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第六章「犯人」
「ねぇ、今回が初めて?」
しおりを挟む「おい! ホワイトニー!」
シャリアが抗議する。彼女は気にした様子なく、ケラケラと笑った。
「ごめんね~! オリバーがずっとこっちを見てるから気になって来ちゃった!」
ソファの上で彼女は脚を組み直す。短いスカートから中が見えそうでヒヤっとした。オリバーに視線を移すと拗ねたように俺から視線をそらす。
「コイツね、私の同僚で、お化粧品屋で働いてるの。でも、元の顔があまりイケてなくてね~、いくら営業かけようとしても全然相手にされなかったんだぁ~。だからが私の才能である美容魔法で顔を綺麗にしてあげたの」
シャリア以外の一同が呆気にとられてホワイトニーを見つめている。
「そしたら周囲の反応が全く違っちゃって、すっかり拗ねちゃったの。当たり前だよねぇ。人は見た目が九割って言うし?」
「……うるさい!」
怒鳴るシャリアに、ホワイトニーは堪えた様子なく笑っていた。彼女は金の竜人の腕に頬ずりをする。
「まぁ、私はオリバーみたいな天然百パーセントのほうが好きだけどね?」
ち、とシャリアが舌打ちをする。
「天然だろうが魔法だろうが、結果を手に入れたヤツの勝ちなんだよ。そのために金はくれてやっただろ」
葉巻を取りだして火を付ける。ふわ、と白い煙を吐き出した。
「ああ、そうだよ。ホワイトニーとそこのピンクの兄ちゃんの言うとおりだ。俺の顔は魔法で作ってもらったもんだよ」
「治療術師というのも嘘だったんですか?」
確か前回会った時にそう名乗っていたような気がして尋ねる。シャリアは首を縦に振る。
「そう言えば俺に興味なかった連中すら目の色を輝かせるからな」
「……なるほど」
随分と彼は虚飾にまみれているようだ、と内心でため息をつく。俺の顔から何を考えているか察したのだろう、不遜な男は舌打ちをした。
「いいだろ? 別に……。ワンナイトの相手に真実なんて求めなくても。どうせ世の中嘘だらけだ。だったら、気持ちいい偽装でお互いハッピーなほうが」
「そういうところがモテない理由なんじゃないの?」
キャハハ、とホワイトニーが笑う。
「まー、でも、確かにここで会う人なんて、次回また会うかなんてわかんないもんねー。オリバーだって、あの夜以来ここに来なかったし」
彼女はオリバーの隣でグラスを傾ける。どうしたらそんな色が出るのかと聞きたくなるような、スカイブルーの色をしたカクテルだった。
「……あの夜って、俺が記憶をなくしたあの夜?」
オリバーは彼女に向き直る。あまりにも距離が近い。あと少しで唇と唇がくっつきそうだった。
「そうだよー。ひどいよ、オリバー。私が恋人だって言ったのに、他の子とたくさん遊んでたんでしょ?」
人工的な女性は甘い声で金の麗人にすり寄る。シャリアが鼻を鳴らした。
「ハ……。そのオリバーだって嘘つきじゃねーか。自分には心に決めた人がいるとか言っておきながら、記憶をなくしてから一体何人とデートしたんだ? 入れ喰い状態だったんだろ?」
バカにしたように告げてさらなる葉巻に手を出す。オリバーは一瞬眉をしかめたが、すぐに無表情に戻った。
シャリアはオリバーを指差した。
「散々愛について語ったくせによ~。今はどうだ? 全く別のヤツを恋人にしてんだろ?」
言いながら整形男は俺を見る。以前出会った時にオリバーが俺とつきあっていると言ったからだろう。
「……ウィルが、全く別のヤツ?」
じ、と金の竜人はシャリアを凝視する。
「お前が語ってたんだろ? 自分と恋人の間には愛があるから、たとえ記憶がなくなってもまた好きになるって。そんなに言うんならどんな相手かと思うじゃねーか。だから根掘り葉掘り尋ねたんだよ」
オリバーの隣でホワイトニーがぎょっとした顔をした。
「うるさい! アンタ、これ以上喋るんなら元の顔に戻すよ」
彼女は目を釣り上げる。元の恋人の特徴を語られたら自分ではないとバレてしまうからだろう。
「いや、ぜひ聞かせてくれよ」
