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#34 魅惑のフォンダンショコラ ⑷
しおりを挟むーーな、何をがっかりしちゃってんの? 私ってば。
そうじゃなくて、今はファーストキスのことでしょ!
いけない、いけない。桜小路さんがやけに申し訳なさげに言うから危うく煙に巻かれてしまうところだった。
こうして私は、ようやっと正気に戻ることができたのだった。
同時に、すっかりなりを潜めつつあった怒りがふつふつと腹の底からこみ上げてくる。
再度攻め立ててやろうと、体勢を立て直すためにも正面に見える桜小路さんの爽やかなネイビーとサックスのレジメンタルのネクタイをぎゅっと締め上げるように引き寄せた。
「……おっ、おいっ!?」
途端に、恐ろしく均整のとれたイケメンフェイスを苦しげに歪ませて抗議するように声を放った桜小路さんに向けて。
「何が、『頼むからもう泣かないでくれ』だ。元はといえば、あんたがフォンダンショコラを食べるついでにあんなことしたからじゃないかッ! 私のことなんか好きでも何でもないクセに、あんなことするなんて信じらんないッ! キスくらい、好きな人としたかったのにッ!」
勢い任せにぶちまけてやったのだった。
鼻息荒く言い終えた私が桜小路さんのことを正面から見据えて、はぁはぁと肩を上下させながらトドメとばかりにネクタイをぐいっと締め上げようとしたその瞬間。
状況は一変することとなる。
突然、私の身体が背後に傾いたかと思った時には、既にふかふかのシーツの上に横たえられていて。私が引っ掴んでいたはずのネクタイは、桜小路さんの手によって綺麗さっぱりワイシャツの襟元から抜き取られていて。
そしてそのネクタイは、私の顔のすぐ横にパサリと舞い降りてきた。
いきなりのことで頭が追いついていかない私の眼前には、桜小路さんのイケメンフェイスが息のかかる至近距離まで迫っている。
どういう状況か説明するまでもなく、私はベッドの上で桜小路さんに組み敷かれているのである。
この状況だけでも、私にとっては結構なハードルだというのに、無表情を決め込んだ桜小路さんが、知らない男の人のようで途端に怖くなる。
羞恥と恐怖とでぎゅっと瞼を閉ざした私の耳元に唇を寄せてきた桜小路さんは、これ以上ないくらいに身体を小さく縮めてどうにかやり過ごそうとしている私に、ふっと柔らかな笑みを零してから、
「そんなに怖がらなくても、今すぐ取って食ったりしないから安心しろ」
確か、ファースキスを奪われる前にも言ってたこととなんら変わらない台詞が放たれた。
ーーもう騙されないんだからッ!
「そんなこと言って、ファーストキス奪ったくせにッ! 嘘つきッ! もう信じないッ!」
怒り心頭に発するで放ったまでは良かったのだが……。
「……あれは、お前の見せる反応がいちいち面白いものだったから、つい。悪かった」
意外にもあっさりと自分の非を認めてきた桜小路さんにまたまた唖然とさせられ、勢いを削がれてしまうのだった。
ーーいやいや、だから、そんなの謝ったうちに入んないから。
『反応が面白い』とか、『つい』とか言われちゃってるし。
またまた誤魔化されそうになってしまった私が自分を律して、いざ目をがっと見開いたと同時。
なにやらシュンとした表情で私のことを心配そうに見下ろしている桜小路さんの瞳とかち合ってしまい、たちまち心臓がどくんと大きく跳ね上がった。
そしてここぞというタイミングで、桜小路さんから今度は強い意志のこもったようなしっかりとした声音が放たれて。
「でも、これだけは信じて欲しい。昨夜も言ったが、好きになれそうにない女を傍に置いたり、キスをしたりするのには抵抗があるし、他の女が泣いてもなんともなんとも思わないが。お前のことは泣かしたくないと思うし、泣かれたらなんとかして泣き止ませたいとも思う。勿論、機嫌を直してもらいたいとも思ってる。どうしたら機嫌を直してくれる?」
「……どう……したらって」
畳み掛けるようにして、これまた意外なモノが次々に飛び出してきた。
立て続けにお見舞いされた私は、無意識に声を漏らすも、頭が混乱している上に騒がしい鼓動が思考の邪魔をして、喉がつっかえたように二の句が継げないでいる。
そこへ、なにやら閃いたというような表情を湛えた桜小路さんから、
「そういえばさっき、『キスくらい、好きな人としたかったのにッ!』って言ってたよな?」
唐突に、念を押すように問い返されてしまい。
「……へ?」
意表を突かれてしまった私は妙な返しをしてしまうのだった。
そんな私に向けて、今度は昨夜見せたような黒い笑みを湛えた、そのやけに妖艶な色香を纏った桜小路さんの表情に不覚にも見蕩れてしまっている私に対して。
「てことは、お前は好きな男になら何をされても許せると言うことだよなぁ?」
桜小路さんは、相変わらず黒い微笑を湛えて尚も意味ありげに訪ねてくる。
なにやら嫌な予感がして、けれど桜小路さんの圧倒的色香とその気迫に圧されてしまっている私は、何もできないままただただ見つめ返すことしかできないでいた。
「ならお前には、俺のことを好きにさせてやる。そうしたら文句はないだろう?」
そんな私に向けて、やけに自信たっぷりな口ぶりでそんなことを言ってくるなり、桜小路さんはドヤ顔を浮かべている。
そんなドヤ顔で言われても、絶対そんなこというようなあなたのことなんて好きになりませんから。
ーーいやいや、絶対に好きになるはずがない!
「そんなの横暴です。あなたのことなんか絶対に好きになんかなりませんッ!」
「言ったな? 自慢じゃないが、これまで俺のことを好きにならなかった女なんて誰ひとりとして存在しない。絶対に好きになるに決まっている。賭けてもいいぞ?」
内心では威勢のいいことを散々喚いてはいるが、桜小路さんの圧倒的な色香と気迫の前では、為す術なく睨み返すことしかできないのだけれど。
それでもこればっかりは譲れない。
おそらくこれが桜小路さんに対抗できる最後のチャンスなのだからーー。
「望むところです。その勝負受けて立ちますッ!」
私は声高らかにそう言い放った。
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