38 / 109
#5 予期せぬ事態
#2
しおりを挟む
見慣れた職員専用の通用口を抜け、正面に病院の裏側に面した駐車場が現れたところで背後から声をかけられた。
「高梨ー!」
その声に振り返れば、軽く手を掲げてから、こちらへ駆け寄ってくる同期の加納の姿が見て取れる。
そんなに走らなくてもいいのに。
そう思いつつ立ち止まっている私のすぐ傍まで来ると、微かに息を弾ませた加納が私の顔を目にした途端、えらく驚いた様子で瞠目したまま、全ての動きを停止してしまっている。
おそらく、普段はノーメイク同然なので、彩仕様のバッチリメイク顔の私に違和感しかないのだろう。
加納の様子に、なんとも言えない気恥ずかしさと、居心地の悪さを覚えた。
今一度、彩仕様の自分の姿を思い返してみる。
彩の解説によると。
睫毛はクルンとカールにマスカラでボリュームを出し、アイラインを引いて、パッチリ黒目がちの印象的な目元に。
煌めくパールが効いたアイシャドウと、頬に丸くのせたほんのりピンクのチークで、キュートに。
唇には、艷やかなシャイニーローズのグロスで瑞々しく、思わずキスしたくなるように。
真っ黒なストレートの髪に至っては、女性らしく柔らかな雰囲気を演出するためにといって、ご丁寧にもヘアアイロンでゆるふわパーマ風のアレンジまでなされている。
彩には悪いけど、こんなことになるなら、メイクを落としてくれば良かった。
なんだかいたたまれなくなってきて、気まずい雰囲気をなんとか払拭しようと。
わざとおどけた声を出し、笑いで誤魔化して、それとなく話題を変えようと思っていたのだが。
「あっ、これね。彩がちょっとふざけただけなの。やっぱ、七五三にしか見えないよね? なんか、ごめんね。仕事で疲れたところに変なモノ見せちゃって」
「……あ、否、とっても似合ってるよ。見違えた」
「ハハッ、加納ってば、そんなに気遣うことないのに」
「いやいや、本当に。あんまり綺麗だったから、思わず見惚れて……。あっ、ごめん。今のセクハラだよね? ほんとごめん」
「……やだなぁ、セクハラだなんて。はははっ」
穏やかな性格でいつも落ち着いているはずの加納が見るからに、いつになくテンパっていて。
ひどく焦ったように、額にはタラタラと汗まで滲ませ、メガネを薄っすらと曇らせてしまっている。
いつもスッピンに近い私がバッチリメイクなんかしてたもんだから、驚いてマジマジと見てしまったために、なんとかフォローしようとしてくれているんだろう、ことは分かるんだけど……。
今の今まで、誰かに面と向かって『綺麗』だなんて言われた経験もなく。
ましてや、真面目な加納が相手なだけに、こういう時、どういう反応を示せば正解かがまったく分からない。
普段、仕事のことで話すことはあっても、加納とこんな話しなんてしたことがなかったから余計だ。
ーーさて、どうしたものか。
加納と向き合ったまま、互いに愛想笑いを浮かべつつ、頭の後ろを手で掻きながら次の一手を探っている時だった。
背後からつかつかと誰かが足早に歩み寄ってくる足音が耳に届いて、誰だろうと横目に確認しようと思った時には、背後から、グインッと強い力で肩を抱き寄せられてしまってて。
何がなにやら状況を把握できないでいる私の眼前の加納の表情から、どうしたことか、さっきまでの焦りの色が瞬く間に消え失せ、驚愕の表情へと変貌し、それがみるみる怯えたようなものになっていく。そこへ。
「珍しい組み合わせだな。で、ふたりで仲良く何を話してたんだ」
仕事あがりで疲れてでもいるのか、窪塚の途轍もなく不機嫌そうな低い声音が轟いた。
「高梨ー!」
その声に振り返れば、軽く手を掲げてから、こちらへ駆け寄ってくる同期の加納の姿が見て取れる。
そんなに走らなくてもいいのに。
そう思いつつ立ち止まっている私のすぐ傍まで来ると、微かに息を弾ませた加納が私の顔を目にした途端、えらく驚いた様子で瞠目したまま、全ての動きを停止してしまっている。
おそらく、普段はノーメイク同然なので、彩仕様のバッチリメイク顔の私に違和感しかないのだろう。
加納の様子に、なんとも言えない気恥ずかしさと、居心地の悪さを覚えた。
今一度、彩仕様の自分の姿を思い返してみる。
彩の解説によると。
