拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#88 王子様からの贈り物 ⑷

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 今日は、最終日だということで、どこにも出かけずに一日中創さんのことを独り占めしていた。

 創さんは最終日だからこそ、どこかに出かけようと言ってくれたのだけれど、明日から仕事である創さんにこの数日間の疲れを癒やして欲しかったので、マンションでゆっくり過ごしたいとお願いしたからだ。

 それから、貴重な休日を私のために費やしてくれた創さんに私なりにお返しをしたいという想いもあった。

 スイーツに目のない創さんのために、とびきりのスイーツを作ってあげたい――。

 そんな想いから、ごくごく自然に出た言葉だった。

 それがまさか……。

『創さん。休みの間、色んなところに連れてってくれたお礼に、スイーツを作ろうと思うんですが、何が食べたいですか?』
『別に俺は見返りが欲しかったわけじゃない。俺が菜々子と一緒にやりたいことをやったまでだ。だから菜々子が気にやむ必要はない』
『私も。私も一緒です。見返りとかそういうんじゃなくて、ただ創さんのために何か作りたいだけなんです。だから、作らせてください。お願いします』
『だったら、フォンダンショコラがいい。フォンダンショコラを菜々子と一緒に作りたい』

 創さんから、私と一緒にフォンダンショコラを作りたい――そんな言葉が飛び出してきて、創さんと一緒に作ることになるなんて、なんだか夢でも見ているような心地だった。

 勝手知ったる広くて綺麗なキッチンで、いつものように黒いコックコートに身を包んだ私の隣に、腕まくりした白いシャツに細身のジーンズ姿で張り切っている創さんが居て。

 その傍らには、カメ吉に転生した愛梨さんが居るという、なんとも夢のようなコラボレーション。

 といっても、愛梨さんは亀なので静かに見守ってくれているだけなのだけれど。

 そういえば、休日に入ってからというもの、カメ吉のお世話は創さんが菱沼さんにお願いしてくれていたので、愛梨さんと話す機会もなかったから、六日ぶりかもしれない。

 そのせいか、いつもお喋りなはずの愛梨さんは、創さんが近くに長時間居るせいで、感激でもしているのか、私に気を遣ってくれているのか、はたまた転た寝でもしているのか、やけに静かだったように思う。

 けれども、創さんと一緒にスイーツを作るという夢のようなミッションに心躍らせてた私には、愛梨さんの様子にまで気を配っているような暇などなかった。

 なんでもそつなく熟してしまいそうな創さんは、スイーツは好きでも作るのは初めてというのもあって、小麦粉をふるいにかけるのでさえいちいち大騒ぎだった。

『おい、菜々子。言われたとおりふるいにかけたが、こんなに減っても大丈夫なものなのか?』
『――ええッ!? ちょっ、ちょっと待ってくださいッ! そんなに高いところでふるっちゃったら、そりゃ粉が舞い上がって減っちゃいますよッ!』
『……確かにそうだな』
『もー、顔にまで粉がいっぱい付いて真っ白けじゃないですかぁ』
『……返す言葉もない。悪かった』
『じゃあ、このクーベルチュールチョコレートを湯煎にかけてもらってもいいですか? こうやってヘラで混ぜてくれるだけでいいので』
『それなら簡単そうだな。よしっ、任せろ』

 頭から顔からもう全身どころか、そこらじゅう粉まみれにして、シュンと申し訳なさそうに大きな身体を竦ませてしまったり。

 そうかと思えば、新たなミッションを与えられて、ぱあっと花が咲いたみたいに、とっても嬉しそうに笑顔を綻ばせつつ、得意げに作業に没頭していたりと。

 創さんの姿は、まるで小さな子供のようで、メチャクチャ可愛らしかったし、ちょっぴり危なっかしくもあって、私の目は色んな意味で釘付け状態だった。

 こんな簡単なことなのに、どうしてそんなことになっちゃうの?

 ……と、つい呆れたような声を放ったりもしたし、創さんとのスイーツ作りは思いの外難航したけれど。

 とっても楽しくて、広いキッチンには、終始大笑いしたり大騒ぎする私と創さんの賑やかな声が絶えず響き渡っていた。

 そうして現在。夕飯を済ませ、ようやく片付けも終えて、たった今焼き上がったばかりのフォンダンショコラを前に、いつものように、ソファに腰を落ち着けている創さんの膝上にちょこんと座った私は創さんと対峙している。

  ただいつもと違うのは、フォンダンショコラを盛り付けた食器に添えられているフォークが、盛り付ける際に創さんからもらった、上品で繊細な装飾を施された上等な銀製のモノであるということだ。

 なんでも、宮内庁御用達の銀食器メーカーの職人さんが丹精込めて一つ一つ手作りした特注品であるらしい。

 それだけでも吃驚なのに、桐の箱に収められた、セットになっている銀製のカトラリーの一つ一つには、筆記体で、『Nanako』と私の名前が丁寧に刻印までなされていたものだから、私はスッカリ恐縮してしまっている。


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