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#38 予想外な再会と魔の手

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 ど、どうしてお婆さんがこんなところに?
 それにさっきのアレはなんだったの?

 思いがけない人物の登場により、余計に頭が混乱してくる。

 昨日と同じ真っ黒なローブに身を包み、ファンタジーの本で知り得た知識によると、臣下の礼とやらをとっているお婆さんの姿に釘付け状態だ。

 未だ茫然自失状態に陥っている私とは違い、依然狼の獣人姿のレオンは剣を構えていて、私のことを背で隠すように前に立ち、お婆さんのことをじっと見据えたままでいる。

 まさに臨戦態勢だ。

 そこへ垂れていた頭を上げたお婆さんの、この場にはそぐわないえらく感心しきりの声音が放たれた。

「さすがでございます。お嬢様。いやしかし、まさかこれほどの能力を秘めておられたとは、この私めにも予想できませんでした」

  ーーど、どういうこと? 今のって、お婆さんがやったんじゃなかったの? ってことは、私? ええッ!? ウソ、本当に?

 お婆さんの言葉を聞いた私の頭の中は、驚きを通り越してもはや大パニックだ。

 私が脳内で、大騒ぎを繰り広げているなか、お婆さんの眼前に剣の切っ先を向けて身構えながら、レオンが再び地を這うような低音ボイスを響かせた。

「お前は昨日の。一体何用だ? 返答しだいではこの場で切り捨てる。心して答えろ!」

 普段は、王子様然としていてとっても優しいレオンだけれど、狼の獣人姿で剣を構える様は、勇敢な騎士そのもので、並々ならぬ気迫に満ちている。

 ーーたまにはこういう姿も凛々しくていいなぁ。

 なんて、気づけば、仰天するのも忘れて、凜々しいレオンの姿にうっとり見蕩れてしまっている。

 そこに今度はお婆さんから、実に予想外な言葉が飛び出してきた。

「いや~。それにしても見違えました。ずいぶんとご立派になられましたねぇ。お父上であらせられる国王陛下も、さぞかしお心強いことでしょう。お久しゅうございます。クリストファー殿下」

 ーーええ!? てことは、もしかしてレオンは王子様なの? クリストファー『殿下』って言ってたし。

 驚きの連続で、もう何がどうなっているのかさっぱりわからなくなっていく。

 ただただ瞠目したままで、お婆さんとレオンのことを交互に見遣ることしかできずにいる。

 すると今度は、私ほどではないが、驚いた表情でお婆さんのことを見遣っていたレオンが、怪訝そうな表情に変わり、不遜な声音を放つ。

「フンッ、そんな戯言に耳を貸している暇はない。さっさと質問に答えろ。それとも今すぐ切り捨てられたいか?」

 そうしてじりじりとお婆さんの方へとにじり寄っていく。

 レオンからは、今にも飛びかからんばかりの気迫と殺気が漂っている。

 ーーあれ? 違ったの?

 私が困惑していると、またまたお婆さんから、この場にそぐわない、にこやかな表情同様の朗らかな声音が繰り出された。

「覚えておられませんか? 昔、まだ殿下がよちよち歩きの頃に、何度かお会いしているのですが。あぁ、失礼致しました。私としたことが、自己紹介をすっかり忘れておりました。私は、十五年前まで、殿下のお父上であらせられる国王陛下レアンドル•パストゥール様に仕えておりました、魔法使いのソフィア・ロベールにございます」

 ーーてことはやっぱり、レオンはモンターニャ国王陛下の息子。つまり正真正銘の王子様だったんだ。

 真実かどうかを本人に確かめたくとも、相変わらず私のことを背でかばうようにして立ってくれているので、私からはレオンの顔を窺い知ることができない。

 レオンの反応を待っていられず、いても立ってもいられなくなって、私は思わず声を放っていた。

「それってつまり、レオンがモンターニャ王国の王子様だってことだよね?」

 すると真っ青な顔でこちらに振り返ってきたレオンが、私の両肩をがっしりと掴んできて。

「あっ、や、そのっ……違うんだ。ノゾミ。別に嘘をついていた訳じゃないんだ。ただ、言い出しにくかっただけでーーって、嘘をついていたことには違いないね。ごめん。

でも、信じて欲しい。マッカローン王国の王太子にいきなり異世界に召喚された挙げ句、追放されてしまったノゾミに、嫌悪されてしまうのが怖かっただけであって。神に誓ってもいい。騙すつもりはなかったんだ」

 人間の姿に早変わりして必死な形相で、矢継ぎ早に、怒涛の弁明を繰り出してきた。

 さっきまで構えていた剣も凛々しかった姿も、どこかに霧散してしまっている。

 勿論、レオンの豹変ぶりには驚きはした。

 けれども私は、不謹慎にも、自分のことで、レオンがこんなにも取り乱し、狼狽えてくれていることに感激し、胸をキュンキュンときめかせてしまっている。

 そこに再びお婆さんの声が割り込んできたのだが。

「おやおや、その様子ですと、お嬢様にはご内密にされていたのですねぇ。それはそれはとんだやぶ蛇となってしまい、申し訳ございませんでした」

 申し訳なさそうに謝ってきた直後に、なにやら難しい顔つきへと早変わりしたお婆さんの放つ、ただならぬ雰囲気と意味深な言葉に、

「ですが、もうあまり時間がございません」

何か心当たりでもあるのか、レオンの顔つきが真剣なものにガラリと变化した。

「それは一体どういうことだ?」

「詳しいことを説明している猶予はございませんので、単刀直入に申し上げます」

 レオンの声に促され、そう言って前置きしてきたお婆さんから簡潔な説明がなされた。

 なんでもお婆さんは、十五年前よりモンターニャ王国の王命により、このマッカローン王国に臣下として潜入していたそうだ。

 それはかねてから、マッカローン王国が近隣の国々を侵略しようと企てている、という噂があったからなのだとか。

 そしてその動きは、現国王が病床に伏し王太子が実権を握るようになったことで顕著になったようで。

 先日、予言者により、マッカローン王国が近隣の国々を支配下に置き、帝国を築くための資金源として、精霊の森に埋蔵されているという秘宝を探し出すのに、聖女として召喚された私の能力が最も有効だと予言されたそうだ。

 そうして最後に語られた次の言葉により、

「ノゾミ様の能力を利用するために、既にさっきの者たちとは違う使いが、ルーカス殿のところに向かっておりますことをお伝えするために参りました。おそらく、既に人質として捉えられているかと。ですので、お嬢様とご一緒に、早急に隣国へお帰りください」

命の恩人であるルーカスさんの身に、既に危険が及んでいることを知ることとなったのである。

 レオンには色々と聞きたいことがあれど、ルーカスさんのことが気にかかってしょうがない。

 勿論、私には、レオンと一緒に隣国に逃げるという選択肢などなかった。

「レオン、私今すぐ帰るッ!」
「ノゾミ、もちろん僕もそのつもりだよ」
「おふたりならそう仰ると思っておりました。私もお供させていただきます。さぁ、参りましょう?」

 こうして、私の言葉を聞き入れてくれたレオンとお婆さんとともに、ルーカスさんの家へと向かうこととなったのだった。

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