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第六章「犯人」

「すごいところだねぇ」

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「あっ、あぁっ……、ん~、きもちぃ……」

 堂々とセックスをしている男女ペアが一つのソファを専有し、周囲を見物客が取り囲んでいる。彼らは入ってきた俺達に、まるで獲物を見定めるような視線を向けてきた。男の目がイリスさんに、女の目がピオさんとオリバーに注がれる。

「オリバー! 来てくれたんだね!」

 ホワイトニーらしき女性がオリバーを見つけると同時に腕に絡みついてくる。ワンダさんに負けず劣らずの胸を強調した服だった。キツいピンクの髪色は魔法によって変えられているのだろうか、オレンジの瞳とあいまって、人工的な香りのする女性だった。

「さ、さっそくあっちで二人きりになって色々話そ?」

 ぐいぐいと空いているソファの方に引っ張られていく。オリバーは目で俺に気をつけるようにと告げ、ホワイトニーの後ろをついていっていた。

「すごいところだねぇ」

 感心したようにイリスさんが周囲を見渡す。

「人間の心のサンプルが大量に得られそうだ。私は長年もったいないことをしていたな」

「サンプルとか言うな。ってか、俺がいない時には絶対に一人で来るなよ?」

 元警官が釘を刺す。彼が心配になる理由がわからなくもない。

「ねぇ、今回が初めて?」

 オリバーの方を見ていると、イリスさんに知らない男が声をかけていた。ち、と舌打ちをするとピオさんが薄紅色の髪を持つ美人の腰を抱く。

「悪いけど、今日のコイツは俺が独占させてもらうから」

 に、と不敵に笑うと、ピオさんは俺の肩も抱いてソファに促し、座らせる。店の中がよく見える、奥の方の席だった。カウンターを始めとした先客の視線が突き刺さる。3人でするとでも思われているのだろうか。

「かっこよかったよ、ピオ」

 未だに腰を抱かれているままのイリスさんがくすくすと笑っている。ピオさんは大きなため息をついた。

「ありがとよ……。言わんこっちゃねぇな。速攻で声かけられてるじゃねぇか」

「こういうところだったんだね。確かに、私もウィル君が一人で来るとしたら心配してしまうな。オリバー君があそこまで嫌がるわけだ」

 横目でオリバーを見る。ホワイトニーにしなだれかかられていた。
 む、と頬を膨らませる。

「俺だって嫌だったよ……。お前らトラブルの種にしかなんねーんだもん」

 言いながらピオさんはメニュー表を見る。酒に混じってなにげに媚薬などと書かれていた。更にはノンアルコールのフリをした強めの酒の頼み方も書かれていて眉をしかめてしまう。酒に弱いオリバーはここでは何も口にしないほうが良さそうだと思った。
 ドリンクを選びながらもついちらちらと元恋人を見る。やたら接近されていて、心臓がむかむかとしてしまう。

「気になるかい?」

 イリスさんが視界を塞ぐ。俺はう、と口の中でもごもご告げながら身を引いた。

「それは……、まぁ……。一応元恋人ですし」

「元?」

「……今は記憶がないですから」

「その割にはオリバー君は君に執着していたようだけど」

 薄紅色の竜人は視線をオリバーの方へ向ける。ピオさんも大きく頷いた。

「たしかにな。昨日なんか、昔のアイツに戻ったみたいだったし。マジですごかったんだぜ? いきなり家が揺れたかと思ったら、ウィルを返せって地を這うような声が聞こえてきて……」

 そのあたりは眠っていたので全く覚えていない。

「ああ……、話を聞いていたら、どうやら前のオリバーの記憶が入っているのか、俺が他の人に取られるかも知れないって知ったら、すごく不安になったらしくって……」

 イリスさんは目を見張り、人差し指を口に当てた。

「へぇ……、それは面白いね」

「……面白いですか?」

「そうだろう? 前に言ったよね? 性格は記憶が作るって。今の彼にはその記憶がない。なのに、君に固執する特徴が残っているなんて、大変興味深いよ。私は今まで魂や心に性格は宿ると思っていたけれど、体にも性格は宿るのかな? もっと色々試してみたいな」

 目がキラキラと輝いている。悪気はないのだろうが、どうにも危機感に欠けていた。てい、とピオさんがイリスさんの額を弾く。

「他人の一大事を面白い、じゃねーだろ。ただでさえお前はウィルの体をまだ元に戻せてねぇんだから」

 はぁ、と元警官が体をソファにもたれさせながら手を上げる。宙を舞って紙が飛んできた。ウェイターが魔法で飛ばしたのだろう。それにピオさんはドリンクの名前を書き、魔法で再びカウンターに戻す。
 薄紅色の竜人は頬を膨らませた。

「だから好きになってもらうように努力しているだろう? ああ、そうそう。男性に戻ったからといって、別れなくても大丈夫だよ? そのまま恋人として過ごそうね?」

 にっこりと笑うが、俺は頬を引きつらせるだけだった。オリバーと出会っていなければ、きっとイリスさんに恋心をあずけていただろう。けれど、俺の心はやはり彼に占領されてしまっている。

