上 下
7 / 111

#6 王子様のお出迎え!?

しおりを挟む

 まだ肌寒い時もあるが、陽射しも風もすっかり春めいて、ずいぶん暖かくなってきた四月の第一日曜日。

 事故で負った怪我もすっかり癒えて、本日、無事に退院することができた。

 伯母の話によれば、私の意識がなかった間、菱沼さんから連絡を受け、仕事の合間を縫って毎日のようにお見舞いに来てくれていたらしい伯母夫婦。

 そのため病室で何度か菱沼さんと桜小路さんとも顔を合わせていたらしい。勿論カメ吉とも。

 驚くことにその時点で、既に私のことを『専属のパティシエールとして雇いたい』という話までしていたのだという。

 その流れで、色んな話をしたらしいので、ネットで検索でもして店の経営状態を探ったのかもしれない。

 先々代の、伯母や母の祖父が創業した『パティスリー藤倉』は、浅草の浅草寺の近くという恵まれた立地から、新型ウイルスが流行する以前は、小さいながらも人気店だった。

 それが緊急事態宣言が発令されてからは、自粛続きでぱったりと客足は途絶えてしまっていたようだ。

 伯母夫婦は私に心配かけまいとしてか、詳しくは教えてくれなかったが、ネットやメディアで連日のように取り上げられていたのだ。

 私がそうしたように、ググれば数秒で知り得たはずだ。

 現在は、二月に承認されたワクチンのお陰で客足も少しずつ戻ってきているらしいし、ネットでの販売も軌道に乗り上場のようだ。

 しかしそれに付随する新しい設備投資のために組んだローンの返済が痛手となっているようだった。

……が、意外にも、桜小路さんの口利きにより、桜小路グループの傘下であるローン会社に借り換えをすることで返済額が抑えられ、随分楽になったというから驚きだ。

 そのため、病室に訪れるたびに、伯母夫婦というか、特にイケメン好きな伯母が、『桜小路さん様様よね』と言うので、洗脳でもされている心地だった。

 別にだからってわけじゃないが、ミドリガメが大事なペットだったり、やり方が少々強引だったり、口や感じが悪かったりもしたけど、悪い人ではないのかもしれない。

 最初は、純粋に亀を救ってもらったお礼のつもりだったのが、身勝手に退職したパティシエールにたまたま行き当たって、経営者側の立場から、黙っていられなかったのかもしれない。

 それでこういう結果になってしまった、ということだったのだろう。

 お陰で、『帝都ホテル』を先月退社したことも、転職のことでも、伯母夫婦に心配をかけることも、隠すこともなく、伝えることができたし。

 なにより、伯母夫婦も助かったのだから、結果オーライ。感謝しないとなーー。

 そんなわけで、上機嫌で退院の手続きを終えた私は、伯母夫婦と一緒に病院のロビーからエントランスへと向かっていた。

 実は、昨日菱沼さんから連絡があって、今日はエントランスまで車で迎えに来てくれる手筈になっているからだ。

 そしてそのまま、私の新しい職場となる桜小路さんの住む邸宅?(詳しくは聞いていないが、おそらく大きなお屋敷だろう)にて、本日より業務にあたることとなっている。

 天下の桜小路グループの御曹司が住んでいるのだから、当然、馬鹿でかいお屋敷を想像するのが普通だと思う。

 それなのに、私の抱いていたモノはことごとく覆されることになった。

 否、今思えば……

 病院のエントランスに、約束の時間きかっかりに現れた黒塗りの見るからに高級そうな車(車好きの伯父によると、数年前に天皇陛下がパレードの時に乗っていた公用車と同じメーカーの車で五千万はくだらないらしい)が横付けされ。

 後部座席から颯爽と現れた、愛想の悪いはずの桜小路さんが、伯母夫婦の元にすっと歩み寄ってきて、伯母の手を両手でそうっと自身の手に包み込むと、ニッコリと微笑みながらに、

