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#79 誤算まみれの恋情〜創視点〜 ⑵
しおりを挟む元々俺は、伯父である道隆のことがあまり好きじゃなかった。
別にこれといった理由があった訳じゃない。
ただ、幼いなりにも、快く思われていないことを感じ取っていたんだろう。
別にそれは、俺だけがという訳じゃない。桜小路家の人間全般においてということだ。
恨む――まではいかないにしても、実家をもり立てるための駒として婿にならざるを得なかった自分に対しての歯痒さと、悔しさ、それらをいつか見返してやろうという反骨心からだったに違いない。
俺も同じ男だからそういう気持ちは分かる。
そういう意味では、同情もしている。
俺だって、桜小路家の次期当主として、物心ついた頃から自分の意志に関係なく、ありとあらゆる英才教育といわれるモノを強いられてきて。
まだ母親が元気だった頃は、嫌だと駄々をこねて、何度母親を困らせたか分からないくらい、嫌で嫌でしょうがなかった。
母親が亡くなってからの俺にとっては、寂しさを紛らわせるのにはちょうど良かったのかもしれない。
お陰で、以前のように嫌だなんて思わなかったし、負担に思ったことなどなかった。
気づいたら、代々続く先祖がそうしてきたように、親父の後を継いで、次期当主になることが当然だと思うようになっていたし。
それがなによりも誇らしいことだと、思うようになってもいた。
それが、大人になって、桜小路グループの次期当主としての第一歩を歩むようになった途端に、腹違いの弟である創太を次期当主にと推す古参が事あるごとに邪魔をしてくるようになって。
そこで初めて、自分もただの駒にすぎないんだって悟ったし。
駒として桜小路家に婿入りさせられた伯父の気持ちだって、以前より理解できるようになった気がする。
だからって、伯父の思い通りにさせる気なんて毛頭ない。
――俺は俺の力で、次期当主のポジションを勝ち取ってみせる。
そのためには、目の上のたん瘤――大きな反対勢力である伯父のことをなんとかして抑え込んでおく必要があった。
それがすべての発端だ。
伯父のことを色々調べあげ、弱点である『藤倉菜々子』の存在に行き着き、菜々子のことを徹底的に調べ上げ。
初めて菜々子の写真を見た時には、腹違いの姉である咲姫の子供の頃にそっくりで、驚くと同時に、ここまで似るもんなんだなと、感心させられもした。
――ずっと燻り続けていたこの想いを消化できるかもしれない。反対勢力も抑えられるし、一石二鳥だ。
偶然を装って近づく手立てはないものか。
頭の片隅には、いつしかそんな邪な考えが浮かんでいた。
ちょうど年が明けてすぐの頃だ。
なんとも絶妙なタイミングで、『帝都ホテル』がうちの傘下となることが正式に決定。
俺にとってまたとないチャンスが舞い込んできたことになる。
そうして視察に出向いた際、パティシエールとしてラウンジで客にサービスを提供中の菜々子の姿を目にしたのが初見だ。
第一印象は、童顔な上に、思った以上に小柄だったため。
――まんま子供じゃないかよ。報告書には二十二歳なんて書いてはあるが、間違いじゃないのか。まさか、未成年じゃないだろうな。
こっちは休憩時間だが向こうは仕事中だし、不用意に近づいたりして顔を覚えられてもマズイい。
そういう事情から、コーヒーだけを頼んで遠くの席から菜々子の姿を眺めていた俺は、傍に控えている菱沼に、思わず小声で訊き返したほどだ。
『おい、菱沼。あの女、まさか未成年じゃないよな?』
『ええ。名簿だけでなく戸籍なども確認しましたので、記載された年齢に間違いはございません。それに、パティシエールになるには、最低でも二年は必要だと伺っておりますし。未成年の者は雇っていないはずでございます』
『……そっ、そうだよな』
菱沼にもっともな言葉を返されてもまだ、半信半疑の心持ちで、手にしたカップを口に運びつつ。
――身代わりにするにしても、あれじゃそういう気も起こりそうにないなぁ。
幼く見える見た目と薄っぺらい書面で知り得た情報だけで、まだ何も知らない人物に対して、なんとも失礼極まりないことを考えていた、ちょうどその瞬間。
――ガッシャーーーーンッ!!
菜々子の居る辺りから、グラスか何かが割れる派手な音が響き渡った。
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