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#7 もふもふ可愛い狼くん
しおりを挟む「やだ~、狼じゃない。そんなの放っておいて早く戻りましょう?」
「……うそ、狼なの?」
精霊の森で子犬を見つけたと思ったら、なんと狼の子供だった。
狼なんて絵本や遠足で行った動物園で見たことがあったくらいだ。
それだって子供の頃だからおぼろげな記憶しかない。
そりゃ、わかる訳がない。
フェアリーに言われて初めて知ることとなった。
狼といえば、童話などの物語のなかでも悪役だと相場が決まっている。
本で知り得た情報によると、ローマ時代には神に近い存在だったらしいが、中世以降は忌まわしいものとして扱われるようになったからだそうだ。
どうやらそれは、今いるこの世界にとっても、そうであるらしい。
いきなり森のなかへと駆け込んでしまった私を追ってきたフェアリーは、私が抱え上げたばかりの、見るからにぐったりしている狼の子供の姿を視認した途端、忌々しげに綺麗な顔をゆがめている。
「そうよ。助けたりなんかしたって、恩返しされるどころか、食べられちゃうのがオチよ」
「……で、でも」
子犬だと思っていた私も狼と知り恐怖を覚えた。
けれども抱え上げた狼の子供は、背中に大きな怪我を負っているだけでなく、頼りないくらい軽いし。ぐったりとしていて呼吸も弱く虫の息だ。
今にも寿命を全うしてしまいそうだった。
このまま放置してたら、おそらく一時間ももたないだろう。
そんな瀕死の状態で放置なんてできるはずがない。
ーーなんとかして助けてあげなきゃ。
私の中の庇護欲が掻き立てられた。
自分自身もルーカスさんに救ってもらった身なので、他人事には思えなかったというのもある。
「私、放置なんかできない。何もできないかもしれないけど、助けてあげたい」
依然、至極嫌そうに眉間に皺を寄せているフェアリーに対して、そう言い放ち、狼の子供を助けた日から、一週間ほどが経った。
あの後、狼が怖いからではなく、ただ単に、毛むくじゃらの獣が嫌いだというフェアリーが止めるのも聞かずに、家に連れ帰り、ルーカスさんに診てもらったところ。
『傷は深いようですが、ノゾミ様の治癒魔法をもってすれば、直に癒えるでしょう』
『よかったぁ』
聖女として召喚された私の秘められているらしい治癒魔法で救うことができるという言葉に安堵しているところへ。
『ただ、この傷、ただの傷ではなさそうですじゃ』
今度は苦虫をかみつぶしたような難しい表情をしたルーカスさんの暗い声音が投下された。
『……ただの傷じゃないって、どういうことですか?』
思わず聞きかえした私のことをいつもの優しい眼差しで見遣ってから。
『……昔、ゴブリンに呪いをかけられた人を見たことがあったのですが、その時の傷によく似ている気がしただけですじゃ。といっても、わしも、この通りもうろくしとりますのでなぁ、自信はないのですじゃ』
その当時のことを思い返してでもいるのだろうか。
どこか懐かしむように窓の外へ視線を向けてそう言うと、はははと笑って、狼の傷に薬草をすり潰したものを塗りつけてから、手慣れた手つきで端切れを包帯のように巻いていく。
『……そんなに案じなくとも、これくらいのことで死んだりするようでは、自然界では生き抜いていけませんからなぁ。それに、精霊の森では、野生動物の中では頂点に君臨する生き物です。すぐに元気に駆け回るようになるはずですじゃ』
ゴブリンの呪いなんていう言葉に、得体のしれない恐怖心を抱いてしまい、きっと泣きそうな顔でもしていたのだろう。
そんな私を安心させようとルーカスさんがかけてくれた言葉通り、狼の子供の傷は少しずつ少しずつ日ごとに癒えていった。
はじめはなんの反応も示さず、目を開けることも唸ることもなく、ぐったりとしていたので案じたが。
翌日には、目も開け、サファイアブルーの円で綺麗な瞳をウルウルさせて、私に甘えるようにして擦り寄ってきて、少しも離れようとしなかった。
それが可愛らしくて、膝に乗せると、そのまま力尽きたように何時間も眠りこけていた。
それから徐々に回復し、動けるようになってからも、助けたからだろうか、私に酷く懐いていて、今では私の寝床でないと寝付かないほどだ。
聖女の私に備わっていた治癒魔法をどうやったらかけられるかは、依然としてさっぱりわからない。
だが、どうやら一緒にいるだけで効果はあるらしい。
ーーあの、まことしやかな例の言い伝えも、本当なのかもしれない。
そう思うと、また暗い心持ちになりそうだったが、可愛い狼の子供のお陰で、それもしだいと薄れていった。
あれから一週間が経過した今では、『レオン』と名付けた狼の子供を巡って、私とピクシーの間では、取り合いっこをするようになっている。
「もう、レオンったら擽った~い」
「あー、ノゾミばっかりズルイ~。僕も抱っこしたーい」
「やだぁ。二人ともそんな毛むくじゃらのどこがいいわけ? いくらケガしてるからって、寝床に入れるなんて信じらんない」
「え~。フェアリーこそ信じらんない。毛並みも綺麗でモフモフして気持ちいいし、こんなに可愛いのに~」
「そうだよ、そうだよ。こんなに可愛いのに~。フェアリーってば冷たすぎ~」
「悪かったわね、フンッ。まったく、どこがいいんだか」
そんな私たちのことを獣嫌いのフェアリーが冷ややかな眼差しで眺めながら、ツンとした口調で辛辣な台詞を放つのがお決まりとなっていた。
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