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#18 事実は小説より奇であるらしい ⑵
しおりを挟む【ほら、よくいうでしょ? 九死に一生を得た人が、死んだ人の魂と話ができるようになったとか、その姿が視えるようになったとか】
確かに、そういう話を耳にしたことはあるけど。
――今確か、事故で死ぬのを助けたって言ったよね?
でも菱沼さんの話だと、カメ吉を助けたのは私のはずなんだけど……。
――どういうこと?
お母様の言葉には吃驚させられたけど、どうにも合点がいかなくて、そこんところをはっきりさせておこうと声を放ったものの、見かけはカメ吉なだけに、『お母様』と呼んでいいものか躊躇いがちに伺ってみる。
「あのう、お母様……とお呼びすればいいんですかね?」
【あら、いけない。そういえば自己紹介がまだだったわね。私は、桜小路愛梨……と言いたいところだけど、もうこの世には存在しないから、ただの愛梨って呼んでくださって結構よ】
当のお母様は、特に気にすることもなく、ごくごく普通に当たり前のように、自己紹介をしてくださった。
若干ズレてた気もするけど、カメ吉に転生したお母様と話してることに比べたら、大したことじゃない。
その間も、水槽の池の中の立派な青石の上で、ミドリガメのカメ吉として甲羅干中なのだけれど。
なんとも不思議な心持ちでカメ吉を眺めつつ、お母様改め愛梨さんに向けて、私は今度こそ核心に迫ることにした。
「あのう、愛梨さん? 菱沼さんの話によると、私がカメ吉というか、愛梨さんのことを助けたって聞いたんですが」
【そりゃそうよ、亀が人間なんて助けられっこないもの】
「――え!? でもさっき、私のこと助けたって」
【ええ、いったわ。いったけど正確には神様ね】
愛梨さんとコントのようなやりとりを経て、得た情報によると、愛梨さんが亡くなったとき、お迎えにきていた死神らしき若い男に、幼い桜小路さんを残して成仏できないと泣きついたところ。
困った死神が神様に事情を伝え、愛梨さんはすぐに人間に生まれ変わる権利を持っているから、それを放棄すればその願いが叶えられるということで、愛梨さんは二つ返事で放棄することにしたらしい。
そうして、言葉を話せないカメ吉なら問題がないということで、前世の記憶を残したまま転生することが決まり、カメ吉が愛梨さんの代わりに人間に転生したのだという。
その際、人間に生まれ変わる権利を持っていた愛梨さんには、権利を放棄した代わりとして、一つだけ願いが叶えられるという特典をもらっていたらしい。
その特典とやらは、カメ吉の天寿をまっとうしてこの世を去るときに、桜小路さんと話をしようと思って大事にとっておいたらしいが、私が事故に遭ったあの場所に居合わせた愛梨さんが、私を助けるために、突発的に特典を使ってしまったんだそうだ。
愛梨さんから聞かされた話は、やっぱりにわかに信じがたい話ではあったけれど……。
おぼろげではあるものの、確かに事故の時に儚げな女性の姿を見た記憶もある。
とはいえ、あまりに現実離れしていて、正直なところよく理解はできないけど、そういうことなんだろう。
死後の世界というものが実際に存在してるんだなぁ、と感心しつつ、命の恩人だったらしい愛梨さんに感謝しきりの私だった。
「そうだったんですか。それはありがとうございました」
【いいのよ。カメ吉の姿になっちゃったけど、創の傍に居られるんだし。こんな可愛らしいパティシエールさんのお役に立てて光栄だわ】
「愛梨さん」
優しい愛梨さんの言葉に感動して思わず涙ぐむ。するとそこへ。
【それに、これからは私と話ができる菜々子ちゃんがついててくれるんですもの。こんなに心強いことはないわぁ。これからは持ちつ持たれつ、色々と助け合っていきましょうね? 菜々子ちゃん】
相変わらず優しいものではあるけれど、悪戯っ子のような口調で、恩にでも着せるようような、そんなニュアンスのある愛梨さんのやけに弾んだ嬉しそうな声がすーっと割り込んできた。
「……そ、そうですね。あはは」
そこで、愛梨さんがあの桜小路さんのお母様だということを思い出した私は、なにやら嫌な予感がして、それが当たらないことを心底願っていたのだった。
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