「これはこれは、藤倉恭一きょういち様に佐和子さわこ様、この度は菜々子様のご退院おめでとうございます」

こんなに優しい声が出せるんだ、と感心してしまうくらいの優しい声音が桜小路さんからかけられた。

 ただでさえイケメン好きの伯母は、間近でイケメンフェイスに微笑まれているせいで、心ここにあらず、ぽーっとしてしまっている。

 桜小路さんは、今日もこれまた上質そうな爽やかなネイビーのスリーピーススーツに身を包んでいて、春のあたたかな陽射しを纏っている様は、あたかもキラキラエフェクトを纏ったどこかの国の王子様のよう。

……初見とは一八〇度違っていた桜小路さんの態度に呆気にとられてしまっていたあの時、何か妙だなぁ、とは思ったんだ。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~

菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。 だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。 車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。 あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。

【完結】maybe 恋の予感~イジワル上司の甘いご褒美~

蓮美ちま
恋愛
会社のなんでも屋さん。それが私の仕事。 なのに突然、企画部エースの補佐につくことになって……?! アイドル顔負けのルックス 庶務課 蜂谷あすか(24) × 社内人気NO.1のイケメンエリート 企画部エース 天野翔(31) 「会社のなんでも屋さんから、天野さん専属のなんでも屋さんってこと…?」 女子社員から妬まれるのは面倒。 イケメンには関わりたくないのに。 「お前は俺専属のなんでも屋だろ?」 イジワルで横柄な天野さんだけど、仕事は抜群に出来て人望もあって 人を思いやれる優しい人。 そんな彼に認められたいと思う反面、なかなか素直になれなくて…。 「私、…役に立ちました?」 それなら…もっと……。 「褒めて下さい」 もっともっと、彼に認められたい。 「もっと、褒めて下さ…っん!」 首の後ろを掬いあげられるように掴まれて 重ねた唇は煙草の匂いがした。 「なぁ。褒めて欲しい?」 それは甘いキスの誘惑…。

スパダリ外交官からの攫われ婚

花室 芽苳
恋愛
「お前は俺が攫って行く――」  気の乗らない見合いを薦められ、一人で旅館の庭に佇む琴。  そんな彼女に声をかけたのは、空港で会った嫌味な男の加瀬 志翔。  継母に決められた将来に意見をする事も出来ず、このままでは望まぬ結婚をする事になる。そう呟いた琴に、志翔は彼女の身体を引き寄せて ―――― 「私、そんな所についてはいけません!」 「諦めろ、向こうではもう俺たちの結婚式の準備が始められている」  そんな事あるわけない! 琴は志翔の言葉を信じられず疑ったままだったが、ついたパリの街で彼女はあっという間に美しい花嫁にされてしまう。  嫌味なだけの男だと思っていた志翔に気付けば溺愛され、逃げる事も出来なくなっていく。  強引に引き寄せられ、志翔の甘い駆け引きに琴は翻弄されていく。スパダリな外交官と純真無垢な仲居のロマンティック・ラブ! 表紙イラスト おこめ様 Twitter @hakumainter773

【本編完結】ワケあり事務官?は、堅物騎士団長に徹底的に溺愛されている

卯崎瑛珠
恋愛
頑張る女の子の、シンデレラストーリー。ハッピーエンドです! 私は、メレランド王国の小さな港町リマニで暮らす18歳のキーラ。実は記憶喪失で、10歳ぐらいの時に漁師の老夫婦に拾われ、育てられた。夫婦が亡くなってからは、食堂の住み込みで頑張っていたのに、お金を盗んだ罪を着せられた挙句、警備隊に引き渡されてしまった!しかも「私は無実よ!」と主張したのに、結局牢屋入りに…… 途方に暮れていたら、王国騎士団の副団長を名乗る男が「ある条件と引き換えに牢から出してやる」と取引を持ちかけてきた。その条件とは、堅物騎士団長の、専属事務官で…… あれ?「堅物で無口な騎士団長」って脅されてたのに、めちゃくちゃ良い人なんだけど!しかも毎日のように「頑張ってるな」「助かる」「ありがとう」とか言ってくれる。挙句の果てに、「キーラ、可愛い」いえいえ、可愛いのは、貴方です!ちゃんと事務官、勤めたいの。溺愛は、どうか仕事の後にお願いします! ----------------------------- 小説家になろうとカクヨムにも掲載しています。

