上 下
87 / 101
極道の妻として

極道の妻として⑪

しおりを挟む

 少しずつ歩み寄ってくる尊の姿を万感の想いで見つめながらも、頭の片隅で冷静なもうひとりの自分がどう切り出そうかと思考を巡らせる。だが思いつくより先に、尊から思いの外軽快な声がかけられた。

「今日は寝落ちしてなかったんだな」

 なにかと思えば、一月以上前の、プロポーズ当日のたった一度の失態を持ち出してくるなんて、あんまりだと思う。

 だがそれだけじゃない。

 尊の過去を知ったことで、もしかしたら、尊との再会はただの偶然ではなかったかもしれない。

 ーーそれって初めから私のことを助けるつもりだったのかも。

 もしかしたら、兄の友人だと思い込んでいた、あの人は尊だったのかもしれない。

  ーーもしそうなら、初恋の相手が尊さんだなんて夢見たい。これってもうこうなる運命だったんじゃないのかな。

 そう思うと、嬉しくてどうしようもない。

 胸がいっぱいで、こんなにもギュッと締め付けられて、息苦しいほどだというのに……。

 どうして尊はそんなに平然としていられるのだろうか。

 それに、それならそうと、再会したときに教えてくれてもよかったではないか。

 確かに、尊は極道者だし、住む世界が違うという想いもあったのかもしれないけれど。

 ーーそれでも教えて欲しかった。

 なにも話してくれなかった尊に対しての憤りがどうしてもつき纏う。盛大にむくれた美桜はふくれっ面で尊への渾身の抗議を繰り出した。

「酷い! それじゃまるで、私が寝落ちの常習犯みたいじゃないですかッ!」

 そのつもりだったはずがーー。

 一方では、そうしなかったということは、いずれなにも言わずに美桜の元からいなくなってしまうつもりだったのではないか。

 もしかしたら、今もそのつもりなのではないか。

 そう考えると、これまで妙に引っかかっていた諸々の辻褄が合っている気がしてーーそれが怖くてどうしようもない。

 だからって、色んな情報が一気に押し寄せて混乱した頭では、どうしたらいいかもわからない。

「本当に……酷い。あんまりです」

 今の今まで胸に充満していた嬉しさよりも、憤りよりも、どこからともなく後から後から湧き出てくる不安の方が上回ってくる。それらが涙とともにぶわっと込み上げてくる。

 それはタガが外れたかのように溢れ出す。顔を両手で覆い隠しても止まることはなく、とうとうポロポロと大粒の涙が零れはじめた。

 すると慌てた尊が隣に腰を下ろしてくると、ふるふると震える身体を優しくふわりと包み込むようにして広くてあたたかな胸に抱き寄せてくれる。泣き顔を見られたくなくて、胸にぎゅっと抱きつくと、頭を大きな手でポンポンしながら耳元に甘く低い声音で囁きかけてくる。

「ちょっと揶揄っただけでそんなに泣くなよ。そんなことでメソメソ泣いてばかりいたら、幸せが逃げてくぞ」

 それが昔かけてくれたものと同じだったことで、余計に火がついたように泣きじゃくる。尊はふっと笑みを零すと笑み混じりの優しい声で揶揄してくる。

「なんだよ。昔のまんまだな。もう泣かなくなったんじゃないのか?」

「これは嬉し涙だからいいんですッ!」

 いつも通りの尊の態度に思わずムッとして涙目で睨みつけて言い返すと、尊はどこか嬉しそうにほわりと柔らかな笑みを浮かべて、涙に濡れた顔をそうっと手と優しい口づけとで拭い始める。それは泣き疲れた美桜の気持ちが落ち着くまで続けられた。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~

ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。 2021/3/10 しおりを挟んでくださっている皆様へ。 こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。 しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗) 楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。 申しわけありません。 新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。 お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。 修正していないのと、若かりし頃の作品のため、 甘めに見てくださいm(__)m

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

愛し愛され愛を知る。【完】

夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。 住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。 悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。 特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。 そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。 これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。 ※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。

ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる

Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。 でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。 彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。

家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します

佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。 何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。 十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。 未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。

ドSな彼からの溺愛は蜜の味

鳴宮鶉子
恋愛
ドSな彼からの溺愛は蜜の味

フェチではなくて愛ゆえに

茜色
恋愛
凪島みなせ(ナギシマ・ミナセ) 26歳 春霞一馬(ハルガスミ・カズマ) 28歳 同じオフィスビルの7階と9階。違う会社で働く男女が、恥ずかしいハプニングが縁で恥ずかしい展開になり、あたふたドキドキする話。 ☆全12話です。設定もストーリーも緩くて薄いです。オフィスラブと謳ってますが、仕事のシーンはほぼありません。 ☆ムーンライトノベルズ様にも投稿しております。

二人の甘い夜は終わらない

藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい* 年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。

処理中です...