111 / 111
✱番外編✱パティシエールと王子様
♯13
しおりを挟むあれからほどなくして、私たちのバカップルっぷりを寛大な心で空気と化して見守ってくれていた菱沼さんから、盛大な咳払いを繰り出されてしまうことになって。
その刹那、創さんも私もあたかも夢から醒めたかのように我に返ったところで、菱沼さんの申し訳なさそうな声が耳に届いた。
「……お取り込み中のところ誠に申し訳ないのですが。皆様、お待ちかねのようですので」
どうやら菱沼さんからの盛大な咳払いは、駐車場の出入り口で私たちのことを出迎えるためにずっと待ってくれている伯母夫婦と恭平兄ちゃんのことを気にかけてくれてのことだったようだ。
菱沼さんの声に弾かれるようにして窓の外に目を向けてみれば、車のすぐ傍まで近寄ってきたものの、私と創さんとの熱烈な抱擁を見てしまったのか。
伯母も伯父も仄かに顔を赤らめて気まずそうに、私たちは何も見てませんからっていうように、視線をあさっての方に漂わせるようにして黄昏れてしまっている。
ーーいやいや、絶対見てたでしょう! わあー恥ずかしすぎる。
菱沼さんに、『どうせ止めるなら、もっと早く止めてくださいよ』と言いかけようとしたところで恭平兄ちゃんの姿が視界の隅に飛び込んできた。
恭平兄ちゃんに至っては、ムスッとして足下の車止めを思いっきり蹴っ飛ばしてしまったようで。
サンダル履きの自分の足を持ち上げて、創さんに劣っているがそれでも充分いけているイケメンフェイスを悩ましげに歪ませている。
どうやら折角出迎えてくれているのに放置してしまった私たちに、随分とご立腹のようだ。
私は何かを返そうにも返す言葉も見つからず、ただただ心の底からすみませんでしたと思いながら、菱沼さんに向けて声を放つと。
「す、すまなかった」
「す、すみませんでしたッ」
意図していなかったにもかかわらず、創さんの声とハモってしまい。
ただそれだけのことにも、これ以上にないくらいの幸せを感じて、この幸せをしみじ噛みしめつつ、創さんのエスコートによりパティスリー藤倉へと足を踏み入れることとなり。
そうして一週間前に訪れたときと同じく和室の客間にて、おいしいお菓子たちにもてなされ、お祝いのお言葉を贈ってもらい、これまた幸せなひとときを過ごしていた。
「いやぁ、本当におめでとう」
「でもさみしくなるわねぇ」
「ふたりとも酔いすぎだし。ったく」
伯母夫婦そろって創さんが手土産にと持参したシャンパンを祝いの席だからと少々飲み過ぎてしまったようでほろ酔い状態。
そんなふたりを冷ややかに眺めつつも、さりげなくふたりを気遣っている優しい恭平兄ちゃんの姿に、ほっこりしつつ、私はここでの暮らしを思い返していた。
父親を知らずに育ったけれど、伯母夫婦や恭平兄ちゃんのお陰で、寂しいなんて思った記憶は一度もない。
ーーいつか好きな人ができて、もしも結婚できたら、こんなあたたかな家族を作りたいなぁ。
なんてことを漠然と考えてみたことはある。けれどまさか、そんな日が来るなんてことは、思ってもみなかったことだ。
でも今は隣には、こうして寄り添い合える大好きな創さんがいる。
そして私たちのことをこうしてあたたかく見守ってくれている人たちがいる。
勿論、それは伯母夫婦と恭平兄ちゃんだけじゃない。
創さんの家族も親戚もそうだし、桜小路家に仕えている菱沼さんも、鮫島さんだってそうだ。
みんな、みんな、私にとってかけがえのない家族だ。
ずっとずっとこうしていられたらどんなに幸せだろう。
けれど、こうしてお互いに想い合っていれば、どんなに離れていたって変わらないのかもしれない。
たとえそれが日本であろうと、海外であろうと、どこであろうと、きっと変わらない。たとえ天国にいる両親であってもーー。
みんながついてくれていたら百人力だ。
【あら、菜々子ちゃん。私は入れてくれないの?】
(あっ、愛梨さん。声がしないからどこかで居眠りでもしてるのかと)
【そのいいかただと、私がいつも寝てばかりいるみたいに聞こえるんだけど】
(やだなぁ。冗談ですよ。それに、さっきの続きですけど、勿論愛梨さんも入ってますから安心してくださいね)
【ふふっ。冗談よ】
(はい。分かってます)
【ふふっ。でもこれまで本当に色々あったけど、こうして皆に祝福されて本当によかったわねぇ】
(はい。ありがとうございます! これからもよろしくお願いしますね)
【こちらこそ、末永くよろしくね】
(はいッ!)
