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極道の妻として

極道の妻として③

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「……おい、美桜。どうした? 口に合わなかったか?」

 帰宅しいつものように尊にあたたかく出迎えてもらった美桜は、ハウスキーパーが作ってくれたキノコと鰆の和風ムニエルとサラダに、尊が作ってくれたという根菜と夏野菜をたっぷり使った鶏ガラ仕立ての美味しいスープを味わっていた。

 けれども樹里のことが気にかかってしまい、美桜は上の空で手にしたスプーンで具材を掻き混ぜてばかりいる。

 喉の奥に小骨がつっかえたときのような不快な感覚を拭うことができずにいたのだ。

 そんな美桜の元に、正面のダイニングテーブルで食事をとっていた尊に不意に呼びかけられ、美桜はビクッと過剰に反応してしまったがなんとか返答する。

「……いえ。とんでもない。とっても美味しいです」

「そうか? まだまだたくさんあるしいっぱい食べろよ」

 尊は一瞬訝しげな表情を覗かせたが、美桜からの料理の感想を耳にし、ふっと嬉しそうに相好を崩した。

 美桜は尊に不審がられずにすんだことに、人知れず安堵の息を漏らし、さり気なく話を膨らます。

「はい。それにしても、尊さんがこんなにも料理が得意だとは思いませんでした」

「この世界は男社会だからな。下っ端の頃には部屋住みで、行儀見習いに料理や洗濯といった家事までしなきゃならない。だから嫌でも身に着く」

「へぇ、そうなんですか」

「ああ。見栄えは地味だが、味だってなかなかのもんだろう?」

「とんでもない。見た目からすでに美味しそうだし。味だってお店並ですよ」

「ははっ、だったら時間があればまた作ってやる」

「わぁ! 楽しみですっ!」

 結婚する以前もそうだったが、夫婦になってからも、尊は自身が身を置く極道の世界のことを話すことなど滅多にない。

 政略結婚の説明を受けたとき以来かもしれない。

 そんなこともあり、尊から話してもらえたことが嬉しくてどうしようもない。

 元気な返事を返した美桜は、弾んだ明るい声に負けないくらいの、満開の笑顔を綻ばせた。

 食事の後には、いつものように尊と一緒に食器の片付けをして、リビングダイニングのソファに移動してからは、桜の花弁があしらわれた夫婦色違いのマグカップに尊が淹れてくれたルイボスティーを味わいつつ、晴れやかな気分でのんびり寛いでいた。

 もちろん隣には、コーヒーを注いだ揃いのカップを悠然と傾けている尊の姿がある。

 日頃の疲れのせいか、心地よい眠気に誘われた美桜は、いつしか尊の身体にそうっと寄りかかり、尊の体温と匂いと幸福感とにほわりと包まれうっとり酔いしれていた。

 そんな美桜の気持ちに水を差すようにして、尊自ら樹里の話題を振られることとなり、舞い上がっていた美桜の心はたちまち急降下。

「それはそうと。今日、撮影現場に匡と樹里さんが行っただろう?」

「……は、はい」

 ずっしりと重い荷物でも背負わされた心地だ。

 そんな美桜に対して、尊はその経緯について説明をはじめた。

 なんでも樹里は、この春大手芸能事務所を退社し独立したばかりなのだとか。

 立ち上げた事務所も軌道に乗り、少し余裕がでてきたというのを聞きつけ、尊が打診したのだという。

 その話からも、尊の穏やかな表情からも、会長である櫂に対するもの同様、樹里への信頼度が窺える。

 尊と出逢ってまだ二月足らずの美桜の知らない尊のことをよく知る樹里との絆をまざまざと見せつけられたような気がしてくる。

「男には言い難いこともあるだろうから、不安なことや困ったことがあればなんでも相談するといい。もちろんこれまで通りヤスたちにも着いててもらうがな」

「……はい。ありがとうございます」

 けれど尊の口振りから、美桜のことを気遣ってのことだったと知り、モヤモヤとしていた心が少しずつ澄み渡っていく。
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