オリバーが身を乗り出す。けれどホワイトニーが睨むものだから、シャリアはすっかり萎縮してしまったようだった。
「……わかったよ。これ以上はやめておくよ。まぁ、とりあえず賭けは俺の勝ちだな」
「……賭け?」
「お前と俺で言い争いになったんだよ。お前は真実の愛は存在すると告げて、俺はないと言う話になった。そこで、俺がお前の記憶を消して、それでも同じ相手を好きになったら真実の愛を認めようと」
「…………」
沈黙が落ちる。
「……どうやって俺の記憶を消したんだ?」
オリバーの声が重い。シャリアはポケットから紙を取り出した。見覚えがある。嫌というほどに。
導き様の魔法陣だった。
彼は胸を張る。
「これを使ったんだよ。俺とお前の血で血判を押した」
紙の中央には二人分の拇印があった。
背筋が冷える。なんてことをしたんだ、と横目でオリバーを見るが、彼の顔も蒼白になっていた。
ふいに記憶を失った日を思い出す。彼から酒の香りがした。この幼馴染はたった一滴でへろへろになる。だから普段はあまり酒を飲まない。
どうやったかは知らないが、オリバーに酒を飲ませ、その上で血判を押させたのだろう。
奥歯を噛みしめる。
記憶を無くす前のオリバーが浮気をしているとは到底思えないので、俺のことを恋人として語ったのだろう。その特徴と今の俺が違っているからシャリアはオリバーの愛は偽物だったと思っている。
その時の俺と今の俺では見た目の性別が違う。きっとオリバーは俺のことを男だと言ったのだ。
シャリアにむかって問いかけた。
「あなたは、そのまじないに何を願ったのですか? オリバーの記憶をなくすことそのものですか? ……それとも、賭けの決着をつけることですか?」
声が震える。シャリアは俺に一瞥を返した。
「賭けの決着をつけることだよ。俺は記憶を失うことで真実の愛なんてないことを証明しろって願って、コイツは逆のことを願った」
俺は思い切り顔をしかめる。
つまり、今のオリバーが俺を愛してしまったらオリバーの勝ちになるが、彼は魂を取られるかもしれない。逆にオリバーに別の好きな人が出来てしまったらシャリアが勝つが、シャリアの魂が抜かれるかもしれない。もしくは、二人で祈ったこととしてワンダさんとミリアさんのように精神年齢のみ子供にされてしまうかもしれない。
「……なるほど。その勝ち負けは誰が判定をするんだ? 今判定が出来るのはシャリア、お前しかいないようだが」
ピオさんも話に加わる。声が硬かった。
「以前好きだった奴と恋人同士になったら記憶を取り戻すように願っている。今、思い出していないが恋人がいる時点でお察しだろう」
鼻で笑われ、オリバーに視線を移す。彼は何故か俺を凝視していた。
「……なるほど。つまり、君とオリバー君が保護対象になったということだね」
場にそぐわない、おっとりとした声でイリスさんが告げる。先程まで朗々と語っていた無礼な男は彼に視線を移した。
「保護対象?」
薄紅色の竜人は頷く。
「そう。そのまじないはね、願いを叶えてもらう代わりに魂を差し出すものなんだ。つまり、記憶がなくなって、真実の愛があるかどうかの決着がついてから二週間後に君とオリバー君の魂が抜かれるんだ」
「……は?」
ぽかんとシャリアは赤い唇を開ける。
「なんだそれ? 聞いてねーぞ?」
「お前らが契約をした時にはそんな話はなかったからな。その後の調査でわかっていったんだよ」
元警官が吐き捨てる。シャリアの顔がどんどん真っ青になっていった。
「なにそれ~? つまり、オリバーはこのままだと死んじゃうってこと?」
空気を読まないホワイトニーの声がする。これにはオリバー本人が答えた。
「……そうかもね」
彼の顔色も蒼白だった。
「とりあえず、保護対象になったんだったらシャリアはこっちで預かる。おい、警察に行くぞ」
ピオさんがシャリアの首根っこを掴む。オリバーも黙ってついてきていた。結局その場にはホワイトニーのみが残り、俺達はハプニングバーから出ていったのだった。
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