あれから数日後、ふたたびロスへと旅だった私と創さんは予定通り一年後に日本へと戻ってきて、皆に祝福されるなか、素敵なチャペルで永遠の愛を誓い合った。
そうしてそれからまた数年の年月が流れて、あの時、愛梨さんと交わした言葉通り、今も最愛の創さんと幸せに仲睦まじく暮らしている。
その傍らには、可愛い子供たちがいて、カメ吉がいて、姿は見えずとも、相変わらず空気の読めない愛梨さんも一緒だ。
きっとこれから先もこうして一緒に幸せに暮らしていけるに違いない。
きっと、いつまでもいつまでもーー。
こうして、ある日突然王子様に拾われたパティシエールは家族一緒にいつまでもいつまでも仲睦まじく幸せに暮らしましたとさ。
ーおしまいー
0
お気に入りに追加
292
この作品は感想を受け付けておりません。
あなたにおすすめの小説
隠れオタクの女子社員は若社長に溺愛される
永久保セツナ
恋愛
【最終話まで毎日20時更新】
「少女趣味」ならぬ「少年趣味」(プラモデルやカードゲームなど男性的な趣味)を隠して暮らしていた女子社員・能登原こずえは、ある日勤めている会社のイケメン若社長・藤井スバルに趣味がバレてしまう。
しかしそこから二人は意気投合し、やがて恋愛関係に発展する――?
肝心のターゲット層である女性に理解できるか分からない異色の女性向け恋愛小説!
あなたと恋に落ちるまで~御曹司は、一途に私に恋をする~
けいこ
恋愛
カフェも併設されたオシャレなパン屋で働く私は、大好きなパンに囲まれて幸せな日々を送っていた。
ただ…
トラウマを抱え、恋愛が上手く出来ない私。
誰かを好きになりたいのに傷つくのが怖いって言う恋愛こじらせ女子。
いや…もう女子と言える年齢ではない。
キラキラドキドキした恋愛はしたい…
結婚もしなきゃいけないと…思ってはいる25歳。
最近、パン屋に来てくれるようになったスーツ姿のイケメン過ぎる男性。
彼が百貨店などを幅広く経営する榊グループの社長で御曹司とわかり、店のみんなが騒ぎ出して…
そんな人が、
『「杏」のパンを、時々会社に配達してもらいたい』
だなんて、私を指名してくれて…
そして…
スーパーで買ったイチゴを落としてしまったバカな私を、必死に走って追いかけ、届けてくれた20歳の可愛い系イケメン君には、
『今度、一緒にテーマパーク行って下さい。この…メロンパンと塩パンとカフェオレのお礼したいから』
って、誘われた…
いったい私に何が起こっているの?
パン屋に出入りする同年齢の爽やかイケメン、パン屋の明るい美人店長、バイトの可愛い女の子…
たくさんの個性溢れる人々に関わる中で、私の平凡過ぎる毎日が変わっていくのがわかる。
誰かを思いっきり好きになって…
甘えてみても…いいですか?
※after story別作品で公開中(同じタイトル)
10 sweet wedding
国樹田 樹
恋愛
『十年後もお互い独身だったら、結婚しよう』 そんな、どこかのドラマで見た様な約束をした私達。 けれど十年後の今日、私は彼の妻になった。 ……そんな二人の、式後のお話。
【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~
蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。
なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?!
