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恋のスパイス?
しおりを挟む確かに、何か可笑しいとは思ったんだ。
けどまさか、そんな偶然があるなんて思ってもみなかった。
公衆の面前で抱きしめ合っていた私たちは慌てて離れて、少々気まずい思いを味わっていたのだが。
藤堂は長い付き合いでもあるので、いつもの調子で話せていたように思う。
「で、今日はデート?」
「……あっ、ああ」
「なんだよ、窪塚。デートの邪魔されて怒ってんの?」
「あっ、否、そんなことねーよ」
「そうだよね。そんなことないよ。最近忙しくて疲れてるみたい。ごめんね」
それなのに、窪塚は仕事の疲れがたたっているのか、どこか上の空で、生返事ばかり。
私は疲れているのだろうと思っていたので、終始窪塚のフォローに徹していた。
「なんか、今のフォロー、夫婦みたいだね。もしかして、そっちももうすぐなのかな」
「え? てことは、藤堂ももうすぐ結婚なの?」
「うん。まだ、もう少し先のことだけどね。ちょうどいいから紹介しとくよ。こちら、医大の同期の窪塚と神宮寺。彼女は、うちの看護師の葉山歩さん」
藤堂に揶揄われたりしているうちに、お互い結婚が近いことがわかり、紹介し合いながら、和やかに談笑していたのだけれど……。
五分ほど談笑して別れ際のことだ。
「確か、もうすぐ誕生日だったよね。独身最後なんだから、目一杯無理言いなよ」
「ハハッ、さっすが藤堂、記憶力いいねぇ」
「一度聞いたら覚えちゃうんだよね。窪塚は九月だっけ」
「凄い、当たってる」
藤堂から助言をもらったことで、私が藤堂の記憶力の良さに驚いていたその傍らで、藤堂の彼女である葉山さんからなにやら耳打ちをされていた窪塚の顔が気まずげに見えて、それがどうにも気になってしょうがなかった。
「じゃあ、また」
「うん、またね」
それ以来、ますます無口になってしまった窪塚の様子に首を傾げつつ藤堂らと別れてからも、なんだか様子が可笑しい窪塚。
気になった私が問いかけたところ。
「ねぇ、圭。さっき、葉山さんと何話してたの?」
「……い、否、別に。なんでもねーよ」
途端に端正な顔が引きつって、声も心なしか裏返っていて、明らかに妙だった。
絶対何かあると確信した私は、性質上このままにしてはおけなくて、窪塚の前に立ち塞がって詰め寄るという行動に出てしまう。
「私たち結婚するんだよね? だったら、正直に話してッ!」
私の言葉を聞くやいなや、窪塚は、ほとほと疲れたというような表情でボソッと答えた。
「笑わないって約束するなら教える」
予想とは違ったものが返ってきて一瞬面食らうも、気になるので、「うん、笑わない」と即答する。
すると、「はぁー」と思い切るように大息をついた窪塚がボソボソとバツ悪そうに声を搾り出す。
「……研修医になってすぐの頃、鈴に余計なお節介のせいで話しかけてこないでって言われてから、暫く自暴自棄になったときがあって。その頃呼ばれた合コンに葉山さんもいたらしくて。その時のこと言われたんだよ。『ED改善されたようでよかったですね』って」
まず、驚きを隠せなかった。
それから、いい気はしなかった。
いい気なんてするわけないけど、元々は私がまいた種でもあるわけなので、私にどうこういう資格なんてない。
そんなことはわかってる。
わかってるけど、いくら最後まで致していないとはいえ、途中まではあったということが引っかかってしまうのだ。
キスはしたのかな、とか。
どこまでしたのかな、とか。
言い出したらキリがない。
自分の中で、鬱々としたどす黒い感情が蠢いて、何かを放ったところで碌なことにならないのは明白だ。
窪塚も、元彼の藤堂のことで、同じように思ってたんだろうな。
そう思うと余計に、何も返せないまま黙りこくってしまっていた。
やがてかずさんの店に着き、いつもの窓際のソファ席に案内されてからも、無言でメニューを眺めていた。と、そのとき。
きっと泣きそうな顔でもしてたのだろう。
さっきまでバツ悪そうに気まずげな顔をしていた窪塚が急に慌てたように私のご機嫌を取り始めた。
「ごめん。鈴。あんな話聞きたくなかったよな。その頃俺がそうだったように、藤堂が鈴に似た相手を身代わりにしようとしてんじゃねーかって、さっきも邪推して。そっちにばっか気が行ってて、気遣ってやれなくて悪かった」
どれもこれも結局は、私に関してのことばかり。
きっと中には、窪塚のことを好きだった人だっていたはずだ。
そう考えたら、やっぱりいい気なんてしないし、気になってしまう。
けどそんなこと言い出したらキリがないし、そんなことに時間を割くのは勿体ない。
「確かに、聞きたくなかった。圭がどういう理由であれ、私以外の人とキスとかしてたって思っただけで、気が狂いそうなくらいだし。でも、未だに藤堂に嫉妬するくらい好きでいてくれてるのは嬉しい。だから、帳消しにしてあげる。その代わり、浮気なんかしたら許さないんだから」
「浮気なんてするわけねーだろ。一生鈴だけだ」
「そんなのわかんないじゃない」
「いーや、断言できる。俺には鈴しか見えてねーもん」
話しているうち、お互いムキになってきて言い合っていると、そこにかずさんが加わって。
「嫉妬し合うほど仲がいいなんて羨ましいなぁ。まぁ、料理と一緒で、恋にもたまにはスパイスが必要だけど、圭にはそんな度胸はないと思うよ? 図体の割にはヘタレだし」
「かずさん、それ以上余計なこと言ったら、マジでSNSで、あることないこと吹聴しとくからな」
「おいおい、俺はお前の味方してやってんだからさ、感謝しろって」
「誰がするかよ」
「はいはい。邪魔者は消えますよ~。どうぞごゆるりと~」
かずさんのお陰もあり、すっかりいつもの調子に戻った私と窪塚は楽しい一時を過ごしてから店をあとにした。
窪塚に家まで送ってもらっている道中。
正直、こんなことはもう二度とご免だけど、窪塚の気持ちもよく理解できたし。
かずさんの言ってたように、嫉妬のお蔭で、お互いを想い合う気持ちを再確認したことで、より一層絆が深まってくれてるといいなぁ。なんてことを考えていた。
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