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第八章「ダンジョン」

「そうだね。愛の力だ」

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 彼女は飛び上がりオリバーに抱きつく。金の竜人は、視線を彷徨わせ、俺達のいる扉で止めた。
 一瞬目があったような気がしたが、そんなことはないはずだ。覗いてはいるが、扉は一センチも空いていない。この距離では気が付かないはずだ。
 けれどオリバーは彼女を片手で抱きしめ、もう片方の手の人差し指と中指を動かす。まるで来いと言っているような動作だった。

「……あ」

 ウェンディが反応する。

「どうしたんだ?」

「……あの、先程のオリバーさんの手の動き、ミッシャーの時ならパスをくれって意味なんです。……でも、何を」

 なるほど、とやっと俺はカラクリを理解した。

「俺だ。俺を投げろって意味だと思う」

「え!? こんな遠くからですか? 一つ間違えたら、割れて死んじゃうかもしれませんよ!?」

 ウェンディはバ、と俺を見る。ここからオリバーのいる場所へはイリスさんの家二つ分の距離はありそうだった。たしかにこの距離から投げて、オリバーが受けそこなったら地面に叩きつけられ、先程の比じゃないくらいに粉々に砕けてしまうだろう。

「君、ミッシャー大会子供の部で準優勝したんだろう?」

「もう五年は前の話です!」

 彼女の手が小刻みに震えていた。

「オリバーだってエースなんだから、何の勝算もなくやるわけないよ。きっと受け取ってくれる」

「あの……でも……、ウィルさんだって怖くないんですか? 失敗したら死んじゃいますよ!?」

「大丈夫! 君のこともオリバーのことも信じてる。何より……、アイツが俺を受け損なうなんて絶対にない」

 九割本気で、一割虚勢だった。
 それでも、確信がある。
 今のオリバーの中にも俺に対する執着は存在する。イリスさんの家に突撃してきた彼を思い出す。誰かに取られたらソイツを殺してしまうかも知れないと語っていた。他人にフレンドリーな竜人がそこまで言うのだ。アイツは何があっても……、それこそ、暴投されても受け取りに行くだろう。

「……オリバーさんを、信頼しているんですね」

 ポツリとウェンディが呟く。まだ唇が震えていた。
 そんな彼女の背中をばしばしとワンダさん達が叩く。

「なんだかよくわかんないけど、ムリなら私やろうか?」

「え……!?  それは結構です!」

 ウェンディは即答する。ワンダさん達はケラケラと笑った。

「じゃあ、ウェンディお願い! 大丈夫! アンタがダメなら皆ダメだよ!」

 この中で一番成功率が高いのは間違いなく彼女だろう。
 覚悟が決まったのか、ぎゅ、と痛くない程度の力で俺を握る。

「いち、に、さん、のさんの時にワンダさん達とシシリアさんは扉を開いてください」

 腰を屈め、狙いを定める。シシリアさん達も扉に手をかけた。

「いち……、に……」

 ぐぐ、と体が下がっていく。俺は出来るだけ投げやすいように体を丸めた。

「さん!」

 彼女の声とともに扉が開かれ、光が入ってくる。中ではオリバーとウェノラが抱きしめ合っており、キスをしようとしていた。
 くるくると空を舞い、オリバーの元へと飛んでいく。彼は俺を見つけると、ニ、と微笑み、一歩後ろに下がった。

「……オリバー様?」

 不審に思ったであろうウェノラがオリバーを見上げる。その時には俺は彼の手の中に収まっていた。

「よろしく、ウィル!」

 俺をウェノラの顔に近づける。ぴょん、と飛び乗り、彼女に抱きついた。そのまますぐに能力をコピーし、彼女にかける。

「うぁ!」

 咄嗟に飛び退いて、俺は自分の体を取り戻した。当然土人形ゴーレムの中にはウェノラが入っている。壊さないと、いつまた体を乗っ取られるかわからない。俺は思い切り彼女を石の床に叩きつけようとした。

「待った!」

 紫色のシールドが俺の手にあった土人形ゴーレムを包む。駆け寄ってきたシシリアさんの防御魔法だ。

「え……? シシリアさん!?」

「この内部に居たら魔術が使えない。魔術師を捕らえるための結界魔法だ。彼女の魂はこちらで拘束させてもらう。他にも余罪を聞き出したいからな」

 ふわ、と彼女が手を引っ張るような動作をすると、土人形ゴーレムの入った結界は彼女の手元へ収まった。

「ありがとう、二人共。よくこいつを捕まえてくれた」

 女性警官が微笑む。ウェンディとワンダさん達も到着した。
 ふいに、くい、くい、と俺の裾が引かれ見下ろすと、二体の手のひらサイズの土人形ゴーレムが俺の足を引っ張っていた。先程の騒動の時に地面に落ちてしまったピオさんとイリスさんだろう。

