29 / 101
鳥籠から出るために
鳥籠から出るために⑮
しおりを挟むーー綺麗。
刺青を見てそんなふうに思う日が来るなんて、思いもしなかった。
極道に対して、美桜の持つイメージがことごとく打ち砕かれた瞬間でもある。
尊が極道者だと聞かされてはいたものの、どこか現実味がなかった。
それはおそらく、どこか気品を感じる立ち居振る舞いや、恐ろしく整った容貌のせいだろう。
極道者と言えば、厳つい顔に、乱暴な口調に横柄な振る舞い、禍々しい刺青。それがお決まりのように思い込んでしまっていた。
それがどうだろう。
尊の恐ろしく整った相貌に見合った均整のとれた精悍な身体に、鮮やかな色彩で緻密に描かれた和彫りの龍は、とても神秘的で神々しいほどに輝いて見える。
正面からのため、右肩周辺に位置する龍の顔だけしか見えず、全貌を窺うことはできない。
だが美しい龍が天に向かって力強く駆け昇っていく様はとても圧巻だろう。
なにより、美しくも雄々しい顔つきの龍の周りには、薄桃色の桜の花弁がひらひらと舞っていて、とても綺麗で印象的だ。
それがなんとも儚げで、ゆえに美しく見えるのかもしれない。
だからだろうか。子供の頃、薫に叱られたときなどに、泣きながら庭のソメイヨシノをぼんやりと眺めていたときの光景が不意に蘇ってくる。
そのときには大抵、兄やその友人らが機嫌をとってくれていた。
その中に、決まってひとりだけ、泣いている美桜の頭を優しくポンポンと撫でると、『泣いてばかりいたら幸せが逃げてくぞ。だからもう泣くな』そう言って声をかけてくれる人がいたっけ。
顔も名前も思い出せはしないけれど、その手と声がとても優しかったことだけは覚えている。
その言葉のお陰で、メソメソ泣かなくなっていったような気がする。
その頃には、もうその人のことを見かけることもなくなっていた。
もう十数年以上も昔のことなのに、今になってなぜ思い出したのだろうか。
ーーああ、そうか。きっと、刺青の桜を見たせいだ。
尊の半裸をぼんやり見遣っていると、尊の淡々とした声が思考に割り込んできた。
「怖くないと言ってはいたが、墨を見た途端、怖じ気づいたのか?」
その低い声音には、微かに悲しげな響きを孕んでいるように聞こえてしまう。
極道者だということで、もしかすると、これまで嫌な思いや悲しい思いをしてきたのかもしれない。
美桜が抱いていたように、極道者に偏見を持っている人も少なくはないだろう。
もしそうだったとしても、自分にはなにもできない。
だったらせめて、この人の心に寄り添いたいーーいつかそう遠くない未来、飽きられてしまうそのときまで。
感傷的になったせいか、目頭が熱くなってくる。美桜は慌てて気持ちを切り替えた。
ーーメソメソしてもはじまらない。泣いてたら幸せが逃げていくだけだ。その日まで精一杯励まなきゃ。
「違います。凄く綺麗で見蕩れてただけです。特にこの桜。ソメイヨシノの花弁みたいで、綺麗ですね」
そう応えた美桜は、組み敷いた自分のことを見下ろしている尊の、龍の顔が描かれた右肩へとそうっと手を這わせた。
0
お気に入りに追加
380
あなたにおすすめの小説
淫らな蜜に狂わされ
歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。
全体的に性的表現・性行為あり。
他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。
全3話完結済みです。
愛し愛され愛を知る。【完】
夏目萌
恋愛
訳あって住む場所も仕事も無い神宮寺 真彩に救いの手を差し伸べたのは、国内で知らない者はいない程の大企業を経営しているインテリヤクザで鬼龍組組長でもある鬼龍 理仁。
住み込み家政婦として高額な月収で雇われた真彩には四歳になる息子の悠真がいる。
悠真と二人で鬼龍組の屋敷に身を置く事になった真彩は毎日懸命に家事をこなし、理仁は勿論、組員たちとの距離を縮めていく。
特に危険もなく、落ち着いた日々を過ごしていた真彩の前に一人の男が現れた事で、真彩は勿論、理仁の生活も一変する。
そして、その男の存在があくまでも雇い主と家政婦という二人の関係を大きく変えていく――。
