突き刺さった。ショックでならなかった。
鈴にとっては、努力しないといけないくらいの耐えがたい事でしかないのかと思ったからだ。
だから咄嗟に訊きかえしていた。どれほどの抵抗を示すか確かめるためだ。
『努力するってことは、俺が鈴のこと苛めたいって言ったら、苛めさしてくれんの?』
鈴は一瞬、『やっぱり』というような顔をして、けれど不安なんて微塵も見せまいとしてか、言葉を選びつつ慎重に答えてくれたが、その声は僅かに裏返っていて。
『……い、いいよ。圭がそうしたいって言うんなら』
それでもなんとか俺に合わせようとしてくれていることが素直に嬉しかった。
だからあの時誓ったんだ。
そこまで想ってくれている鈴のためにも、自分の性癖は出来るだけ抑え込もうって。
できうる限りに、優しくしようって。
そのはずだったのに……。
そのあとすぐに再開した情事でも、プロポーズをOKしてもらったという嬉しさから、結局は我を忘れて散々鈴に無理をさせてしまう結果に終わってしまった。
それだけじゃない。
記憶は曖昧だが、いつになく積極的に情事に没頭して、俺と分身とを惑わせる鈴のお陰で、俺はずいぶんと興奮していたようだ。
俺はその時に確信した。
きっと鈴には自覚がないだけで、相当なドMに違いないと。
そう確信したものの、あの時の鈴の表情と涙とあの言葉が、今も鮮烈に脳裏と耳とにこびりついていて、離れてくれない。
そうして事あるごとに思い出してしまうのだった。
例えば、鈴の両親と対峙したときなどに。
運良くというか、鈴と親戚だった譲院長の働きかけのお陰で、結婚とシンガポール行きをあっさりと了承してもらったのには本当に吃驚したが。
それ以上に、鈴の両親の気持ちを思うと、何が何でも鈴のことを幸せにしなければいけない。という気持ちがいっそう強くなった。
それと同時に、ヘタレな部分が働いて、両親にとって愛してやまない鈴のことをドSな俺のせいで、ドMにしてしまった事に対して申し訳ないという気持ちにもなった。
もしかしたら、俺じゃなく、藤堂だったら、鈴がドMに目覚めることもなかったんじゃないだろうか。
そんなことを考えてどうなるんだ。そう思ってしまうようなことを考えもした。
そんな時だ。
上級医であり鈴の親戚でもある樹先生に、『結婚の前祝いにおごってやる』そう言って珍しく飲みに誘われたのは。
確か年が明けてすぐの頃だ。
その際に、えらくご機嫌だった樹先生がこんなことを言い出した。
『いやー、それにしてもピッタリだよなぁ。ドSの窪塚とドMの鈴が結婚するなんてさぁ。まぁ、俺は、お前らが研修医としてうちに来たときからお似合いだって思ってたし、こうなるって思ってたけどなぁ』
『え? どうしてそんな風に言い切れるんですか? 付き合ってる俺はともかく。いくら親戚でもそんなことわかんないでしょう?』
『バーカ。あーいう普段気が強い奴は、大体はドMだっつの。普段自分がそうしてるように、自分より強いドS嗜好の奴に辛辣な言葉で攻められたいって、欲求を持ってることの表れなんだって。心理学かなんかの論文で読んだことがある気がするから間違いないって』
……読んだことがある気がするから間違いない。
普段の俺なら、そんな不確かな言葉を信じなかっただろう。
『へえ、そういうもんですか。勉強になります』
けれども結婚へのカウントダウンがはじまって、もう後戻りできない時期だったせいか、俺はその言葉に縋ることにした。
だからって、鵜呑みにしたわけじゃない。
色んな事を踏まえた上で、これからの長い結婚生活の中で俺たちなりにいい関係性を築いていけばいい。そう思えるようになったのだ。
俺がドSであろうと鈴がドMであろうと、そんなことは大した事じゃない。
俺が愛する鈴のことを大切に想うこの気持ちが大事なんだ。
その想いを言動で示せばいいだけのこと。
鈴のことを俺なりに精一杯優しく精一杯愛し抜けばいい、と。
そんなこんなで迎えた三月二度目の一粒万倍日である本日ーー結婚式当日。
祭壇の前で待つ俺の元に、父親にエスコートされて歩みを進めてくる鈴の純白のウェディングドレス姿に、俺は視線どころか魂ごと奪われてしまっていた。
繊細な刺繍の施されたマーメイドラインがどうとか言ってたドレスに身を包んだ鈴は、眩いくらいに輝いて見える。
それらを言葉で表現するなら、天使か女神か。
兎に角、この世の者とは思えないほどに綺麗だった。
ーー速くその純白なドレスを脱がして俺だけのものだということを鈴が許しを請うまで、その綺麗な身体の骨の髄まで嫌というほど容赦なく徹底的に刻み込みたい。
神聖な場だというのに、不届きな俺の頭に、そんな不埒な思考がチラついていた。
あんなに苦悩し葛藤してきたというのに、骨の髄までドSな俺はどう足掻いてもドSな本能に抗うことはできないようだ。
これはきっと、鈴に家族水入らずの時間を少しでも多く過ごしてもらおうと、週末の逢瀬を返上していたお蔭でずっとお預けを食らっていたからに違いない。……多分。
0
お気に入りに追加
213
あなたにおすすめの小説
冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました
せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜
神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。
舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。
専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。
そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。
さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。
その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。
海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。
会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。
一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。
再会の日は……。
【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜
湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」
30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。
一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。
「ねぇ。酔っちゃったの………
………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」
一夜のアバンチュールの筈だった。
運命とは時に残酷で甘い………
羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。
覗いて行きませんか?
