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#22 涙味のブランマンジェ ⑴

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 キッチンからだだっ広いリビングダイニングへと戻ってきた私の眼前には、ガラス張りのローテーブルの上に置かれたブランマンジェと桜小路さんが対峙している光景が映し出されている。

 初日の緊張感はかなりのものだったけれど、今日は、専属パティシエールとして認めてもらえるかもしれない、という期待感半分、緊張感半分といったところだろうか。

 桜小路さんがおもむろに、純白の陶器の淵に赤や淡いピンクや黄色の花弁があしらわれた綺麗なお皿とスプーンを手に取り、色鮮やかなイチゴのソースの中に浮かび上がるように盛り付けた真っ白なブランマンジェを上品な所作ですくい取って口元へと運んで、じっくり味わっている。

 いつもは無愛想極まりないイケメンフェイスに、なんとも言えない、蕩けてしまいそうなほど幸せそうな表情を湛えて、味を噛みしめるようにして、瞼を閉ざしてしまっている。

 見ているこっちがうっとり見惚れてしまうほどだ。

 それ以上に、こんなにも美味しそうに食べてもらえるなんて、パティシエール冥利に尽きる――。

 この様子だと、専属パティシエールとして認められるのは確実だろう、と確かな手応えが感じて、心の中でガッツポーズを決めていた私の元に、満足げな表情をした桜小路さんから予想通りの言葉が舞い込んできた。

「以前、『帝都ホテル』で食べたことがあるが。その時と同じで、口当たりはまろやかだし、かといって甘すぎず、さっぱりとした後味で、申し分ないな。なんといっても、このソースが良いアクセントになってる」

 まともに話したのだって、さっきが初めてじゃないのかってくらい、いつも関心のないことに対しては、素知らぬ素振り。

 口を開いても、感じの悪い言葉や、『あー』とか、『いや』とか、必要最低限の言葉しか返ってこないのに、さっきはやけに饒舌だったことにも驚きだったけれど。

 それは桜小路さんがそれほどスイーツが好きだということなんだろう。

 そしてなにより、二七歳というその若さで桜小路グループの専務を務めているだけあって、口ぶりはやっぱり上に立つ立場だからか、常に上からではあるものの、『申し分ないな』という言葉に、私の喜びはピークに達していた。

 これが俗に言うツンデレというものだろうか。

 いつも素っ気ない無愛想な人に褒められるということがこんなに嬉しいものだとは思わなかった。

 単純な私はあまりの嬉しさにじーんとしてしまい、目にはうっすらと涙まで滲ませている始末。

 そこへ、サイドテーブル上のすっかり存在を忘れてしまってた愛梨さんからもお声がかかり。

【まぁ、良かったわねぇ】
「は……はいッ! ありがとうございます!」
「それだけのことで泣くとは、大げさなヤツだなぁ」

 愛梨さんのお陰で、ハッと我に返った私は目一杯元気な声で答えていた。

 それを菱沼さんに失笑混じりの呆れた声で吐き捨てられてしまったけれど、そんなものなど霞んでしまっていた。

 そこに桜小路さんから待ちに待った言葉が舞い込んでくるのだった。

「約束通り、この前の言葉は撤回してやる。よって、お前は今から俺の専属パティシエールとして本採用にしてやる」
「ほっ……本当ですかっ!?」
「あぁ」
「ありがとうございますッ!」

 一週間だったはずの試用期間が、なんと二日目にして本採用になるという快挙を成し遂げたことに、これ以上にない喜びを噛み締めて涙ぐむ私に向けて、桜小路さんはキッパリと言い切った。

「いや、実力に見合った扱いをしているだけだ。礼を言われるような謂れはない」

 さすがは桜小路グループの御曹司、なんとも潔い物言いだった。

 なによりもパティシエールとしての実力を重視して本採用にしてくれたということらしい。

 そんな風に言ってもらえると思わなくて、もう感激しきりで、胸がいっぱいだ。

 とうとう目尻から涙の雫がポロリと零れはじめた。

 それを手の甲でそっと拭おうとしている私の耳に、あたかも菱沼さんと明日のスケジュールの確認でもしているかのような口ぶりの桜小路さんから、信じられない言葉が飛び込んでくるのだった。

「それからお前には、これから、俺の結婚相手として相応しい振る舞いをしてもらわないといけない。色々大変だろうがよろしく頼む」

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