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本物の夫婦として
本物の夫婦として③
しおりを挟む美桜の妊娠が発覚してから月日は流れ、季節も夏から秋、秋から冬へと移ろいゆく季節、十一月を迎えていた。
現在、妊娠五ヶ月。経過は母子ともに順調だ。
仕事の方は、妊娠を機に相手は伏せてはいるが結婚していたことも公表したところ、男性層だけでなく、若い主婦層にも注目され始めたという思いがけない副産物にも恵まれた。
近頃はお腹も目立ってきて動きにくくなったことから、イベントごとなどへの参加は控えざるを得なくなって、このまま休業するしかないと思われた。
そのことで、周囲に迷惑をかけてしまうことに美桜は心を痛めていたし、なによりこの仕事に生き甲斐を見いだしていた美桜にとって、このまま仕事から遠ざかってしまうのが気がかりだったのだが……。
尊を始め樹里やプロジェクトに携わっているスタッフのサポートにより、リモートを活用しているため、身体にも負担はなく無理のない範囲で、自宅にいながら監修の仕事を続けることができている。
そんななか、美桜の周辺でちょっとした変化があった。
夏には、以前から美桜に粘着質な視線を向けていたプロデューサーの牧村が部下へのセクハラが明るみになり解雇されたこと。
それから秋口には、継母の薫の元代議士だった父親が現役だった頃の贈収賄や暴力団との癒着など、ありとあらゆる悪事が露呈し、世間を騒がせた。
ちょうど同じ時期、大手弁護士事務所から内容証明郵便で書類が家元の元に届けられ、愼の女子アナとの件が、実は薫の独断で処理されていたことが記されていたらしい。
中絶にも薫が関わっていたらしく、ご丁寧にも証拠の写真まで同封されていたそうだ。
つまり、女子アナの父親が薫を訴えると言ってきたのである。
実際には、愼は女子アナと真剣に交際し結婚も視野に入れていたというから驚きだ。
そのことで愼を筆頭に弦と弦一郎も激怒し、すぐさま離婚を言い渡したことで、薫と天澤家の縁は完全に断たれた。
電話で弦一郎からその話を聞かされたとき、初夜でのことが美桜の脳裏を過ぎった。
それは、幼い頃から美桜のことを疎んじてきた薫に対して、自分のことのように激怒し、怒りに打ち震えていた尊の姿だ。
美桜の憶測でしかないが、極道の世界から自ら退こうとしていた尊がすぐに行動に移さなかった裏には、これらの件があったからではないだろうか。
尊に訊いたところではぐらかされるだけだろう。
事実だからと言って、尊のことを責めるつもりなど毛頭ない。
悪事を働いた人間はいずれはその報いを受けるべきだと思う。
極道者だった尊にも、人には言えない後ろ暗いことだってあるに違いない。
もしかすると、尊の刺青は、そういうものを背負っていくという覚悟の表れなのかもしれない。おそらく堅気となったこれからも。
ーーだったら少しでも背負わせて欲しい。
弦一郎との電話の後、美桜はそんなことをひっそりと決意していたのだった。
そんな日々を経て現在。
以前よりも家事にも協力的になって、完璧なスパダリぶりを発揮してくれている尊のサポートのお陰で、とても幸せで充実したマタニティライフを満喫させてもらっている。
櫂に除籍を言い渡されたあの日。極道の世界か引退した尊はどうしているかというと。
T&Kシステムズの経営者として以前よりも一層精力的に仕事を熟している。
といっても、定時である十八時きっかりにオフィスを出て帰宅するのは十九時。それからは疲れた顔も見せず家事を熟してくれている。
けれど少し困ったこともあった。
それは近頃やたらと身重の美桜のことを気遣う余り、以前にも増して神経質になってしまっているということだ。
昼間の妊婦健康診断では、担当医である年配の女性医師から、安定期に突入したことから、夫婦生活を再開してもいいというお許しが出され、そのことを尊に話しているところであるのだが……。
「美桜、本当に大丈夫なのか?」
話した途端に、尊は難色を示し始めた。
身重の身体のことを気遣ってくれるのは有難いことだが、妊娠して以来ご無沙汰だったし、尊とのこういう時間も大事にしたいと思っている美桜にとって、渋る尊のことをどうやってその気にさせようかとあれこれ策を講じて臨んでいるのだ。
これしきのことで諦めるわけにはいかない。
「はい。担当医の先生も、あんまり過激なことをしない限りは大丈夫だって言ってましたよ」
「なんだ、その、『あんまり過激なことをしない限りは』っていうのは。具体的にどんなことだ?」
「どんなことって……言われても。あっ、これ見ればわかるんじゃないですか? 今日、買ってきたんです。ひよこっこクラブ」
「どれどれ……。へぇ、スローセックスでお腹の赤ちゃんにも、お母さんにも負担なく、夫婦の絆を深めるために。で、避妊はした方がいいんだなぁ。ふんふん。で、乳首への強い刺激は、子宮の収縮をーー」
「あっ、あの、尊さん。別に音読しなくてもいいですからッ!」
「そんなに真っ赤になって、なにを照れてるんだ? 美桜は」
ーーもう、わかってるクセに。意地悪なんだから。そういうところも好きだけど。
「こーら、そんなに怒ると胎教にも悪いし。可愛い顔が台無しだぞ。美桜」
「……あっ、……ふぅ……んっ」
夜も更け、寝室のベッドに隣り合って寄り添いあい、わいわい言い合っているうちに、尊のことをなんとかその気にさせることに成功した美桜は、尊との甘やかなキスへと身を投じた。
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