上 下
47 / 109
#6 不埒な純愛 

#2

しおりを挟む
 驚いた私が起き上がろうとすると、その振動でも伝わってしまったのだろうか。

 窪塚が「んんっ」と普段よりあどけなく見える寝顔を僅かに歪ませ身動ぎしたので、じっと息を潜めて窺うも、しばらく経っても、起きる気配は見受けられない。

 偽装工作である初デート中には、疲れた顔なんて露も見せなかったけれど、タフな窪塚もやっぱり日頃の忙しさのせいでずいぶんと疲れていたのだろう。

 起こさずに済んだことにホッとしつつも、初めて目にする窪塚の寝顔が思いの外可愛く見えてしまったものだから、私の目は釘付けになってしまっている。

 ーーか、可愛い。いくらでも眺めていられそうだ。

 意識を手放す寸前、窪塚への本当の気持ちを自覚した途端に、こんなことでイチイチ恋する乙女みたいな思考になってて、私、大丈夫なんだろうか……。

 いくら自分の気持ちに気づいたところで、窪塚にとって私は画像で脅してセフレにされちゃうくらいの存在でしかないのに。

 それに、『恋愛なんて仕事の邪魔になるだけだろ』とも言っていたし。

 もしもこの想いに勘づかれちゃったら、そこで終わりなんじゃないのかな。

 なんじゃないのかな……じゃなくて、終わりに違いない。

 ーーだとしたら、この気持ちは胸の奥深くに封印して、気づかれないようにしないと。

 でも、まだ窪塚は起きないようだし、寝ている間くらいいいよね。

 失神する前には、あんなに恐怖で打ち震えてたクセに、窪塚のお陰で事故のことなど頭から抜け落ちている。

 すっかり覚醒した頭の中であれこれ勘案した結果、結論を導き出した私は、初めて目にした窪塚の無防備な寝顔をじっくりと堪能していたのだった。

 その間にも、周囲の確認もちゃっかりしたりなんかして。

 どうやらここが、以前同期の飲み会などで話していた、都内のマンションに一人暮らししているという、窪塚の自宅の寝室であるらしいことが窺える。

 暖色系のダウンライトの仄かな明かりが灯るシーンと静まりかえった、一人暮らしにしてはやけに広い部屋の中を逡巡してみると。

 現在横になっているキングサイズと思しきベッドの周辺には、シックなモノトーンで統一された必要最低限の家具が設えられているだけで、生活感があまり感じられない。

 おそらく、常々多忙な仕事と勉強とに忙殺されている私と同じで、部屋には寝に帰るだけの生活を送っているからだろう。

 それに、内科医である私とは違って、外科医の中でも、特に高度な技術が求められる脳外科医としてのオペの技術を磨くために、人工血管や縫合糸を使っての練習は勿論、オペに欠かせない様々な練習をしているに違いない。

 そのことを裏付けるように、ベッドのヘッドボードには、脳外でとりあつかう様々な症例やオペに関するものは当然のことながら、脳外科医には欠かせないカテーテル治療やダヴィンチ(鏡視下手術支援ロボット)手術に関する冊子までがズラリと並んでいる。

 いつだったか同期の集まりで、休日になると、ダヴィンチの技術を修得するため、ダヴィンチを導入している施設やジムに行くぐらいで後は寝てる。とも話していたし。

 きっと、同じ脳外科医である父親が経営する病院で、ダヴィンチ手術に必要な技術を学んででもいるのだろう。

 今まではニ年前のこともあり、窪塚に関することを頭から排除してきたけど、かずさんが言ってたように、窪塚は派手に遊んでなどいなかったようだ。

 セフレとかなら外で逢っていたのかも。

 といってもプライベートの窪塚のことなんて知らないから、なんともいえないけれど。

 少なくとも、寝室を見ている限りでは、女の子を連れ込んでいるような気配は微塵も感じられない。

 部屋からもう一度窪塚に視線を戻すと、気絶した私のことを心配して様子を見ていてくれたのだろうか。

 窪塚はベッドには横にならずに、ベッドで横になっている私に寄り添うようにして突っ伏し、床に座したままベッドの縁に身体をもたげて眠りこけている。

 その様子からも、今まで勝手に抱いていた偏見がものの見事に覆されたせいか、窪塚の寝顔を見ているだけで、なんだか堪らなく愛おしく想えてくる。

 それと同じくらい、画像で脅してセフレにするくらいの存在でしかない私に対しても、こんなに優しくするなんて、罪作りなヤツだなとも思う。

 もっともっと、ぞんざいな扱いをしてくれていたなら、好きになることもなかっただろうし、この想いにも気づかずに済んだのにとも。

 けれど、窪塚が女の子にモテるのも事実だし、女の子の扱いに慣れているせいで、私がそう感じてしまうだけなのかもしれない。

 そうでなきゃ、いくら付き合いが長い同期だからって、ニ年前にあんなひどい仕打ちをした私に対してこんなに優しくはしないだろう。

 だからこそ、勝手な偏見を抱いて、これまでずっと窪塚への想いに気づかなかっただけで、知らぬ間に惹かれていて、その想いがずいぶんと募ってしまっていたに違いない。

 そのせいか、ただこうして見つめているだけで満足だったはずが、無意識に窪塚の無防備な寝顔に手を伸ばしてしまっていたのだから自分でも吃驚だ。

 どうやら、恋心を自覚してしまった人の欲望というのは、とどまることを知らないらしい。

 窪塚の寝顔に私が無意識に触れると同時に、ビクッと反応を示した窪塚がおもむろに瞼をあげてしまったことで。

 ――あーあ、起きちゃった。

 自分で起こしておいて、身勝手にも心底落胆してしまっている私に対し、ぼーっと覚束ない眠気眼を向けたまま不思議そうにパチパチと瞬いている窪塚のとろんとした表情がこれまた可愛いものだったために。