これは、常に危険と隣り合わせで悲しませる相手を作りたくないと人を愛する事を避けてきた男と、大切なモノを守る為に自らの幸せを後回しにしてきた女が『生涯を共にしたい』と思える相手に出逢い、恋に落ちる物語。
※ あくまでもフィクションですので、その事を踏まえてお読みいただければと思います。設定等合わない場合はごめんなさい。また、実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
お知らせ有り※※束縛上司!~溺愛体質の上司の深すぎる愛情~
ひなの琴莉
恋愛
イケメンで完璧な上司は自分にだけなぜかとても過保護でしつこい。そんな店長に秘密を握られた。秘密をすることに交換条件として色々求められてしまう。 溺愛体質のヒーロー☓地味子。ドタバタラブコメディ。
2021/3/10
しおりを挟んでくださっている皆様へ。
こちらの作品はすごく昔に書いたのをリメイクして連載していたものです。
しかし、古い作品なので……時代背景と言うか……いろいろ突っ込みどころ満載で、修正しながら書いていたのですが、やはり難しかったです(汗)
楽しい作品に仕上げるのが厳しいと判断し、連載を中止させていただくことにしました。
申しわけありません。
新作を書いて更新していきたいと思っていますので、よろしくお願いします。
お詫びに過去に書いた原文のママ載せておきます。
修正していないのと、若かりし頃の作品のため、
甘めに見てくださいm(__)m
ウブな政略妻は、ケダモノ御曹司の執愛に堕とされる
Adria
恋愛
旧題:紳士だと思っていた初恋の人は私への恋心を拗らせた執着系ドSなケダモノでした
ある日、父から持ちかけられた政略結婚の相手は、学生時代からずっと好きだった初恋の人だった。
でも彼は来る縁談の全てを断っている。初恋を実らせたい私は副社長である彼の秘書として働くことを決めた。けれど、何の進展もない日々が過ぎていく。だが、ある日会社に忘れ物をして、それを取りに会社に戻ったことから私たちの関係は急速に変わっていった。
彼を知れば知るほどに、彼が私への恋心を拗らせていることを知って戸惑う反面嬉しさもあり、私への執着を隠さない彼のペースに翻弄されていく……。
家族愛しか向けてくれない初恋の人と同棲します
佐倉響
恋愛
住んでいるアパートが取り壊されることになるが、なかなか次のアパートが見つからない琴子。
何気なく高校まで住んでいた場所に足を運ぶと、初恋の樹にばったりと出会ってしまう。
十年ぶりに会話することになりアパートのことを話すと「私の家に住まないか」と言われる。
未だ妹のように思われていることにチクチクと苦しみつつも、身内が一人もいない上にやつれている樹を放っておけない琴子は同棲することになった。
フェチではなくて愛ゆえに
茜色
恋愛
凪島みなせ(ナギシマ・ミナセ) 26歳
春霞一馬(ハルガスミ・カズマ) 28歳
同じオフィスビルの7階と9階。違う会社で働く男女が、恥ずかしいハプニングが縁で恥ずかしい展開になり、あたふたドキドキする話。
☆全12話です。設定もストーリーも緩くて薄いです。オフィスラブと謳ってますが、仕事のシーンはほぼありません。
☆ムーンライトノベルズ様にも投稿しております。
二人の甘い夜は終わらない
藤谷藍
恋愛
*この作品の書籍化がアルファポリス社で現在進んでおります。正式に決定しますと6月13日にこの作品をウェブから引き下げとなりますので、よろしくご了承下さい*
年齢=恋人いない歴28年。多忙な花乃は、昔キッパリ振られているのに、初恋の彼がずっと忘れられない。いまだに彼を想い続けているそんな誕生日の夜、彼に面影がそっくりな男性と出会い、夢心地のまま酔った勢いで幸せな一夜を共に––––、なのに、初めての朝チュンでパニックになり、逃げ出してしまった。甘酸っぱい思い出のファーストラブ。幻の夢のようなセカンドラブ。優しい彼には逢うたびに心を持っていかれる。今も昔も、過剰なほど甘やかされるけど、この歳になって相変わらずな子供扱いも! そして極甘で強引な彼のペースに、花乃はみるみる絡め取られて……⁈ ちょっぴり個性派、花乃の初恋胸キュンラブです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる