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ミロ✕省吾番外編

ミロ✕省吾番外編5

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 それから3日後、ミロはサイに呼び出された。深夜でもいいから出来るだけ早く来いという彼の言葉に、ミロは夜間警備が終わった深夜3時に城を抜け出し、馬でサイの住んでいるアパートへと向かった。 
  
「言おうかどうか迷ったんだけど、やっぱりミロには教えておいたほうがいいかと思って……」 
  
 ミロを出迎えたサイはそんな事を言いながら部屋に入るとソファに座らせる。彼の部屋は省吾と同じくらいのサイズでワンルームに台所とトイレがついているだけの簡素な部屋だった。シャワーは多くの庶民と同じく共同で一つのマンションに二つか三つついているものを使っている。 
 けれど家具には拘っているようで、蚤の市で買ってきたアンティーク家具を修理しながら大切に使っているようだった。手に入れた金の殆どを自らの城である医院に使っているため、自室の方にまで金が回せないのだろう。 
 彼は薄いローブを纏っただけの姿だった。部屋には彼が作り出したのであろう光球が燭台の上に乗せられており周囲を明るく照らしている。 
 サイはミロの正面のソファに座ると間にあるローテーブルに一枚の紙切れを置く。 
 ミロは取り、紙に欠かれた文字に目を通した。文字は木彫りのスタンプにより印字されていた。 
  
「……『学会の発表を今すぐ取りやめろ。お前の研究なんて誰も望んでいない』」 
  
 文章を読み上げ、ミロは眉根にシワを作った。サイが重い溜息をつく。 
  
「引っ越してから一日に三通は届くの。省吾は何でもないとか言ってるんだけど、さすがに心配でね」 
  
 サイは持っていたファイルケースから更に一枚を取り出す。 
  
「『辞退しなければ殺す。お前はすぐに実験を放棄しろ』……」 
  
 またも眉を顰めるような内容である。ミロは読み終わり舌打ちをした。 
  
「アカデミーの掲示板に今回一次選考を通過した発表内容の一覧が張り出されるの。やたら詳しい手紙もあったし、多分掲示板を見た誰かがこうやって手紙を送ってきているのね。大体いつも省吾が仕事から帰ってきたら入っているらしいわ」 
  
 手紙には消印も宛名もないというので、誰かが直接入れているのだろう。しかし、門の中に部外者が入ったら管理人が気が付きそうなものである。省吾のアパートには一階部分に管理人が住んでおり、ずっとではないが定期的に監視している。けれど、管理人は怪しい人間は見なかったと言っているらしい。 
  
「一応、インクを分析してみたけど、どこにでもある印刷用のインクね。特別な事は見つからなかったし、犯人の体液や皮膚のかけらすら検出出来なかったわ。用心深い犯人のようね」 
  
 他の紙を持ってサイはヒラヒラと動かす。サイは物質を分解する能力に秀でているので手紙から得られる情報は分析済みだった。 
  
「……もしかしたら、アパートの住人の可能性もあるわね」 
  
 唇を舐め、サイは目を細めた。あのアパートは各研究機関や大学に近いので研究者や学生が数人住んでいるらしい。 
  
「アカデミーに入れて、今回の一次選考に落ちた人間であのアパートに住んでいる誰かってことか?」 
「もしかしたらね。大家さん本人かもしれないし、郵便配達人かもしれない。動機はわからないけど」 
  
 足を組み替え、ソファの肘掛けに体重を預けてサイはため息をつく。 
  
「まぁ、現時点で何かをしているわけじゃないし、脅しかもしれないから必要のない心配をさせてしまったらごめんなさい。でも、何も知らないよりはいいでしょ?」 
「そうだな……」 
  
 ミロは再び手紙に視線を戻す。 
 物騒な手紙をあえて今の時期に送ってくる理由はわからなかった。 
  
  
  
  
 次の日、ミロは早めに仕事を切り上げ、省吾の部屋へと行く。出来るだけ派手にしたくないので民間の事業者から馬を借り、サイの病院が面している大通りの近くで同じ団体の業者に預ける。サイの医院はまだ営業時間内だったので、外で待ち、省吾と一緒に部屋へ入った。 
   
 省吾は台所に行くと棒状の何かを引いた。先端が赤くなり、石板の中央に押し付けると石板の中央からじんわりと熱が籠もっていく。一般家庭に広く浸透している湯を沸かしたり食べ物を温めたりするための器具で熱板と呼ばれていた。 
  
「それは?」 
  
 ミロは省吾の持っている棒状のものを指差す。省吾は得意そうな笑みを返した。 
  
「これはライターって言って、ここの取っ手を引いたら熱が伝わって、熱板を温められるようになってんだ」 
  
 通常、熱板は直接魔力を入れて使う。これもミロからすると疲れている時には起動したくないものの一つだった。使わない場合、わざわざストーヴに薪をくべて火を焚かないといけない。ものすごく面倒である。 
  
「へぇ。俺もやってみていいか?」 
  
 省吾は得意げに頷くとミロにライターを渡してきた。取っ手を引くと先程のように先端が赤くなる。一度熱板から熱を抜き、再び近づけると赤く光って熱がこもっていった。この間、ミロは全く魔力を使っていない。 
  
「すげぇ!」 
  
 ミロは目を輝かせ、何度かレバーを引く。その度に光がついたり消えたりするライターが面白かった。 
  
「これが、省吾の研究の成果か?」 
「ああ。便利だろ?」 
  
 ミロは首を縦に振る。 
 恋人の欲目もあるだろうが、これを誰も望んでいないというのはありえないと思った。少なくともミロは市販されたらすぐに購入したいと思う。 
 ミロが頷くと目に見えて省吾は嬉しそうな表情になる。彼も手紙に心を痛めていたのだろう。  
  
「……二次審査も通過できるといいな」  
  
 本心から告げる。 
 
「俺も魔力が強くないから、これが商品化したらぜひ欲しい。疲れている時とか、これがあったら便利だと思うし」 
「そうか?」 
 
 目がキラっと輝いた省吾は一度台所を離れるともう一つのライターを持ってきた。それをミロの手に握らせる。 
 
「試作品だけど、よかったらもらってくれ。……ミロなら、誰かに渡さないだろうし、奪われそうになっても大抵の奴よりはミロのほうが強いと思うし」 
 
 発表前の試作品を他人に渡すことは、技術流出も起きかねない。驚いてミロはライターと省吾を交互に見た。 
 
「いいのか?」 
 
 省吾は力強く頷く。 
 
「俺以外の人間が使った感想も聞きたいし」 
 
 モニターも兼ねているのだろう。今自分の意見を言ったところで学会発表までに参考となるような状態にはならないだろうが、ミロは嬉しくて受け取った。 
 
「ありがとう。大事に使わせてもらう」 
 
 話しているうちに湯が沸いたので茶を入れ、ダイニングチェアに座り少し談笑した後にミロは帰っていった。 
 家に帰り、用もないのに熱板にライターを近づけ温めると湯を沸かしてみる。ほかほかと湯気のたつケトルを見ていると、ミロの胸の中も温かくなっていくような気がした。 
 
 
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