睫毛はクルンとカールにマスカラでボリュームを出し、アイラインを引いて、パッチリ黒目がちの印象的な目元に。
煌めくパールが効いたアイシャドウと、頬に丸くのせたほんのりピンクのチークで、キュートに。
唇には、艷やかなシャイニーローズのグロスで瑞々しく、思わずキスしたくなるように。
真っ黒なストレートの髪に至っては、女性らしく柔らかな雰囲気を演出するためにといって、ご丁寧にもヘアアイロンでゆるふわパーマ風のアレンジまでなされている。
彩には悪いけど、こんなことになるなら、メイクを落としてくれば良かった。
なんだかいたたまれなくなってきて、気まずい雰囲気をなんとか払拭しようと。
わざとおどけた声を出し、笑いで誤魔化して、それとなく話題を変えようと思っていたのだが。
「あっ、これね。彩がちょっとふざけただけなの。やっぱ、七五三にしか見えないよね? なんか、ごめんね。仕事で疲れたところに変なモノ見せちゃって」
「……あ、否、とっても似合ってるよ。見違えた」
「ハハッ、加納ってば、そんなに気遣うことないのに」
「いやいや、本当に。あんまり綺麗だったから、思わず見惚れて……。あっ、ごめん。今のセクハラだよね? ほんとごめん」
「……やだなぁ、セクハラだなんて。はははっ」
穏やかな性格でいつも落ち着いているはずの加納が見るからに、いつになくテンパっていて。
ひどく焦ったように、額にはタラタラと汗まで滲ませ、メガネを薄っすらと曇らせてしまっている。
いつもスッピンに近い私がバッチリメイクなんかしてたもんだから、驚いてマジマジと見てしまったために、なんとかフォローしようとしてくれているんだろう、ことは分かるんだけど……。
今の今まで、誰かに面と向かって『綺麗』だなんて言われた経験もなく。
ましてや、真面目な加納が相手なだけに、こういう時、どういう反応を示せば正解かがまったく分からない。
普段、仕事のことで話すことはあっても、加納とこんな話しなんてしたことがなかったから余計だ。
ーーさて、どうしたものか。
加納と向き合ったまま、互いに愛想笑いを浮かべつつ、頭の後ろを手で掻きながら次の一手を探っている時だった。
背後からつかつかと誰かが足早に歩み寄ってくる足音が耳に届いて、誰だろうと横目に確認しようと思った時には、背後から、グインッと強い力で肩を抱き寄せられてしまってて。
何がなにやら状況を把握できないでいる私の眼前の加納の表情から、どうしたことか、さっきまでの焦りの色が瞬く間に消え失せ、驚愕の表情へと変貌し、それがみるみる怯えたようなものになっていく。そこへ。
「珍しい組み合わせだな。で、ふたりで仲良く何を話してたんだ」
仕事あがりで疲れてでもいるのか、窪塚の途轍もなく不機嫌そうな低い声音が轟いた。
0
お気に入りに追加
313
あなたにおすすめの小説
イケメンエリート軍団の籠の中
便葉
恋愛
国内有数の豪華複合オフィスビルの27階にある
IT関連会社“EARTHonCIRCLE”略して“EOC”
謎多き噂の飛び交う外資系一流企業
日本内外のイケメンエリートが
集まる男のみの会社
唯一の女子、受付兼秘書係が定年退職となり
女子社員募集要項がネットを賑わした
1名の採用に300人以上が殺到する
松村舞衣(24歳)
友達につき合って応募しただけなのに
何故かその超難関を突破する
凪さん、映司さん、謙人さん、
トオルさん、ジャスティン
イケメンでエリートで華麗なる超一流の人々
でも、なんか、なんだか、息苦しい~~
イケメンエリート軍団の鳥かごの中に
私、飼われてしまったみたい…
「俺がお前に極上の恋愛を教えてやる
他の奴とか? そんなの無視すればいいんだよ」
一夜限りのお相手は
栗原さとみ
恋愛
私は大学3年の倉持ひより。サークルにも属さず、いたって地味にキャンパスライフを送っている。大学の図書館で一人読書をしたり、好きな写真のスタジオでバイトをして過ごす毎日だ。ある日、アニメサークルに入っている友達の亜美に頼みごとを懇願されて、私はそれを引き受けてしまう。その事がきっかけで思いがけない人と思わぬ展開に……。『その人』は、私が尊敬する写真家で憧れの人だった。R5.1月
【R18】エリートビジネスマンの裏の顔