副社長氏の一途な恋~執心が結んだ授かり婚~

真木
恋愛
相原麻衣子は、冷たく見えて情に厚い。彼女がいつも衝突ばかりしている、同期の「副社長氏」反田晃を想っているのは秘密だ。麻衣子はある日、晃と一夜を過ごした後、姿をくらます。数年後、晃はミス・アイハラという女性が小さな男の子の手を引いて暮らしているのを知って……。

結婚なんてお断りです! ─強引御曹司のとろあま溺愛包囲網─

立花 吉野
恋愛
25歳の瀬村花純(せむら かすみ)は、ある日、母に強引にお見合いに連れて行かれてしまう。数時間後に大切な約束のある花純は「行かない!」と断るが、母に頼まれてしぶしぶ顔だけ出すことに。  お見合い相手は、有名企業の次男坊、舘入利一。イケメンだけど彼の性格は最悪! 遅刻したうえに人の話を聞かない利一に、花純はきつく言い返してお見合いを切り上げ、大切な『彼』との待ち合わせに向かった。 『彼』は、SNSで知り合った『reach731』。映画鑑賞が趣味の花純は、『jimiko』というハンドルネームでSNSに映画の感想をアップしていて、共通の趣味を持つ『reach731』と親しくなった。大人な印象のreach731と会えるのを楽しみにしていた花純だったが、約束の時間、なぜかやって来たのはさっきの御曹司、舘入利一で──? 出逢った翌日には同棲開始! 強引で人の話を聞かない御曹司から、甘く愛される毎日がはじまって──……

鬼上司は間抜けな私がお好きです

碧井夢夏
恋愛
れいわ紡績に就職した新入社員、花森沙穂(はなもりさほ)は社内でも評判の鬼上司、東御八雲(とうみやくも)のサポートに配属させられる。 ドジな花森は何度も東御の前で失敗ばかり。ところが、人造人間と噂されていた東御が初めて楽しそうにしたのは花森がやらかした時で・・。 孤高の人、東御八雲はなんと間抜けフェチだった?! その上、育ちが特殊らしい雰囲気で・・。 ハイスペック超人と口だけの間抜け女子による上司と部下のラブコメ。 久しぶりにコメディ×溺愛を書きたくなりましたので、ゆるーく連載します。 会話劇ベースに、コミカル、ときどき、たっぷりと甘く深い愛のお話。 「めちゃコミック恋愛漫画原作賞」優秀作品に選んでいただきました。 ※大人ラブです。R15相当。 表紙画像はMidjourneyで生成しました。

【R18】豹変年下オオカミ君の恋愛包囲網〜策士な後輩から逃げられません!〜

湊未来
恋愛
「ねぇ、本当に陰キャの童貞だって信じてたの?経験豊富なお姉さん………」 30歳の誕生日当日、彼氏に呼び出された先は高級ホテルのレストラン。胸を高鳴らせ向かった先で見たものは、可愛らしいワンピースを着た女と腕を組み、こちらを見据える彼の姿だった。 一方的に別れを告げられ、ヤケ酒目的で向かったBAR。 「ねぇ。酔っちゃったの……… ………ふふふ…貴方に酔っちゃったみたい」 一夜のアバンチュールの筈だった。 運命とは時に残酷で甘い……… 羊の皮を被った年下オオカミ君×三十路崖っぷち女の恋愛攻防戦。 覗いて行きませんか? ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※ ・R18の話には※をつけます。 ・女性が男性を襲うシーンが初回にあります。苦手な方はご注意を。 ・裏テーマは『クズ男愛に目覚める』です。年上の女性に振り回されながら、愛を自覚し、更生するクズ男をゆるっく書けたらいいなぁ〜と。

処理中です...