※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※
・R18の話には※をつけます。
・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。
・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。
【R18】爽やか系イケメン御曹司は塩対応にもめげない
四葉るり猫
恋愛
志水美緒は入社6年目に総務から営業に異動となり、社長の次男で大学時代の同級の小林巧の班に配属される。
慣れない営業事務の仕事に、小林を狙う肉食女子の嫌がらせも加わり、美緒のストレスは増える一方。
だが、小林巧は顔がよかった。美緒好みの爽やか系イケメンだったのだ。
但し、学生時代は女ったらしだった小林に美緒は嫌悪感しかなく、もっぱら鑑賞用だった。
男性不信で可愛げがなく意地っ張りなOLと、人間不信から初恋に気付かず拗らせ、自覚した途端に暴走を始めた男の、両想いになるまでのゴタゴタ劇。
※のある話はR18です、ご注意ください。
他サイトにも投稿していますが、アルファポリス先行です。
セカンドラブ ー30歳目前に初めての彼が7年ぶりに現れてあの時よりちゃんと抱いてやるって⁉ 【完結】
remo
恋愛
橘 あおい、30歳目前。
干からびた生活が長すぎて、化石になりそう。このまま一生1人で生きていくのかな。
と思っていたら、
初めての相手に再会した。
柚木 紘弥。
忘れられない、初めての1度だけの彼。
【完結】ありがとうございました‼
交際0日。湖月夫婦の恋愛模様
なかむ楽
恋愛
「いらっしゃいませ」
「結婚してください」
「はい。いいですよ。……ん?」
<パンののぞえ>のレジに立つ元看板娘・藍(30)の前にやって来たのは、噂では売れない画家で常連客の舜太郎(36)だった。
気前よく電撃結婚をした藍を新居で待っていたのは、スランプ中の日本画家・舜日(本名・湖月舜太郎)との新婚生活だった。
超がつく豪邸で穏やかで癒される新婚生活を送るうちに、藍は舜太郎に惹かれていく。夜の相性も抜群だった。
ある日藍は、ひとりで舜太郎の仕事場に行くと、未発表の美しい女性ただ一人を描き続けた絵を見つけてしまった。絵に嫉妬する。そして自分の気持ちに気がついた藍は……。(✦1章 湖月夫婦の恋愛模様✦
2章 湖月夫婦の問題解決
✦07✦深い傷を癒して。愛しい人。
身も心も両思いになった藍は、元カレと偶然再会(ストーキング)し「やり直さないか」と言われるが──
藍は舜太郎に元カレとのトラブルで会社を退職した過去を話す。嫉妬する舜太郎と忘れさせてほしい藍の夜は
✦08✦嵐:愛情表現が斜め上では?
突如やって来た舜太郎の祖母・花蓮から「子を作るまで嫁じゃない!」と言われてしまい?
花蓮に振り回される藍と、藍不足の舜太郎。声を殺して……?
✦09✦恋人以上、夫婦以上です。
藍は花蓮の紹介で、舜太郎が筆を折りかけた原因を作った師匠に会いに行き、その真実を知る。
そして、迎えた個展では藍が取った行動で、夫婦の絆がより深くなり……<一部完結>
✦直感で結婚した相性抜群らぶらぶ夫婦✦
2023年第16回恋愛小説大賞にて奨励賞をいただきました!応援ありがとうございました!
⚠えっちが書きたくて(動機)書いたのでえっちしかしてません
⚠あらすじやタグで自衛してください
→番外編③に剃毛ぷれいがありますので苦手な方は回れ右でお願いします
誤字報告ありがとうございます!大変助かります汗
誤字修正などは適宜対応
一旦完結後は各エピソード追加します。完結まで毎日22時に2話ずつ予約投稿します
予告なしでRシーンあります
よろしくお願いします(一旦完結48話
副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~
真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
溺愛ダーリンと逆シークレットベビー
葉月とに
恋愛
同棲している婚約者のモラハラに悩む優月は、ある日、通院している病院で大学時代の同級生の頼久と再会する。
立派な社会人となっていた彼に見惚れる優月だったが、彼は一児の父になっていた。しかも優月との子どもを一人で育てるシングルファザー。
優月はモラハラから抜け出すことができるのか、そして子どもっていったいどういうことなのか!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる