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✱番外編✱パティシエールと王子様

♯13

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 あれからほどなくして、私たちのバカップルっぷりを寛大な心で空気と化して見守ってくれていた菱沼さんから、盛大な咳払いを繰り出されてしまうことになって。

 その刹那、創さんも私もあたかも夢から醒めたかのように我に返ったところで、菱沼さんの申し訳なさそうな声が耳に届いた。

「……お取り込み中のところ誠に申し訳ないのですが。皆様、お待ちかねのようですので」

 どうやら菱沼さんからの盛大な咳払いは、駐車場の出入り口で私たちのことを出迎えるためにずっと待ってくれている伯母夫婦と恭平兄ちゃんのことを気にかけてくれてのことだったようだ。

 菱沼さんの声に弾かれるようにして窓の外に目を向けてみれば、車のすぐ傍まで近寄ってきたものの、私と創さんとの熱烈な抱擁を見てしまったのか。

 伯母も伯父も仄かに顔を赤らめて気まずそうに、私たちは何も見てませんからっていうように、視線をあさっての方に漂わせるようにして黄昏れてしまっている。

 ーーいやいや、絶対見てたでしょう! わあー恥ずかしすぎる。  

 菱沼さんに、『どうせ止めるなら、もっと早く止めてくださいよ』と言いかけようとしたところで恭平兄ちゃんの姿が視界の隅に飛び込んできた。

 恭平兄ちゃんに至っては、ムスッとして足下の車止めを思いっきり蹴っ飛ばしてしまったようで。

 サンダル履きの自分の足を持ち上げて、創さんに劣っているがそれでも充分いけているイケメンフェイスを悩ましげに歪ませている。

 どうやら折角出迎えてくれているのに放置してしまった私たちに、随分とご立腹のようだ。

 私は何かを返そうにも返す言葉も見つからず、ただただ心の底からすみませんでしたと思いながら、菱沼さんに向けて声を放つと。

「す、すまなかった」
「す、すみませんでしたッ」

 意図していなかったにもかかわらず、創さんの声とハモってしまい。

 ただそれだけのことにも、これ以上にないくらいの幸せを感じて、この幸せをしみじ噛みしめつつ、創さんのエスコートによりパティスリー藤倉へと足を踏み入れることとなり。

 そうして一週間前に訪れたときと同じく和室の客間にて、おいしいお菓子たちにもてなされ、お祝いのお言葉を贈ってもらい、これまた幸せなひとときを過ごしていた。

「いやぁ、本当におめでとう」
「でもさみしくなるわねぇ」
「ふたりとも酔いすぎだし。ったく」

 伯母夫婦そろって創さんが手土産にと持参したシャンパンを祝いの席だからと少々飲み過ぎてしまったようでほろ酔い状態。

 そんなふたりを冷ややかに眺めつつも、さりげなくふたりを気遣っている優しい恭平兄ちゃんの姿に、ほっこりしつつ、私はここでの暮らしを思い返していた。

 父親を知らずに育ったけれど、伯母夫婦や恭平兄ちゃんのお陰で、寂しいなんて思った記憶は一度もない。

 ーーいつか好きな人ができて、もしも結婚できたら、こんなあたたかな家族を作りたいなぁ。

 なんてことを漠然と考えてみたことはある。けれどまさか、そんな日が来るなんてことは、思ってもみなかったことだ。

 でも今は隣には、こうして寄り添い合える大好きな創さんがいる。

 そして私たちのことをこうしてあたたかく見守ってくれている人たちがいる。

 勿論、それは伯母夫婦と恭平兄ちゃんだけじゃない。

 創さんの家族も親戚もそうだし、桜小路家に仕えている菱沼さんも、鮫島さんだってそうだ。

 みんな、みんな、私にとってかけがえのない家族だ。

 ずっとずっとこうしていられたらどんなに幸せだろう。

 けれど、こうしてお互いに想い合っていれば、どんなに離れていたって変わらないのかもしれない。

 たとえそれが日本であろうと、海外であろうと、どこであろうと、きっと変わらない。たとえ天国にいる両親であってもーー。

 みんながついてくれていたら百人力だ。

【あら、菜々子ちゃん。私は入れてくれないの?】

(あっ、愛梨さん。声がしないからどこかで居眠りでもしてるのかと)

【そのいいかただと、私がいつも寝てばかりいるみたいに聞こえるんだけど】

(やだなぁ。冗談ですよ。それに、さっきの続きですけど、勿論愛梨さんも入ってますから安心してくださいね)

【ふふっ。冗談よ】

(はい。分かってます)

【ふふっ。でもこれまで本当に色々あったけど、こうして皆に祝福されて本当によかったわねぇ】

(はい。ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね)

【こちらこそ、末永くよろしくね】

(はいッ!)


 あれから数日後、ふたたびロスへと旅だった私と創さんは予定通り一年後に日本へと戻ってきて、皆に祝福されるなか、素敵なチャペルで永遠の愛を誓い合った。

 そうしてそれからまた数年の年月が流れて、あの時、愛梨さんと交わした言葉通り、今も最愛の創さんと幸せに仲睦まじく暮らしている。

 その傍らには、可愛い子供たちがいて、カメ吉がいて、姿は見えずとも、相変わらず空気の読めない愛梨さんも一緒だ。

 きっとこれから先もこうして一緒に幸せに暮らしていけるに違いない。

 きっと、いつまでもいつまでもーー。


 こうして、ある日突然王子様に拾われたパティシエールは家族一緒にいつまでもいつまでも仲睦まじく幸せに暮らしましたとさ。



ーおしまいー


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