「よかった! 無事だったんですね」

 俺は二人を元の身体に戻す。クセのある能力だが、一人ずつ焦らずに処置していけば何とか使えそうだった。

 まずはピオさんが自分の体を取り戻す。起き上がった彼にシシリアさんが近付き手を差し出した。

「無事で良かったよ、ピオ」

「お前もな」

 ピオさんは彼女の手を掴むと起き上がる。そうして、熱い抱擁を交わした。新人時代からの絆を感じさせる抱擁だった。
 俺は今度はイリスさんの魂を戻す。彼は気だるそうに目を開いた。

「……ウィル君」

 俺の姿を見、それから抱きしめ合っているピオさんに視線を移し、彼は口角をあげた。寂しそうな笑顔だった。
 抱擁が終わり、シシリアさんがイリスさんの方を向く。

「イリスさん、この度は冒険者一行への参加を誠にありがとうございました」

 彼女は誠実に頭を下げた。

「気がついていたかと思いますが、ピオにお願いしてあなたの捜査をしてもらっていました。期間中、ご不便をおかけしたかと思いますが、どうかご容赦いただけると幸いです」

 イリスさんはよろよろと起き上がり、彼女の肩に手をかける。

「いえ……、市民の保護も犯罪を未然に防ぐことも警察の義務です。その一環で怪しい人を疑い、捜査をするのは間違った行動ではありません」

 頭をあげさせると、手を差し出す。

「この度は、犯人確保おめでとうございます」

 ふわり、と微笑む。完璧な“大人”の笑顔だった。シシリアさんは手を握り返す。

「そう言っていただけると救われた気持ちになります。ありがとうございます」

 そ、と二人は手を離した。真剣な女性警官からは他意は読み取れない。だからこそイリスさんも先程の対応ができたのだろう。

「よかったね~! でも、なんで私たちがあそこにいるってわかったの?」

 不思議そうにワンダさん達がオリバーに尋ねる。ふいに、隣に立っている幼馴染から酒の匂いがした。やっぱり、と彼を苦笑交じりに見上げる。

「ウィルの様子を予知しておいたんだ。で、土人形ゴーレムに入っている事も、ウィルの体の中にウェノラがいることもわかってたんだ」

 オリバーは泥酔していれば精度の高い予知夢を見られる。更には増幅の才能を持つピオさんもいる。こちらの事情は全て察した上でウェノラに接していたのだろう。とはいえ、直接干しブドウを食べさせたり膝の上に乗せるのは時間稼ぎにしてもやり過ぎとは思うが。

「いつもなら、今頃立つこともできないだろうに、そこはどうしたんだ?」

「イリスお手製のポーションがすごくてね。あっという間に酔いが覚めたよ……。本当にマズかったけど」

 金の竜人は肩をすくめる。役に立つとは思えなかった多種多様の薬がこんなところで有用性を発揮するとは。イリスさんはどこか誇らしげににこにこと微笑んでいる。

「へぇ~。ウィルはそのことをわかっていたんだ?」

 ワンダさん達は俺の方を見る。俺は首を縦に振った。

「ああ……。オリバーはいつだって、俺を見つけてくれていたから」

 それこそ、幼少期からどれだけ逃げようと予知夢の能力で追ってこられていたのだ。

「なるほどねぇ……。これが愛の力ってやつかぁ」

 うん、うんとワンダさん達が頷いている。

「愛の力?」

 首を傾げた。彼女たちは続ける。

「普通さ、いくらカラクリが分かっててもあそこまで躊躇なく他人を信じられないものだよ。一歩間違ったら死んでしまうかも知れないのにさ」

 ウェンディも頷いている。ああ、と俺は自分でも不思議な気持ちになった。
 以前話したときはオリバーを楽観的と思ったのに、あの状況になると一も二もなくオリバーのことを信じていた。

「……なんでだろうな。オリバーなら何があっても大丈夫だと思えたんだ」

 それこそが信頼なのだろう。オリバーは俺をまじまじと見て、相好を崩す。

「そうだね。愛の力だ」

 女性警官は周囲に向かって呼びかけた。

「それじゃあ、早くここを抜け出して、病院にいる人達を元に戻そう」

 俺達は動き出す。トランシーバーで連絡を取り合い、ダンジョン内の冒険者は皆、土人形ゴーレムを保護しながら出口を目指したのだった。

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