 私の胸はズッキューンとなんとも派手にときめいてしまうのだった。

 そこへ、追い打ちでもかけるように、寝ぼけてしまっているらしい不思議そうなキョトン顔の窪塚から、寝起き特有の微かに掠れた色っぽい声音で放たれた自分の名前が呼び捨てで飛び出してきたものだから。

「……り、ん?」

 もうキュン死してしまうんじゃなかろうかと案じてしまうほどに、胸をキュンキュンとときめかせてしまっていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結・BL】偽装カップルですが、カップルチャンネルやっています【幼馴染×幼馴染】

彩華
BL
水野圭、21歳。ごくごく普通の大学生活を送る一方で、俗にいう「配信者」としての肩書を持っていた。だがそれは、自分が望んだものでは無く。そもそも、配信者といっても、何を配信しているのか? 圭の投稿は、いわゆる「カップルチャンネル」と言われる恋人で運営しているもので。 「どう? 俺の自慢の彼氏なんだ♡」 なんてことを言っているのは、圭自身。勿論、圭自身も男性だ。それで彼氏がいて、圭は彼女側。だが、それも配信の時だけ。圭たちが配信する番組は、表だっての恋人同士に過ぎず。偽装結婚ならぬ、偽装恋人関係だった。 始まりはいつも突然。久しぶりに再会した幼馴染が、ふとした拍子に言ったのだ。 「なぁ、圭。俺とさ、ネットで番組配信しない?」 「は?」 「あ、ジャンルはカップルチャンネルね。俺と圭は、恋人同士って設定で宜しく」 「は??」 どういうことだ? と理解が追い付かないまま、圭は幼馴染と偽装恋人関係のカップルチャンネルを始めることになり────。 ********* お気軽にコメント頂けると嬉しいです

虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~

日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。 十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。 さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。 異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。

引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?

リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。 誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生! まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か! ──なんて思っていたのも今は昔。 40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。 このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。 その子が俺のことを「パパ」と呼んで!? ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。 頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな! これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。 その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか? そして本当に勇者の子供なのだろうか?

僕を拾ってくれたのはイケメン社長さんでした

なの
BL
社長になって1年、父の葬儀でその少年に出会った。 「あんたのせいよ。あんたさえいなかったら、あの人は死なずに済んだのに…」 高校にも通わせてもらえず、実母の恋人にいいように身体を弄ばれていたことを知った。 そんな理不尽なことがあっていいのか、人は誰でも幸せになる権利があるのに… その少年は昔、誰よりも可愛がってた犬に似ていた。 ついその犬を思い出してしまい、その少年を幸せにしたいと思うようになった。 かわいそうな人生を送ってきた少年とイケメン社長が出会い、恋に落ちるまで… ハッピーエンドです。 R18の場面には※をつけます。

「おまえを愛している」と言い続けていたはずの夫を略奪された途端、バツイチ子持ちの新国王から「とりあえず結婚しようか?」と結婚請求された件

ぽんた
恋愛
「わからないかしら? フィリップは、もうわたしのもの。わたしが彼の妻になるの。つまり、あなたから彼をいただいたわけ。だから、あなたはもう必要なくなったの。王子妃でなくなったということよ」  その日、「おまえを愛している」と言い続けていた夫を略奪した略奪レディからそう宣言された。  そして、わたしは負け犬となったはずだった。  しかし、「とりあえず、おれと結婚しないか?」とバツイチの新国王にプロポーズされてしまった。 夫を略奪され、負け犬認定されて王宮から追い出されたたった数日の後に。 ああ、浮気者のクズな夫からやっと解放され、自由気ままな生活を送るつもりだったのに……。 今度は王妃に?  有能な夫だけでなく、尊い息子までついてきた。 ※ハッピーエンド。微ざまぁあり。タイトルそのままです。ゆるゆる設定はご容赦願います。

【完結】2愛されない伯爵令嬢が、愛される公爵令嬢へ

華蓮
恋愛
ルーセント伯爵家のシャーロットは、幼い頃に母に先立たれ、すぐに再婚した義母に嫌われ、父にも冷たくされ、義妹に全てのものを奪われていく、、、 R18は、後半になります!! ☆私が初めて書いた作品です。

吸血鬼公爵に嫁いだ私は血を吸われることもなく、もふもふ堪能しながら溺愛されまくってます

リオール
恋愛
吸血鬼公爵に嫁ぐこととなったフィーリアラはとても嬉しかった。 金を食い潰すだけの両親に妹。売り飛ばすような形で自分を嫁に出そうとする家族にウンザリ! おまけに婚約者と妹の裏切りも発覚。こんな連中はこっちから捨ててやる!と家を出たのはいいけれど。 逃げるつもりが逃げれなくて恐る恐る吸血鬼の元へと嫁ぐのだった。 結果、血なんて吸われることもなく、吸血鬼公爵にひたすら愛されて愛されて溺愛されてイチャイチャしちゃって。 いつの間にか実家にざまぁしてました。 そんなイチャラブざまぁコメディ?なお話しです。R15は保険です。 ===== 2020/12月某日 第二部を執筆中でしたが、続きが書けそうにないので、一旦非公開にして第一部で完結と致しました。 楽しみにしていただいてた方、申し訳ありません。 また何かの形で公開出来たらいいのですが…完全に未定です。 お読みいただきありがとうございました。

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

処理中です...