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#7 寝ても醒めても
#6
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午後になり昼食も済ませて、そろそろ向かおうかと、羽田と一緒に病院の裏手にある職員専用の駐車スペースに辿り着いたところで、なんとなく感じていた嫌な予感が的中することとなった。
どういうことかというと、羽田が他の研修医も一緒だからということで致し方なく了承したにもかかわらず。
自分の車の前で立ち止まった羽田が神妙な面持ちを携えて、唐突に、他の研修医が来られなくなったと言い出したのだ。
「すみません。実はさっき、他の研修医から連絡があって。急な用事ができて行けなくなったみたいなんですよ。でも、今からだと時間的にも余裕がないし、一緒に行きましょうよ。ね? 鈴先生」
表情こそ申し訳なさそうにしているけど、目が喜んでいるようにしか見えないんですけど。
おそらく、いいや、絶対に。最初からそのつもりだったに違いない。
けれども、確かに、羽田が言うように、時間的にもう余裕はなさそうだ。
けどいくら表向きだとは言え、窪塚とはカレカノなんだし、窪塚以外の男の車なんかに、ふたりっきりで乗っちゃまずいんじゃないだろうか。
ーー否、彼氏以外の男の車にひとりで乗り込むなんて絶対にまずいでしょッ!
私だって、窪塚が私以外の女の子を車に乗せるなんて絶対嫌だし。想像もしたくないーー。
いくらこういう経験が乏しいといっても、それくらいの常識くらいは持ち合わせている。
窪塚と付き合うようになってからは、不思議とビッチなんて呼ばれることもなくなったけれど、またあることないこと言われたりするかもしれないし。
あの頃とは違って、彼氏ということになっている窪塚にだって、迷惑がかかってしまうかもしれない。
そんなことになったら、煩わしいって思われるんじゃないのかな。
そうなれば、セフレだって解消されちゃうかもしれない。
それに、セミナーに出席することになってはいるけど、当日になって急遽欠席する分には、特に問題はないはずだ。
逆だと席に余裕がない場合もあるだろうけれど、今回の場合はそういう心配もないだろう。
ただ、そうなると、窪塚に逢える可能性が皆無になってしまう。
そのことが残念でならない。
折角、おしゃれもメイクも頑張ったっていうのに。そのなにもかもが全部無駄になってしまう。
そんなことよりなにより、一目でいいから窪塚に逢いたい。ただそれだけだったのに。
そうやって羽田の車の前で、色々考えあぐねていた私に、羽田が耳を疑うようなことを言ってのけた。
「実は僕、鈴先生のことが好きなんです。でも、鈴先生には窪塚先生っていう彼氏がいて、諦めなきゃって思ってたんですけど、どうしても無理で。だからお願いします。一度でいいんで、セミナーが終わったら僕とデートしてくれませんか? それでキッパリと諦めますから。お願いしますッ!」
「え、ちょっと、何やってんのよ。いくら頭下げられてもそんなの聞けないし。こんな時にそんなこと言われても……」
「お願いしますッ!」
嫌な予感が的中したことにも驚いたが、こんな時にそんなことを言ってしまえる羽田の神経は一体どうなっているのだろうか。
こんな時に告白なんかされてもちっとも嬉しくないどころか、不愉快極まりない。
困惑状態ながらも放った私の声など聞こえていないとでも言うように、羽田は頑なに頭を下げ続けている。
おそらく、私が了承するまでテコでも動かないつもりなのだろう。
ーーもう、ちょっと勘弁してよ。
一向に動こうとしない羽田を前に呆れ果てて、もう怒る気も起こらない私が途方に暮れてかけていると、不意に窪塚の姿が脳裏に浮かんでくる。
ーーよし、ここは毅然とした態度でスパンと一刀両断。
脳裏に浮かんだ窪塚のお陰でいつもの調子を取り戻し、羽田に向き直った私の耳には、いつぞやのように、こちらに足早に向かってずかずかと歩みを進めてくる誰かの靴音が届くのだった。
どういうことかというと、羽田が他の研修医も一緒だからということで致し方なく了承したにもかかわらず。
自分の車の前で立ち止まった羽田が神妙な面持ちを携えて、唐突に、他の研修医が来られなくなったと言い出したのだ。
「すみません。実はさっき、他の研修医から連絡があって。急な用事ができて行けなくなったみたいなんですよ。でも、今からだと時間的にも余裕がないし、一緒に行きましょうよ。ね? 鈴先生」
表情こそ申し訳なさそうにしているけど、目が喜んでいるようにしか見えないんですけど。
おそらく、いいや、絶対に。最初からそのつもりだったに違いない。
けれども、確かに、羽田が言うように、時間的にもう余裕はなさそうだ。
けどいくら表向きだとは言え、窪塚とはカレカノなんだし、窪塚以外の男の車なんかに、ふたりっきりで乗っちゃまずいんじゃないだろうか。
ーー否、彼氏以外の男の車にひとりで乗り込むなんて絶対にまずいでしょッ!
私だって、窪塚が私以外の女の子を車に乗せるなんて絶対嫌だし。想像もしたくないーー。
いくらこういう経験が乏しいといっても、それくらいの常識くらいは持ち合わせている。
窪塚と付き合うようになってからは、不思議とビッチなんて呼ばれることもなくなったけれど、またあることないこと言われたりするかもしれないし。
あの頃とは違って、彼氏ということになっている窪塚にだって、迷惑がかかってしまうかもしれない。
そんなことになったら、煩わしいって思われるんじゃないのかな。
そうなれば、セフレだって解消されちゃうかもしれない。
それに、セミナーに出席することになってはいるけど、当日になって急遽欠席する分には、特に問題はないはずだ。
逆だと席に余裕がない場合もあるだろうけれど、今回の場合はそういう心配もないだろう。
ただ、そうなると、窪塚に逢える可能性が皆無になってしまう。
そのことが残念でならない。
折角、おしゃれもメイクも頑張ったっていうのに。そのなにもかもが全部無駄になってしまう。
そんなことよりなにより、一目でいいから窪塚に逢いたい。ただそれだけだったのに。
そうやって羽田の車の前で、色々考えあぐねていた私に、羽田が耳を疑うようなことを言ってのけた。
「実は僕、鈴先生のことが好きなんです。でも、鈴先生には窪塚先生っていう彼氏がいて、諦めなきゃって思ってたんですけど、どうしても無理で。だからお願いします。一度でいいんで、セミナーが終わったら僕とデートしてくれませんか? それでキッパリと諦めますから。お願いしますッ!」
「え、ちょっと、何やってんのよ。いくら頭下げられてもそんなの聞けないし。こんな時にそんなこと言われても……」
「お願いしますッ!」
嫌な予感が的中したことにも驚いたが、こんな時にそんなことを言ってしまえる羽田の神経は一体どうなっているのだろうか。
こんな時に告白なんかされてもちっとも嬉しくないどころか、不愉快極まりない。
困惑状態ながらも放った私の声など聞こえていないとでも言うように、羽田は頑なに頭を下げ続けている。
おそらく、私が了承するまでテコでも動かないつもりなのだろう。
ーーもう、ちょっと勘弁してよ。
一向に動こうとしない羽田を前に呆れ果てて、もう怒る気も起こらない私が途方に暮れてかけていると、不意に窪塚の姿が脳裏に浮かんでくる。
ーーよし、ここは毅然とした態度でスパンと一刀両断。
脳裏に浮かんだ窪塚のお陰でいつもの調子を取り戻し、羽田に向き直った私の耳には、いつぞやのように、こちらに足早に向かってずかずかと歩みを進めてくる誰かの靴音が届くのだった。
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