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極道の妻として
極道の妻として⑧
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七月の第一土曜日。尊からの思いがけない提案により、一週間の夏期休暇を取得した尊と美桜は、新婚旅行の初日、箱根へと向かう前に、祖父の弦一郎が住む軽井沢へと赴いていた。
賑やかな都会から離れて静かに暮らしたいという弦一郎の意向で購入しただけあり、淺間山山麓にある静かな別荘地に位置するせいか、緑豊かでのどかな場所に祖父母の暮らす家はあった。
格式高い立派な数奇屋門の奥には、広い和風庭園があり、その傍らには弦一郎が憧れていたという、土いじりのできる立派な家庭菜園も設けられており、その周辺を見頃を迎えた色とりどりの紫陽花が彩っている。
つい今しがた到着した美桜は尊と一緒に、住み慣れた天澤家の豪華な数寄屋造りの母屋によく似た趣ある純和風な平屋造りの邸宅へと脚を踏み入れたところである。
門を潜り綺麗に掃き清められた玄関の引き戸に尊が手をかけようとすると同時。
ガラッという豪快な音とともに開け放たれた扉の隙間から、
「いや~、美桜も尊くんもよく来てくれたね~!」
ぬっと顔を出した弦一郎が飛び出すような勢いで出迎えてくれた。
「あっ、ああ。ど、どうも」
妻の祖父宅への訪問に心構えはあっても、意表を突かれては、さすがの尊も驚きを隠せない様子で、呆然と突っ立ったままでいる。
「ふたりとも、そんなところで突っ立てないで、ささ早く上がりなさい。疲れただろう?」
事前に大凡の到着時間を知らせてあったせいか、弦一郎は待ちに待った孫娘夫婦の来訪を今か今かと待ち構えていたようだ。
棒立ち状態の尊の様子にもまったく構うことなく、尊と美桜のことを嬉々とした表情で見比べるように眺めつつ、普段から穏やかな笑みを絶やさないにこやかな丸みのある相貌をこれでもかと綻ばせている。
尊と横並びに佇んでいた美桜も、弦一郎からの熱烈な歓迎ぶりに呆気にとられていたが、ようやく我に返り慌てて挨拶を返した。
「お、お祖父さま、この度はお招きくださり、ありがとうございます」
「美桜、堅苦しい挨拶はよしなさい。さーさ、ふたりとも奥にお茶を用意させたからゆっくり寛ぎなさい」
だがすぐに少し拗ねたような表情の弦一郎から軽いお叱りを受けてしまった美桜は、二度目の衝撃を受けてしまう。
確かに、幼い頃から可愛がってもらっていた自覚はあったが、妻の幸代の手前、ここまであからさまに感情を態度に出されたことなど一度もなかったせいだ。
弦一郎が隠居してからかれこれ三年になる。
久しぶりに会ったのが結婚式だったが、その際にも涙を流して喜んでくれていたと言っても、ここまでではなかった気がする。
家元だった頃はもっと威厳があったようにも思うのだが、それだけ年をとったと言うことなのだろうか。
困惑気味の美桜がこれまでにないようなはしゃぎようを見せる弦一郎の言動について思案しているところに、再び弦一郎の明るく朗らかな声が割り込んでくる。
「なーに、気を遣うことはない。幸代は友人と一緒に昨日から旅行に出かけていないから安心なさい」
弦一郎の熱烈な歓迎ぶりに驚きを隠せないでいた美桜だったが、ようやく合点がいったのだった。
どうやら祖母の幸代が不在なのと、薫などへの配慮が必要ないからのようだ。
それに年もとった。確かもうすぐ傘寿を迎えると言っていたし、そのせいもあるのだろう。
美桜がぼんやり思考に耽っていると、すっかりいつもの調子を取り戻した尊に上がり框に上がるだけだというのに、さも当然のことのように、すっと手を差しのべられた。
「それではお言葉に甘えさせて頂きます。ほら、美桜も」
不意を突かれた美桜は頬を桜色に染め上げ胸までキュンとときめかせてしまう。
「は、はい。ありがとうございます」
尊は自分の手に遠慮気味に恥じらいつつ手をそうっと重ねる愛らしい美桜のことを愛しそうに見つめている。
そんなふたりの仲睦まじく初々しい様子を弦一郎は目尻の皺を一層深めてどこか懐かしそうに眺めていた。
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