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それぞれの覚悟

それぞれの覚悟⑤

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 美桜が退院してから今日でちょうど一週間となる。

 だが美桜の体調は未だ優れないようだ。

 表面上は、以前よりよく笑うようになったし、顔色もよくなったが、どうも元気を装っているように見えてしまうのだ。

 今朝も出がけに、いつものように恥じらう美桜を抱き寄せて軽くキスをしようと思ったのに、なんだか心ここにあらずで。

『どうした?』
『すみません。まだ身体がだるくて』
『なら、今日は休んだらどうだ?』
『あ、いえ。今日は病院に寄ってから行くので大丈夫です』
『そうか。あんまり無理するなよ』
『はい。ありがとうございます』

 それでも明るく振る舞ってはいたのだが、空元気にしか見えなかった。

 おそらく夫である尊に心配をかけまいとしているのだろう。

 相変わらず食欲もないようだし、軽い貧血だったとは聞いてはいたが、こうも長引くものなのだろうか。

 経済ヤクザが幅をきかせる昨今とは違い、櫂のような武闘派と呼ばれるヤクザが抗争を繰り広げていた昭和の時代からの付き合いだという、光石総合病院だが、もっと評判のいい他の病院に変わった方がいいだろうか。

 いや、それとも他に心配事でもあるのか?

 新婚旅行で過去のことが明るみになったとき、美桜に想いを告げられたが、昔とは違い極道者となった今の尊には、それに対してなにも応えることなどできないままだ。

 美桜は、そのときのことを気にしている風ではあったが、傍にいると約束してからは特になにかを言ってくることはなかった。

 ーーそれも違うとしたら、一体なんだっていうんだ。

 尊は俗に言う経済ヤクザではあったが、極心会のナンバーツーにまで昇り詰めた男だ。

 極道だからといっても、人を殺めたことはないが、社会的に抹殺した者なら数知れず。

 これまで相手に対して、一切の妥協も情けをかけたことも一度としてなかった。

 誰に対してもそれは変わらない。

 だからこそ、孤高の若頭と呼ばれるようになった。

 ーーその俺が、惚れた女のことでこんなにも思い悩む日がこようとは。今が一番大事なときだっていうのにざまぁないな。

 とにかく護衛につけているヤスに念の為に探りを入れておくかと、軽い気持ちで連絡を入れただけだった。

「最近、変わったことはなかったか?」

『変わったことといえば。姐さんの担当医が物凄いイケメンらしいですよ。それで姐さんも診察のたびに緊張するって仰ってましたし。あっ、今日、これから診察ですもんね。そりゃあ心配にもなりますよね~』

「……余計なことはいい。そんなことより、なにか変わったことがあれば逐一報告しろ。いいな」

 ヤスには、美桜と再会する以前から美桜の身辺を探らせていたこともあり、美桜のこととなると、こうして余計なことを言ってくるがそんなものスルーだ。

 ーー美桜が俺以外の男に惚れたりするわけがない。仮にそんなことになってみろ。地獄の底まで追いかけてやる。相手の男なんて八つ裂きにしてくれる。

 想像しただけで腸が煮えくりかえる。

    思わず奥歯をギリと噛みしめ、握った拳が怒りでプルプルと打ち震える。気がつけば、手にしていた万年筆をバキッと折り曲げていた。

 このように昔から、尊は美桜のこととなると冷静ではいられなくなってしまうのだ。

 だからこそ美桜の前では、極力感情を抑え込んでいるのだが、どうにも抑えがきかないときがある。

 初夜と新婚旅行がまさにそれだった。

 ゆえに美桜自身に聞くのが怖かったのだ。

『さーせんした。あっ、ちょっ、なにすんですか? お嬢ーーいいから貸しなさいッ!』

 怒気を孕んだ尊の声にヤスが謝罪してきた直後。電話の向こうが騒がしくなったかと思ったら、突如樹里の声が割り込んできた。

 どうやらヤスの傍に樹里もいたようだ。

 ーーなんだ。また匡となんかあったのか? だからって、俺に愚痴られても困るんだが。

 大学の頃から匡と付き合っている樹里には、匡となにかあるたびに呼び出され、愚痴を聞かされてきた。

 いつだったか美桜と一緒にいたとき、電話で呼び出されたのも、匡との痴話喧嘩が元凶だったのだ。

 そのときのことを思い出し、ふうと溜息を零した尊の元に、予想外な言葉が寄越された。

『尊。あんた、ケジメだかなんだか知らないけど。グズグズしてる間に、若い男に美桜ちゃんとられても知らないから。嫌ならさっさと来なさい。仕事なんて匡に押しつけとけばいいから。わかったわね!』

 ーー若い男ってまさか、ヤスが言ってたイケメンだとかいう医者のことか?

 どういうことなのか確かめたくとも、一方的に捲し立てると同時にブチッと通話が切られてしまう。

 ーーもしかして、美桜の様子がおかしかったのもその医者のせいなんじゃ。

 無残にも使い物にならなくなった万年筆を放り投げた尊は、物凄い勢いで社長室から飛び出していた。
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