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鳥籠のお嬢様

鳥籠のお嬢様⑤

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 ただでさえ落ち込んでしまっていた気持ちがズンと地中深くに沈んでしまう。

 どうしてこんな目に遭わなきゃいけないのだろう。前世で何か悪いことでもしたのだろうか。

 でないと、あんなに優しかった兄がこんなに意地悪になったりしないのではないだろうか。

 ーー否、違う。

 亡くなった母が家元と不倫なんかしなければ。母が私のことなんか産まなければ。こんなことにはならなかったに違いない。

 どうせ誰にも祝福なんてされないのに。

 ーーあーそうか、生まれてきたこと自体、罪なことなんだ。

 だったら罰を受けないといけない。

 そうは思いながらも、どうしても受け入れられない自分がいて、気持ちは塞ぐばかりだ。

 そんな美桜の脳裏には、まだ幼かった頃、愼がまだ優しかった頃の記憶が呼び起こされる。

 この家に引き取られた自分に対して、今と変わらず、よそよそしい態度の弦と、快く思っていない薫。

 そんな両親とは対照的に、当時十三歳だった愼は、まだ事情を知らなかったせいか、今のように美桜のことを蔑むことも疎んじることもなかったように思う。

 頼りない記憶ではあるが、薫の厳しい躾や叱責により、幼い美桜が泣いていたりすると、優しく慰めてくれたり、家に呼んだ友人らと一緒に遊んでくれたりもした。

 元々、面倒見のいいところがあったのだろう。

 それに加えて、持ち前の明るさと気さくさに、父譲りの見目に優れた容姿も相まって、昔から男女ともに人気があったようだ。

 そんな性格だった愼は、その頃の美桜にとって、優しく頼りがいのある兄だった。

 けれどもそれは美桜が小学生一、二年までの話だ。

 そういえば、兄がまだ高校生だった頃だろうか。家によく遊びに来ていた同級生の友人がいたっけ。

 愼よりも身長が高く、普段はムスッと不機嫌そうな顔をしていたけれど、ごくたまにクシャッと相好を崩す様は、年上ながらに、大人しい性格ではしゃいだりしない美桜よりも子供らしかったし、なによりキラキラと輝いて見えた。

 その笑顔から目が離せなかった記憶がある。

 きっと滅多に笑わなかったから、珍しかったのだろう。

 といっても、小さかった頃のことだったし、記憶も朧気で、名前もどんな顔だったかも思い出せないのだけれど。

 今とは別人かと思うくらい愼も優しかったし、その頃のことがひどく懐かしく思える。

 ーーあの頃に戻れたらいいのに……。

 どんなにそう願ってみても、それは無理な話だ。

 美桜は一刻も早くこの場から離れたくて、愼の横を擦り抜けていこうとするが、愼によって手首をギリと強い力で掴んで足止めされたことにより。

「おい、待てよ」
「キャッ!?」

 遠い昔に思考を馳せていたせいか、気落ちしていた心が微かに浮上しかけていたというのに、痛みに顔を歪め咄嗟に短い悲鳴を上げた美桜は、厳しい現実へと強引に引き戻されることとなった。

「お前、まだ処女だよな?」
「////」

 まさかそんなことを訊かれると思わなかった美桜は、全身を紅く染め慄くことしかできない。

 そんな美桜の様子を見るまでもなく、処女であることを確信している様子の愼は、なおもニヤリと意地の悪い笑みを深めて、とんでもないことを言い放つ。

「いくら家の駒だからってさぁ。お前もあんなオッサンに処女捧げるのは嫌だろうし。なんなら俺が処女好きの男紹介してやろうか?」
「////ーーッ!?」

 余りの羞恥に、この上なく真っ赤になって、声にならない声を上げ、その場で縮こまっていると。愼のニヤついた顔がぬっと眼前に迫ってくる。

 同時に、ついさっき見せられた見合い写真の男の脂ぎった顔と愼の顔とが重なってしまう。

「////ーーヤダッ! 離してッ!」

 美桜は咄嗟に愼の身体を両手で押しのけていた。

「おいおい、これくらいのことで怖がっててどうすんだよ。さすが処女だな。否、そういうのが好きな奴には堪んねーのかもなぁ」

 けれども愼は少しも堪えるどころか、あからさまに初心な反応を示す美桜のことを心底楽しげに眺めつつ、クツクツと笑いながら肩を震わせている。

 昔は優しかった愼がいつの頃からか、薫と同じ態度をとるようになってからというもの、こんなふうにことあるごとに揶揄われてきたが、いつもは何を言われても右から左に聞き流してきた。

 だがこの手のことに免疫のない美桜は、愼に廊下の隅に追いやられ、真っ赤になって立ち尽くし、何かを言い放つことも、ましてや反論を返すことなどできないでいる。そこへ。

「美桜さんッ?! 大きな声が聞こえましたけど、どうしたんですかッ? 大丈夫ですかッ?」

 この家に引き取られて以来、身の回りの世話を焼いてくれている、使用人である麻美あさみの焦った声が広い廊下に響き渡った。

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