上 下
79 / 101
極道の妻として

極道の妻として③

しおりを挟む

「……おい、美桜。どうした? 口に合わなかったか?」

 帰宅しいつものように尊にあたたかく出迎えてもらった美桜は、ハウスキーパーが作ってくれたキノコと鰆の和風ムニエルとサラダに、尊が作ってくれたという根菜と夏野菜をたっぷり使った鶏ガラ仕立ての美味しいスープを味わっていた。

 けれども樹里のことが気にかかってしまい、美桜は上の空で手にしたスプーンで具材を掻き混ぜてばかりいる。

 喉の奥に小骨がつっかえたときのような不快な感覚を拭うことができずにいたのだ。

 そんな美桜の元に、正面のダイニングテーブルで食事をとっていた尊に不意に呼びかけられ、美桜はビクッと過剰に反応してしまったがなんとか返答する。

「……いえ。とんでもない。とっても美味しいです」

「そうか? まだまだたくさんあるしいっぱい食べろよ」

 尊は一瞬訝しげな表情を覗かせたが、美桜からの料理の感想を耳にし、ふっと嬉しそうに相好を崩した。

 美桜は尊に不審がられずにすんだことに、人知れず安堵の息を漏らし、さり気なく話を膨らます。

「はい。それにしても、尊さんがこんなにも料理が得意だとは思いませんでした」

「この世界は男社会だからな。下っ端の頃には部屋住みで、行儀見習いに料理や洗濯といった家事までしなきゃならない。だから嫌でも身に着く」

「へぇ、そうなんですか」

「ああ。見栄えは地味だが、味だってなかなかのもんだろう?」

「とんでもない。見た目からすでに美味しそうだし。味だってお店並ですよ」

「ははっ、だったら時間があればまた作ってやる」

「わぁ! 楽しみですっ!」

 結婚する以前もそうだったが、夫婦になってからも、尊は自身が身を置く極道の世界のことを話すことなど滅多にない。

 政略結婚の説明を受けたとき以来かもしれない。

 そんなこともあり、尊から話してもらえたことが嬉しくてどうしようもない。

 元気な返事を返した美桜は、弾んだ明るい声に負けないくらいの、満開の笑顔を綻ばせた。

 食事の後には、いつものように尊と一緒に食器の片付けをして、リビングダイニングのソファに移動してからは、桜の花弁があしらわれた夫婦色違いのマグカップに尊が淹れてくれたルイボスティーを味わいつつ、晴れやかな気分でのんびり寛いでいた。

 もちろん隣には、コーヒーを注いだ揃いのカップを悠然と傾けている尊の姿がある。

 日頃の疲れのせいか、心地よい眠気に誘われた美桜は、いつしか尊の身体にそうっと寄りかかり、尊の体温と匂いと幸福感とにほわりと包まれうっとり酔いしれていた。

 そんな美桜の気持ちに水を差すようにして、尊自ら樹里の話題を振られることとなり、舞い上がっていた美桜の心はたちまち急降下。

「それはそうと。今日、撮影現場に匡と樹里さんが行っただろう?」

「……は、はい」

 ずっしりと重い荷物でも背負わされた心地だ。

 そんな美桜に対して、尊はその経緯について説明をはじめた。

 なんでも樹里は、この春大手芸能事務所を退社し独立したばかりなのだとか。

 立ち上げた事務所も軌道に乗り、少し余裕がでてきたというのを聞きつけ、尊が打診したのだという。

 その話からも、尊の穏やかな表情からも、会長である櫂に対するもの同様、樹里への信頼度が窺える。

 尊と出逢ってまだ二月足らずの美桜の知らない尊のことをよく知る樹里との絆をまざまざと見せつけられたような気がしてくる。

「男には言い難いこともあるだろうから、不安なことや困ったことがあればなんでも相談するといい。もちろんこれまで通りヤスたちにも着いててもらうがな」

「……はい。ありがとうございます」

 けれど尊の口振りから、美桜のことを気遣ってのことだったと知り、モヤモヤとしていた心が少しずつ澄み渡っていく。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【R18】翡翠の鎖

環名
ファンタジー
ここは異階。六皇家の一角――翠一族、その本流であるウィリデコルヌ家のリーファは、【翠の疫病神】という異名を持つようになった。嫁した相手が不幸に見舞われ続け、ついには命を落としたからだ。だが、その葬儀の夜、喧嘩別れしたと思っていた翠一族当主・ヴェルドライトがリーファを迎えに来た。「貴女は【幸運の運び手】だよ」と言って――…。 ※R18描写あり→*