アイドル顔負けのルックス
庶務課 蜂谷あすか(24)
×
社内人気NO.1のイケメンエリート
企画部エース 天野翔(31)
「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」
女子社員から妬まれるのは面倒。
イケメンには関わりたくないのに。
「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」
イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって
人を思いやれる優しい人。
そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。
「私、…役に立ちました?」
それなら…もっと……。
「褒めて下さい」
もっともっと、彼に認められたい。
「もっと、褒めて下さ…っん!」
首の後ろを掬いあげられるように掴まれて
重ねた唇は煙草の匂いがした。
「なぁ。褒めて欲しい?」
それは甘いキスの誘惑…。
恋に異例はつきもので ~会社一の鬼部長は初心でキュートな部下を溺愛したい~
泉南佳那
恋愛
「よっしゃー」が口癖の
元気いっぱい営業部員、辻本花梨27歳
×
敏腕だけど冷徹と噂されている
俺様部長 木沢彰吾34歳
ある朝、花梨が出社すると
異動の辞令が張り出されていた。
異動先は木沢部長率いる
〝ブランディング戦略部〟
なんでこんな時期に……
あまりの〝異例〟の辞令に
戸惑いを隠せない花梨。
しかも、担当するように言われた会社はなんと、元カレが社長を務める玩具会社だった!
花梨の前途多難な日々が、今始まる……
***
元気いっぱい、はりきりガール花梨と
ツンデレ部長木沢の年の差超パワフル・ラブ・ストーリーです。
恋とキスは背伸びして
葉月 まい
恋愛
結城 美怜(24歳)…身長160㎝、平社員
成瀬 隼斗(33歳)…身長182㎝、本部長
年齢差 9歳
身長差 22㎝
役職 雲泥の差
この違い、恋愛には大きな壁?
そして同期の卓の存在
異性の親友は成立する?
数々の壁を乗り越え、結ばれるまでの
二人の恋の物語
最後の恋って、なに?~Happy wedding?~
氷萌
恋愛
彼との未来を本気で考えていた―――
ブライダルプランナーとして日々仕事に追われていた“棗 瑠歌”は、2年という年月を共に過ごしてきた相手“鷹松 凪”から、ある日突然フラれてしまう。
それは同棲の話が出ていた矢先だった。
凪が傍にいて当たり前の生活になっていた結果、結婚の機を完全に逃してしまい更に彼は、同じ職場の年下と付き合った事を知りショックと動揺が大きくなった。
ヤケ酒に1人酔い潰れていたところ、偶然居合わせた上司で支配人“桐葉李月”に介抱されるのだが。
実は彼、厄介な事に大の女嫌いで――
元彼を忘れたいアラサー女と、女嫌いを克服したい35歳の拗らせ男が織りなす、恋か戦いの物語―――――――
最高ランクの御曹司との甘い生活にすっかりハマってます
けいこ
恋愛
ホテルマンとして、大好きなあなたと毎日一緒に仕事が出来ることに幸せを感じていた。
あなたは、グレースホテル東京の総支配人。
今や、世界中に点在する最高級ホテルの創始者の孫。
つまりは、最高ランクの御曹司。
おまけに、容姿端麗、頭脳明晰。
総支配人と、同じホテルで働く地味で大人しめのコンシェルジュの私とは、明らかに身分違い。
私は、ただ、あなたを遠くから見つめているだけで良かったのに…
それなのに、突然、あなたから頼まれた偽装結婚の相手役。
こんな私に、どうしてそんなことを?
『なぜ普通以下なんて自分をさげすむんだ。一花は…そんなに可愛いのに…』
そう言って、私を抱きしめるのはなぜ?
告白されたわけじゃないのに、気がづけば一緒に住むことになって…
仕事では見ることが出来ない、私だけに向けられるその笑顔と優しさ、そして、あなたの甘い囁きに、毎日胸がキュンキュンしてしまう。
親友からのキツイ言葉に深く傷ついたり、ホテルに長期滞在しているお客様や、同僚からのアプローチにも翻弄されて…
私、一体、この先どうなっていくのかな?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる