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第七章「ウェノラ」
「彼女がまじないの出どころだと」
しおりを挟む彼女と会うことをピオさん達に告げると、ピオさんは一瞬ついて来たそうにしていたが、このままだとシャリアさんとイリスさんが二人きりで帰ることになると気がついてしまったのか、後で何があったかを報告することを約束させられた。
そうして夜になり、シシリアさんに連れて来られた場所は警察署だった。どうやら秘匿捜査をしていたらしく、仕事の一環として私服で歩き回っているところ、俺達と出会ったようだった。
取調室の一つに入り、彼女はさて、と口を開いた。
「話というのは、ウェノラ・ガーゴートに関することだ」
彼女は両手を机の上で組んで、正面に座った俺達を見つめる。
「ウェノラ……?」
オリバーが眉間にシワを作る。
「ああ……。導き様を調べていて、ある証言が得られたんだ。彼女がまじないの出どころだと」
「……え」
俺は息を飲み、となりで金髪の麗人がぽかんと口を開けた。
「彼女が? ……なんで?」
「それを君たちに調べてほしいんだ。彼女の家には金がある。門番もいれば番犬も居る。そもそも警察が忍び込むのには問題がある。そして、今の状態ではまだ彼女に接触しての取り調べはできないんだ。導き様にまじないをした人が自殺すると言っているが、確固たる証拠がない。……今はまだただの統計でしかないんだ」
シシリアさんは苦そうに奥歯を噛みしめる。
「……なるほど」
オリバーは何かを考え込んでいる。
「彼女を疑うのは気が引けるけど、俺も命がかかってるからなぁ……。わかりました。依頼は受けましょう」
彼は一度頷く。ならば、と俺も参加した。
「じゃあ、俺もオリバーの護衛として一緒に行動します。隣には居られなくても、半径五メートル以内なら何とかなりそうですし。俺は人狼ですから、狼になればもしかしたら一緒に彼女の屋敷に入れるかも知れません」
とん、と胸を叩く。シシリアさんはホっとしたように頷いた。
「そうか……。ありがとう。報酬はまた別途払わせてもらう」
深々と頭を下げる彼女に、俺とオリバーは視線を交差させたのだった。
「なるほど。それでウェノラを調べることになったんだね」
夜、俺はイリスさんに呼ばれて彼の部屋に行く。オリバーもついてきていたし、中にはピオさんもくつろいでいた。
あのあとどうしたのかと聞かれ、シシリアさんと会ったこと、頼まれたことを軽く話す。
「はい。ウェノラは導き様についてより詳しく何かを知っているのか、知っているとしたら、それは何なのか。また、その知識の出どころはどこなのか、と探ってきてほしいようでした」
「更に可能だったら、自殺を止める方法や『楽園に行く』とは何のことか知りたいとも言われたけど、一度にそんなにはムリだろうね」
オリバーが補足する。俺もそれには同意だった。
「確かに証拠がない以上、しょっぴくわけにもいかねぇもんなぁ」
ピオさんが呟く。彼は隅の方でクッションに座り、本を読んでいた。その奥に屋根裏に続く階段が見える。階段との間に仕切りはなく、たしかにこれならばピオさんが心配するのもわかるな、と思った。
「未だに俺、シャリーと会ってるんだけどさ、ウェノラが噂の出どころだってつきとめたのは彼女なんだよ」
ウェンディの元雇い主の名前が出て俺とオリバーの視線が元警官に集中する。
「……シャリー、元気? 最近ミッシャークラブにも顔を出していないようなんだけど」
あんな事をされても彼女を気遣っているのだろう、情に厚い金の竜人が尋ねる。ピオさんは微妙そうな顔をした。
「まぁ……、あんまり元気はないよな。未だに学園ではウェンディの自殺は彼女のせいだって噂が消えていないんだから。それでも、彼女なりにウェンディに悪かったと思っているのか、ちゃんと調査はしてくれていたようなんだよな」
「……そっか」
視線をそらし、オリバーは壁際に座る。
「そういえば、アリスはどうしてウェノラと知り合いだったんですか?」
話題を変えたくてイリスさんに話しかける。彼は眉尻を下げた。
「児童書コーナーで本を選んでいたら知り合いになったんだって。それ以来、たまに図書館で会っておしゃべりをするらしいよ」
「アリスとウェノラが知り合い?」
