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#56 王子様の暴走 ⑵

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 創さんの言動の全てがあまりに現実離れしていたものだから、頭が追いつかないのは勿論のこと。

 創さんの表情が、これまで目にしてきたもののなかで、一番柔らかで優しいものだったから余計だ。

――やっぱりこれは、夢か幻に違いない。

 おそらく、昨夜はなかなか寝付けなかったから、無意識に眠ってしまってて、寝起きで寝ぼけているからだろう。

――そうだ、絶対そうに違いない。

 なんだぁ、そうだったのかぁ。びっくりしちゃったなぁ、もう。

 なんて途端にホッとした私が創さんに同意を求めたところ。

「……あのう、私、寝ぼけちゃってるみたいですねぇ」

 創さんの柔らかで優しかった表情が見る間に困惑したものへと変貌し。

「まさかとは思うが。俺が言ったことを全部夢にして、なかったことにでもしようとしてるのか?」

 今度は怖いくらいに真剣な表情をして、ぐっと、鼻先すれすれまで迫ってきた創さんによって、凄まれてしまい。

 一瞬はたじろいだものの……。

――どうせこれは夢なんだから、ここで負けてなるものか。

 たちまち勇気百倍。アニメのヒーローの如く奮起した私は、反撃に出るのだった。

「……だっ、だってっ! 今まで、嫉妬みたいなことは言ってたけど。私のこと好きだなんて、一っ言も言ってなかったし。訊いても否定してたじゃないですかッ! そんなの信じられませんッ!」

 けれども私の言葉を耳にした刹那、創さんの怖いくらいに真剣だったイケメンフェイスが、何故か徐々にほんのり紅く色づき始めて。

 ついさっきまでの勢いまでが削がれていくように、いきなり私から退き、色づいてしまった顔を隠すように自身の大きな右の掌で覆い隠してしまった。

 そうして尚も、私の視線からも逃れようとするかのように、プイッと明後日の方を向いてしまった創さんが、

「……そんなの当然だ。この俺が嫉妬して我を忘れるなんて。あんなこと、初めてだったんだからな。それなのに、従兄のことが好きだなんて言い出して、あんな状況で言えるわけないだろ」

実に忌々しげに、ボソボソと毒づくように呟きを落としたのだけれど。

 その内容が、これまた意外すぎたものだったから、知らぬ間に、あんぐりと大口を開け放ってしまってた私は、それと同様の大きな吃驚眼で、創さんの横顔を凝視したまま言葉を失ってしまっている。

――恭平兄ちゃんのことを好きと言った覚えは全くないけど……。

 創さんの言葉を聞く限り、創さんのプライドは、かなり高いのだということが窺えた。

 けれど、あいにく今の私にはそんなモノに構っている余裕なんてなかったのだ。

 まぁ、それは仕方ないことだと思う。

 だって、プライドのお高いらしい創さんからしてみれば、そんな私の様子に、黙ったままでいられる訳がなかった。

 しばらくして顔の赤みがおさまったのか、すぐにいつもの調子を取り戻したらしい創さんによって、私は元の状態へと追い込まれ。

 余裕なんてすぐに根こそぎ奪われてしまっていたのだ。

 そうして元通り、私のことを組み敷いている創さんに見下ろされつつ。

「あんなに嫉妬させられたのは、菜々子が初めてだ。それに、俺のことを好きだと自覚したんだから、もうこれからは一切手加減なんかしてやらない。今すぐ俺のものにしてやる。もう夢だなんて、そんなこと言えないように、もっともっと俺のことを好きにさせてやる」

 えらく上からな高圧的な命令口調の割には、表情はどこか苦しげで、見聞きしているだけで胸がギュッと何かに強い力で締め付けられるようで、なんだか切ない心持ちになってくる。

 その様子からも、それだけ創さんの気持ちが真剣なんだって伝わってくるようだ。

 もう人質だとか、父親のことだとか、そんなものは頭からスッポリと抜け落ちてしまっていて。

 えらく上からな高圧的な命令口調とは裏腹な、優しく宥めるようにして、そうっと触れてきた創さんの柔らかな口づけを私は何の躊躇いも抵抗もなく受け入れてしまっていた。

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