「あの……、そういえば、俺とオリバー、昨日キスしたんですけど、俺の体は元に戻らなかったんです。……何故でしょうか?」

 尋ねると、二人は目を瞬かせて俺を見る。

「キスしたのかい?」

「あのオリバーと? 記憶を失っていても好きな人とじゃなきゃキスしないとか言っていたアイツと?」

 二人が身を乗り出して聞いてきた。言うんじゃなかったかな、と焦りながらも首肯した。

「はい……、俺が満月のせいで理性を失っていた時に押し倒して……。でも、戻らなかった」

 肩を落とす。イリスさんはあっさりと返した。

「幸せなキスじゃなかったんだろうね」

「え?」

 目を瞬かせると、彼は人差し指を一本立てた。

「好きな人とキスをすると、幸せな気持ちになるだろう? それこそがトリガーなんだ。粘膜同士の接触で、幸福な気持ちになる。幸福が一定以上の大きさにならないと、元には戻らない。いくらオリバー君を好きだと言えど、記憶を失っているからか、君が理性を失っている状態だったからかはわからないけれど、キスをしてもそこまで幸せじゃなかったんだろう」

 言われてみると納得する。最中、俺はずっとやめるように心に命令をしていたし、ヒヤヒヤしていた。以前のように頭がぼうっとして、幸せで仕方ないようなものではなかった。

「……なるほど」

 納得をして俯く。

「その場合、例えば薬で興奮してからキスをしたらどうなるんだ?」

 ピオさんが話に乗ってくる。イリスさんは首を傾げた。

「多分うまくいかないだろうねぇ……。薬やお酒での興奮は不純物だから」

「そんなもんなのか……。てか、お前それ最初は自分で試すつもりだったんだよな?」

 じとり、と元警官が幼馴染の瞳を見つめる。ほぼ同時にカクテルが三つ運ばれてきた。俺とイリスさんの分はノンアルコールカクテルのようで、わかりやすくグラスをリボンで結ばれている。

「確かに私で試すつもりだったけど、私の場合魔術具に転用する予定だったんだ。必要な時に装着して女性になり、そうでない時には外して男性に戻る、そんな呪具を開発する予定だったんだよ」

 確かに、その状態であれば一定の需要は見込めるかもしれない。ピオさんは納得がいっていないような顔をしていた。

「……そういう、犯罪捜査が難しくなるようなもんは出来るだけ作らねぇでいてくれると助かるんだけどな」

 疲れたように告げながらもグラスを手に取る。さすが元警官である。考えることが犯罪対策の視点だった。イリスさんは唇を尖らせる。

「……犯罪を助長するためじゃなかったんだけどな」

 二人の間に気まずい空気が流れ始めた。なんとか話題を探そうと周囲を見回す。ふいに、男と目があった。
 以前、ミリアさんの店で会ったナルシスト男、シャリアだった。
 彼も俺の方を覚えていたようで、にぃ、と笑うと隣に座ってきた。

「やぁ、また会ったね。今日はどうしたんだい? 別の男を連れているね。浮気かい?」

「……違います」

 あえて今こんなところで会うなんて、と心の中でため息をついた。

「オリバーのほうはあっちで女とイチャついていたな。やっぱり、一人だけじゃものたりなかったのかな」

 ふふん、とあざ笑われ、俺は瞳を細めた。

「彼女とオリバーはそんなんじゃありません。実際、俺は事前に彼女と会うことを報告されていましたから」

 実際には報告ではない。話の流れで教えてもらっただけである。けれどあえて今それは言わない。

「なぁ、ウィル。誰だ? そいつ?」

 ピオさんの言葉にシャリアは二人に視線を移した。イリスさんの顔を見て、彼は眉を上げる。

「また、結構な美人をお連れで。新しい恋人かい?」

 薄紅色の竜人は口だけで微笑んだ。どうやらイリスさんはシャリアの好みだったのか、彼は薄紅色の美人の隣に移動し、指を絡めた。

「これはまた、美しい人だ。どうだ? 俺と一回ヤってみないか?」

 ちゅ、とイリスさんの手の甲に口づける。口説き言葉まで品がない男だな、と呆れた。口説かれた当人はじ、と求愛者を見る。それから、彼の顎を手に取った。
 もしかしてイリスさんのほうもお眼鏡に叶ったのだろうか。ヒヤリとして見つめていると、彼は首を小さく傾けた。

「……君は、不思議な魂の色をしているね。金メッキというのかな? 根元は淀んだ緑なのに、周囲を光り輝く金色で覆っている。……もしかして、魔法で顔を変えているのかい?」

 まじまじと様々な角度から覗きながら告げる。そうなのか、とシャリアを見ると、彼は憎らしそうにイリスさんの手を弾いた。

「なんだ、お前……」

 その態度に、もしかして本当なのだろうかと考える。
 イリスさんは腕をまくり、腕輪を見せてきた。

「この鉱石は私が作ったものでね、装着していると、他人の魂の色が見えるんだ。ウィル君は抱きしめてしまいたいひだまりの色、ピオは美しく気高いエメラルドグリーン、そして君は、淀んだ緑を囲むピカピカした金色だ。不思議な構成だね。思い当たることはあるかい?」

 美しいピンク色の瞳に見つめられ、シャリアは口を引き結ぶ。その時だった。

「あはは、お兄さんアタリー! コイツは私が魔法で顔を変えてあげたんだよね」

 ホワイトニーだった。オリバーの腕を組んだまま、向かいのソファに座る。彼女はにぃ、と微笑む。彼女自身の顔も作られたものなのか、鼻筋あたりに違和感があった。
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