ピオさんが食いついてくる。軽く経緯を説明すると、彼は顎のあたりを撫さすった。
イリスさんが続ける。
「それでね、今日ウィル君を呼んだのは、以前渡された薬の成分分析がやっと終わったからなんだ」
言われて一瞬考えてしまった。そういえば、ミリアがどこからともなく手に入れた媚薬の成分を分析してもらえるようにお願いしていた。
「それって、俺が飲まされた薬?」
被害者が尋ねる。イリスさんは一度頷いた。
「ああ、君が服用してしまったのかい? 災難だったね。コレは強い薬だから、辛かっただろう?」
「あー、うん、まぁ……」
オリバーはそっぽを向く。態度から色々と察せてしまうが、そのあたりのことをどう思っているのか、イリスさんは平素の様子で続けた。
「これはね、北の方の森林で取れる薬草から作られているね。あちらの村では名産品になっているくらいポピュラーなものだよ。依存性はないし、後遺症も残らない。そこは安心していいよ」
「北の方の名産品……。だとしたら、もしかしてミリアさんが買ったのを忘れていただけってことも考えられますかね」
「それが一番納得がいく説明だろうけど、どうだろうね。もらった瓶には何の記述もなされていない。普通お土産として売られているものはブランド名が書かれているものだからね」
「誰かの家での手作りの線が濃厚ってこと?」
オリバーの言葉にイリスさんは頷く。
「そうだね。とはいえ、成分的にはそこら辺で売られているものよりも優れているくらいだよ。体の影響はそんなに考えられない」
「……そう」
安心したように返し、オリバーは立ち上がった。
「じゃ、明日も早いしそろそろ寝よ、ウィル」
彼は俺の手を取り部屋から出る。俺もぺこりと頭を下げて彼のあとについていった。
オリバーの手が伸び、俺に首輪をつける。革製のベルトで作られたそれから鎖が伸びていた。
「……あの、ほんと、ごめんね? 俺も本当はこんなことしたくないし……」
しどろもどろにオリバーが続ける。
現在俺は街のペット用品店の前で狼の姿になって、まるで犬のようにリードをつけられていた。
「クゥ……」
別に気にしていない。そもそもウェノラのようなお嬢様の家に行くのに鎖のついていない狼なんてつれていったらそれこそ怪しまれる。
そうしてたまたま犬の散歩ならぬ狼の散歩を装って彼女に偶然出会い、家に招待してもらおうという計画だった。
シシリアさんにお願いされてから二日が経った。今日は休日。普段はセントジョーンズ学園の寮で暮らしている彼女だが、実家に戻りのんびりと過ごす日のようだった。
「えっと……、できた……、けど」
オリバーは伏し目がちに俺の首から手を離す。買ったばかりのリードは硬くて息苦しかった。
「クゥウ……」
とてとてと歩いてショーケースのガラスに自分の姿を映す。オリバーが挙動不審になるのが不思議なくらいに似合っていた。
「一応、鎖は俺が持っているけど、苦しかったらすぐに教えてね」
「ワゥ!」
よく見るとオリバーの耳が赤い。そんなに変な姿だろうかと再びガラスに映った自分の姿を見るが、やはりおかしいと思えなかった。むしろ飼い主と犬に擬態できているような気がする。
「あとは、ウェノラが現れるのを待つだけだね」
彼女の家に向かって歩き出す。天気は晴れで、抜けるような青空が広がっていた。気分がよく、ついつい尻尾も揺れてしまう。
散歩気分で歩いていると、彼女の家についた。屋敷の前に馬車が止まっている。中からはセントジョーンズ学園の制服を着たウェノラが出てきていた。
「ワゥ! ワゥ!」
彼女の注意を引こうと数度鳴き声を発する。銀髪の少女は視線をこちらに向け、オリバーを認めて頬を紅潮させた。
「まぁ! オリバー様! 何故ここに? 犬の散歩ですの?」
犬じゃなくて狼だが、そう擬態したのは自分だ。うまくいっているようだ、と胸をなでおろす。
「うん。天気がいいからね。君に会うなんて思わなかったな」
「きっと運命ですわ! せっかくなので私の家でゆっくりなさいませんこと?」
両手を胸のあたりで組み、キラキラとした瞳を輝かせて俺達を見つめている。
「いいね! この子も一緒に行っていいかい?」
オリバーは俺の頭を撫でる。もちろんですわ、とウェノラは微笑んで頷いたのだった。
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