白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます───。
私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。
同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが……
この生活に果たして救いはあるのか。
※サムネにAI生成画像を使用しています
スパダリ外交官からの攫われ婚
花室 芽苳
恋愛
「お前は俺が攫って行く――」
気の乗らない見合いを薦められ、一人で旅館の庭に佇む琴。
そんな彼女に声をかけたのは、空港で会った嫌味な男の加瀬 志翔。
継母に決められた将来に意見をする事も出来ず、このままでは望まぬ結婚をする事になる。そう呟いた琴に、志翔は彼女の身体を引き寄せて
――――
「私、そんな所についてはいけません!」
「諦めろ、向こうではもう俺たちの結婚式の準備が始められている」
そんな事あるわけない! 琴は志翔の言葉を信じられず疑ったままだったが、ついたパリの街で彼女はあっという間に美しい花嫁にされてしまう。
嫌味なだけの男だと思っていた志翔に気付けば溺愛され、逃げる事も出来なくなっていく。
強引に引き寄せられ、志翔の甘い駆け引きに琴は翻弄されていく。スパダリな外交官と純真無垢な仲居のロマンティック・ラブ!
表紙イラスト おこめ様
Twitter @hakumainter773
あまやかしても、いいですか?
藤川巴/智江千佳子
恋愛
結婚相手は会社の王子様。
「俺ね、ダメなんだ」
「あーもう、キスしたい」
「それこそだめです」
甘々(しすぎる)男子×冷静(に見えるだけ)女子の
契約結婚生活とはこれいかに。
<本編完結!AS開始>【R18】愛するがゆえの罪 ー溜息が出るほど美しくて淫らな叔父と姪の禁断愛ストーリーー
奏音 美都
恋愛
日常生活から離れ、貴女を極上の妄想世界へ誘います。大人の女性に贈るプリンセスストーリー。
華やかで妖しく、耽美な世界観。若く美貌と才能に溢れたピアニストの叔父と財閥令嬢の美しき姪が、激しく淫らに求め合う純愛を描いた禁断愛。
幼い頃から自分だけを見つめてくれた、誠実で優しい幼馴染との三角関係。
東京とウィーンを主な舞台として描かれる煌びやかな社交界やクラシックの世界。
愛情と憎悪と狂気が絡み合った末に、辿り着く先は......
濃厚な官能描写や気分が悪くなる描写を含みますので、年齢制限を設けていますが、それ以外にも不快に思う方は読まないで下さい。
殆どのメインキャラが美男美女という、現実には有り得ない世界観で描いておりますので、それを受け入れられない方にはお勧めいたしません。
※この物語はフィクションです。実在の人物、団体、事件などには一切関係ありません。
また、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません。
隣人はクールな同期でした。
氷萌
恋愛
それなりに有名な出版会社に入社して早6年。
30歳を前にして
未婚で恋人もいないけれど。
マンションの隣に住む同期の男と
酒を酌み交わす日々。
心許すアイツとは
”同期以上、恋人未満―――”
1度は愛した元カレと再会し心を搔き乱され
恋敵の幼馴染には刃を向けられる。
広報部所属
●七星 セツナ●-Setuna Nanase-(29歳)
編集部所属 副編集長
●煌月 ジン●-Jin Kouduki-(29歳)
本当に好きな人は…誰?
己の気持ちに向き合う最後の恋。
“ただの恋愛物語”ってだけじゃない
命と、人との
向き合うという事。
現実に、なさそうな
だけどちょっとあり得るかもしれない
複雑に絡み合う人間模様を描いた
等身大のラブストーリー。
冷徹上司の、甘い秘密。
青花美来
恋愛
うちの冷徹上司は、何故か私にだけ甘い。
「頼む。……この事は誰にも言わないでくれ」
「別に誰も気にしませんよ?」
「いや俺が気にする」
ひょんなことから、課長の秘密を知ってしまいました。
※同作品の全年齢対象のものを他サイト様にて公開、完結しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる