拾われたパティシエールは愛に飢えた御曹司の無自覚な溺愛にお手上げです。

羽村美海

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#67 王子様への想いが溢れてとまりません

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 言い終えた創さんは私のことを尚もぎゅうぎゅうと掻き抱くようにして抱き竦めてくる。

 その様は、まるで……。

 さっきの言葉同様に私のことを失いたくない。ずっとずっと傍に居て欲しい。一人になりたくない。俺には菜々子しか居ない――。

 そう言われているようで。

――そんなにも私のことを好きになってくれてるんだ。

 驚きすぎて、言葉も身動ぎでさえもできずにただただ抱きしめられている私の胸はたちまちキューンと高鳴り、あたたかなもので満たされてゆく。

 当然、夢見心地状態に陥ってしまっている。

 けれども相変わらず大きな勘違いをしている創さんの抱擁はどんどん強められてゆく。

 それだけ創さんが必死なんだと分かって嬉しい気持ちと、苦しい気持ちとが半々。

 しばし双方のせめぎ合いが続いて、いよいよ苦しさに堪えきれなくなってしまい。私はどうにか声を絞り出した。

「……あっ、あの、創さんッ。クッ、クルジイデスッ」

 そうしたら、僅かにピクリと反応を示した創さんが慌てて私のことを腕から解放し。

 私の両肩にそれぞれ手を置いたまま肘を伸ばすことで、思い切るようにして自分から私の身体を引き剥がすと。

「……わっ、悪かった。菜々子の気持ちを無視するようなことを言って」
  
 やけに素直に謝ってきて。終いには。

「……今更、身勝手すぎるよなぁ」

 自嘲でもするかのように独り言ちるように呟きながら、シュンとした様子で肩を落として頭まで垂れてしまっている。

 出逢った当初は、あんなに感じが悪くて、いつも不機嫌そうで、馬鹿にされたり、面白おかしくからかわれたりもしたし、身勝手な振る舞いには、何度腹を立てたか分からないくらいだ。

 でもそれと同じように、ただ不器用なだけで、本当は心根の優しい人だってことにも、事あるごとに幾度となく気づかされてきた。

 私は人を好きになった経験がなかったものだから、自分の気持ちにも気づいてはいなかったけれど、きっとそのたびにどんどん好きになっていたんだろう。

 もうこの胸にはおさまりきらないくらいに、創さんへの想いは膨らんでしまっているようだ。

 これまでの創さんとのことが脳裏を掠めて、それと一緒に募りに募っていたらしい創さんへの想いが堰を切ったように溢れて止まらなくなってしまい。

「……身勝手なこと言って、悪かった。どうしたいかは菜々子に任せる」

 感極まってしまっている私の耳に、いまだシュンとしている創さんのいつになく頼りない声が届くなり、私は創さんの胸へと飛び込んでしまっていた。

 そんな私の突飛もない行動に驚いたように、ビクンと肩を跳ね上げた創さんからは、同様の驚いた声が飛び出してきて。

「菜々子? どうした?」

 その声でさえも、愛おしいと想ってしまう私は、もう相当創さんのことを好きになってしまっているようだ。

 改めて創さんへの自分の気持ちを再確認してしまった私は、創さんのあたたかな胸にしがみついたまま声を放つのだった。

「私、もう結構創さんのこと好きですよ? それに、伯母夫婦にも恭平兄ちゃんにも結婚するって言ってるのに、今更そんなこと言われても困ります。最後まで責任とってください」

 すると創さんが何故か私のことを自分の胸から引き剥がして、正面から真っ直ぐに見据えてきて。

 その怖いくらいに真剣な眼差しに捉えられてしまった私は、いつしか涙に濡れていた頬もそのままに創さんを見つめ返すことしかできないでいる。

 そんな私に向けて創さんから、

「それって、予定通り俺と結婚して、これまで通り俺の傍に居てくれるって意味だよな?」

そう言って念押しされて。

――それ以外に、どういう意味があるっていうんだろう?

 とは思いつつも、創さんに向けてコクンと頷いてみせると。

「……それって俺にど……否、菜々子がそう言ってくれるのならなんだっていい。分かった。責任とって、一生俺の傍に置いてやる。後になって、気が変わった……なんて言っても、撤回なんてしてやらないからな」

 一瞬、私の視線から不意に視線を逸らせて、何かを言いかけたようだったけれど、すぐにいつもの創さんらしい少々強引な上から口調で宣言されてしまった私は、すぐさま「はい」と即答していた。

 これでやっと誤解が解けたとホッとした心持ちで胸を撫で下ろそうとしていた私の身体がふわりと浮遊して、気づいたときには創さんによって、お姫様抱っこの体勢で見下ろされていて。

 再び脳裏での、あの、『今夜は寝かせる気はないから安心しろ』発言の再生により、私の全身が瞬く間に真っ赤に染め上がってゆく。

 たちまち私の鼓動までがドックンドックンと早鐘を打ち始めて、頭までクラクラとしてきて酔ってしまいそうだ。

 その間にも、創さんの長い足を活かした歩みはずんずん進んでいて、あっという間に見慣れた寝室のベッドの上へと横たえられて、顔の両側にそれぞれの手をついた創さんによって、逃がさないというように、しっかりと組み敷かれてしまっていたのだった。

  ついさっきまであんなにシュンとしていたというのに、創さんはもうすっかりいつもの調子を取り戻しているようだ。

 どうやら、本当に寝かせる気などないらしい。

 この日は、少々予想外なことが立て続けに起こってしまったために、私はすっかり忘れてしまっていたのだ。

 お風呂に入った時、着ていたワンピースが洗濯機で洗えるかの確認をしていて、ついでにポケットの中を改めたら出てきた、携帯電話らしき数字が書かれたメモを見つけたことを。

 そしてそれがおそらく創太さんの仕業に違いないと判断し、そのままゴミ箱に捨てたということを、念の為、創さんの耳に入れようとしていたということを、すっかり失念してしまっていたのだった。

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