茶番には付き合っていられません

わらびもち
恋愛
私の婚約者の隣には何故かいつも同じ女性がいる。 婚約者の交流茶会にも彼女を同席させ仲睦まじく過ごす。 これではまるで私の方が邪魔者だ。 苦言を呈しようものなら彼は目を吊り上げて罵倒する。 どうして婚約者同士の交流にわざわざ部外者を連れてくるのか。 彼が何をしたいのかさっぱり分からない。 もうこんな茶番に付き合っていられない。 そんなにその女性を傍に置きたいのなら好きにすればいいわ。

【R18】お嫁さんスライム娘が、ショタお婿さんといちゃらぶ子作りする話

みやび
恋愛
タイトル通りのエロ小説です。 前話 【R18】通りかかったショタ冒険者に襲い掛かったスライム娘が、敗北して繁殖させられる話 https://www.alphapolis.co.jp/novel/902071521/384412801 ほかのエロ小説は「タイトル通りのエロ小説シリーズ」まで

所詮は他人事と言われたので他人になります!婚約者も親友も見捨てることにした私は好きに生きます!

ユウ
恋愛
辺境伯爵令嬢のリーゼロッテは幼馴染と婚約者に悩まされてきた。 幼馴染で親友であるアグネスは侯爵令嬢であり王太子殿下の婚約者ということもあり幼少期から王命によりサポートを頼まれていた。 婚約者である伯爵家の令息は従妹であるアグネスを大事にするあまり、婚約者であるサリオンも優先するのはアグネスだった。 王太子妃になるアグネスを優先することを了承ていたし、大事な友人と婚約者を愛していたし、尊敬もしていた。 しかしその関係に亀裂が生じたのは一人の女子生徒によるものだった。 貴族でもない平民の少女が特待生としてに入り王太子殿下と懇意だったことでアグネスはきつく当たり、婚約者も同調したのだが、相手は平民の少女。 遠回しに二人を注意するも‥ 「所詮あなたは他人だもの!」 「部外者がしゃしゃりでるな!」 十年以上も尽くしてきた二人の心のない言葉に愛想を尽かしたのだ。 「所詮私は他人でしかないので本当の赤の他人になりましょう」 関係を断ったリーゼロッテは国を出て隣国で生きていくことを決めたのだが… 一方リーゼロッテが学園から姿を消したことで二人は王家からも責められ、孤立してしまうのだった。 なんとか学園に連れ戻そうと試みるのだが…

【R18】清掃員加藤望、社長の弱みを握りに来ました!

Bu-cha
恋愛
ずっと好きだった初恋の相手、社長の弱みを握る為に頑張ります!!にゃんっ♥ 財閥の分家の家に代々遣える“秘書”という立場の“家”に生まれた加藤望。 ”秘書“としての適正がない”ダメ秘書“の望が12月25日の朝、愛している人から連れてこられた場所は初恋の男の人の家だった。 財閥の本家の長男からの指示、”星野青(じょう)の弱みを握ってくる“という仕事。 財閥が青さんの会社を吸収する為に私を任命した・・・!! 青さんの弱みを握る為、“ダメ秘書”は今日から頑張ります!! 関連物語 『お嬢様は“いけないコト”がしたい』 『“純”の純愛ではない“愛”の鍵』連載中 『雪の上に犬と猿。たまに男と女。』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高11位 『好き好き大好きの嘘』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高36位 『約束したでしょ?忘れちゃった?』 エブリスタさんにて恋愛トレンドランキング最高30位 ※表紙イラスト Bu-cha作

もう二度と、愛さない

蜜迦
恋愛
 エルベ侯爵家のリリティスは、婚約者であるレティエ皇太子に長年想いを寄せていた。  しかし、彼の側にはいつも伯爵令嬢クロエの姿があった。  クロエを疎ましく思いながらも必死に耐え続ける日々。  そんなある日、クロエから「謝罪がしたい」と記された手紙が届いて──  

モブだった私、今日からヒロインです!

まぁ
恋愛
かもなく不可もない人生を歩んで二十八年。周りが次々と結婚していく中、彼氏いない歴が長い陽菜は焦って……はいなかった。 このまま人生静かに流れるならそれでもいいかな。 そう思っていた時、突然目の前に金髪碧眼のイケメン外国人アレンが…… アレンは陽菜を気に入り迫る。 だがイケメンなだけのアレンには金持ち、有名会社CEOなど、とんでもないセレブ様。まるで少女漫画のような付属品がいっぱいのアレン…… モブ人生街道まっしぐらな自分がどうして? ※モブ止まりの私がヒロインになる?の完全R指定付きの姉妹ものですが、単品で全然お召し上がりになれます。 ※印はR部分になります。

転生皇太子は、虐待され生命力を奪われた聖女を救い溺愛する。

克全
恋愛
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

処理中です...