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極道の妻として
極道の妻として⑫
しおりを挟むようやく泣き止んだ美桜がぼうっとしていると、尊がホッとしたように息をつく気配がして。
「落ち着いたか?」
視線を向けた瞬間、視線が絡まり、ふっと柔らかく微笑まれてしまい、胸が甘くざわめいた。
これしきのことでときめいている場合ではない。これから尊と本当の夫婦になるためにも、しっかり確認しておかなければいけない。
もしも尊が美桜から離れようとしているのなら、なんとしてでも阻止しなければならないのだ。
美桜は立て直すためにも、挑むような心持ちで尊に向き直った。
「……は、はい。混乱してしまい、すみませんでした」
「いや。俺こそ黙っていて悪かった。お詫びと言っちゃなんだが、気になることがあるならなんでも言って欲しい。もうお前に泣かれるのはご免だからな」
「……え、あっ、はい。ありがとうございます」
「その前に、前から気になってたんだが。夫婦なんだから、敬語、やめないか?」
ところが尊の反応が予想に反していたうえに、思いがけない要求まで追加されてしまった。
ーーあれ? 思ってた展開と違う。もしかして私の考えすぎ? それとも私の注意を逸らそうとしているとか?
だとしたら、ここは毅然としなければ。
「……あっ、はい。わかりまーーって、いや、あの。急にはちょっと」
「ああ、そうだな。追々で構わない」
「はい。あっ、あの、気になること聞いてもいいんですよね?」
敬語のことはひとまず置いておいて、単刀直入に切り出したことで、話題が一番気にかかっていたものへと移行していった。
「あの、お見合いの席で助けてくれたのって、偶然だったんですか?」
「結論から言えば、途中までは偶然だが途中からは違う」
美桜の兄である愼と女子アナの件で動いていたときに、たまたま美桜の見合いのことを知ったらしい。
元々、ハッピーフラワープロジェクト関連で、窓口になっている薫経由で美桜に監修の依頼を打診していたのだが、色よい返事がもらえなかったことで、次の一手を考えていたときだったのだという。
薫にしてみれば、実子である愼より美桜が目立つのが嫌だったのと、縁談のことがあり美桜を表に出すのを控えたかったのだろう。
そこで、見合い相手の父親である佐久間優太郎を利用することにしたそうだ。
それが可能だったのも、縁を切ったとは言え、血を引く親族には変わりないので、極道者になった尊のことが明るみにならないように、これまでも裏で幾度となく菱沼グループが動いてくれているお陰なのだと、忌々しげに吐露していた。
「昔のこととは言え縁があって政略結婚の相手として引きあわされて、妹同然だったんだから、どんなことをしてでも助けてやりたかった。ただそれだけだ」
尊の心情を思えば、なんとも複雑だが、美桜のことをなんとか救い出そうとしてくれていたことが嬉しかった。
けれど尊の口から美桜に対してどう思っているかについての説明がなかったことで、諸々の不安が信憑性を帯びてくる。
ーーやっぱり、いずれ自分から距離をとろうとしているんだ。
やっと浮上しかけていた気持ちがズシンと沈みそうになる。
天澤家から出る以前の美桜なら、ここで諦めの境地になっていたに違いない。
でも今は違う。
さっきは色んな情報が一気に押し寄せてきたせいで頭が混乱し取り乱してしまったけれど、落ち込んでいても泣いていても状況なんて変わらない。
幸せになりたければ、自分から掴み取りに行くぐらいの覚悟でないと駄目だ。
尊と再会したあの日、尊から差しのべられた手を自分の意思で掴み手繰り寄せたときのように。
ーーくよくよしている場合じゃない。メソメソ泣いていたら幸せが逃げていくだけだ。
尊のことを失いたくないーーという一心で美桜は尊への想いを紡ぎ出した。
「私。尊さんと再会したとき、一目惚れして以来ずっと好きです。尊さんはどうですか?」
ところが尊は、途端に狼狽えたように美桜からふいっと視線を逸らしてしまう。
たちまち美桜の胸がキューッと窄まり、息が苦しくなる。落胆の色が心のなかに侵食する。あたかも半紙に垂らした墨汁のようにじわじわと歪などす黒いシミが広がっていく。
どんよりと沈みかけていた美桜のことをすくい上げてくれたのは、柄にもなく照れたような素振りを見せる尊の素っ気ない言葉だった。
「……前にも言っただろ。いくら政略結婚とは言え、俺は嫌いな奴と結婚なんてしないって」
「……え? あれって、人としてじゃなくて女性として、私のことを好きだってことだったんですか?」
それでもにわかに信じられず、念押しのためにも放った美桜に対する尊からの返答もまた、どこか拗ねたような素っ気ないものだった。
「だから、そうだって言ってるだろう。何度も聞くな」
本音ではちゃんと言葉で伝えて欲しいところではあるが……。
依然として美桜の視線から逃れるようにして視線と顔とを僅かに逸らしている尊の頬と耳とが、微かに赤みを帯びているように見える。
もしかして照れているのだろうか。いつも強引なクセに押しには弱いということだろうか。意外すぎて驚きの方が勝るが、きっとそういうことなのだろう。
ーー尊さんってば可愛い。
尊への想いがぶわっと溢れてくる。いてもたってもいられなくなった美桜は尊の大きな胸に勢い任せに飛び込んでいた。
「お、おいっ、急に危ないだろうが」
「尊さんが可愛いのがいけないんですっ」
「はっ!?」
瞬間、ビクンと大袈裟な反応を示した尊が怒声を放ったが、まったく怖くもなんともない。
むしろ可愛いとしか思えない。
それを素直に伝えただけなのだから文句は受け付けないし、なにがあろうと、たとえ死んでも絶対離さないーー。
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