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第19話 「どうかこの国を守ってください」

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 御者ともども瀕死の状態になってしまったために省吾は城に戻らずサイの家に避難することにした。そうして一晩が明けた次の日、日が昇ってから二人は城に戻った。

 戻るまでも燦々たる状態だった。所々の建物が崩れ、血の跡まである。

 城の警備が強化されており、物々しい雰囲気があった。一ヶ月前とはすべてが違う。
 サイは見張りに顔を覚えられているようで、身分証を見せるだけで通ることが出来た。

 彼が省吾は怪しいものではないと告げたので省吾も門の中に入る。城に出入りするサイと違って省吾の顔は兵士達には覚えられていない。鍛錬があるので親衛隊の人間には覚えられているのだろうが、それもごく一部の人間だけである。

「省吾! よかった、無事だったんだね」

 念のため調べてもらうようにとサイに連れられてノアの研究室へと行く。彼は疲れた顔をしていたが目に見える所に怪我は負っていなかった。

「うん……、悪かった、ノア」
「なんで省吾が謝るの? 省吾が来る前はあのくらい日常茶飯事だったんだよ~」

 ノアは困ったように笑う。いたたまれなくて省吾は目を伏せた。

「あ、でもね~、クリスが怪我をしちゃって、お勤めを続けられそうにないんだぁ。だから、別の人になっちゃうかもしれないんだけど、いい?」

 ノアの言葉に目を見開いて彼のほうを見る。

「クリスが怪我って……、どうしたんだ?」
「あの後、今度はグリフォンが襲ってきてねぇ~、足を怪我しちゃったの。後遺症は残らないと思うんだけど、治るのに一年近くかかりそうだから、その間は別の人にしてもらえる?」

 省吾は奥歯を噛みしめる。クリスを巻き込んだ形になってしまい、怪我まで負わせてしまった。

「……クリスに会えるか?」

 尋ねると、ノアは困ったような顔をした。

「一応、宿舎にいると思うよ。本来なら医務室に行ってもらいたいんだけど、今あそこは満室なんだぁ」
「わかった」

 ノアにクリスの宿舎の部屋番号を聞き出し、省吾は真っ先に外へ出る。サイを置いてくる形になってしまったが、言い争う声は聞こえてこなかったのでそのまま宿舎へと走った。
 



 
 兵士宿舎は城の端のほうひっそりと併設されており、下級兵士は二人で一部屋、それから階級が上がるに従い一人部屋をもらい、グレードもあがっていく。

「クリス」

 彼はどうやら一人部屋のようで、部屋番号の上に下げられているネームプレートにはクリスの名前しかなかった。ノックをすると中から「はい」と帰ってくる。

「あ、省吾様!」

 ベッドに寝転がった彼は省吾の顔を見て力なく笑った。

「ノアからクリスが怪我をしたって聞いて……」

 彼はベッドの上で横になっていた。ところどころ包帯が巻かれており、特に下半身にかけてはミイラのように包帯とガーゼで覆われていた。

「……っ」

 省吾は一歩後ずさり、彼の姿を凝視する。
 ノアの言っていた通り、一年は回復にかかることが見て取れた。

「その……、大丈夫なのか? 後遺症とか」

 クリスは自身の足に視線をやる。眉尻が困ったように垂れ下がっていた。

「わかりません。今、治療魔法が使えるお医者さんを街中からかき集めて治療に当たっていますが、人が多すぎて俺のほうにまで回ってくるのに時間がかかって……」

 それでも笑う彼の姿は痛ましく思えた。

「……ごめん、俺のせいで」
「いえ! 悪いのは俺です! 俺が、省吾様とうまくできなくて……」

 クリスの声に水が混じる。本人としても情けないことだろう。省吾は近寄り彼の体を抱きしめる。

「違う……、俺のせいなんだ。俺が、他に好きな人がいるのに、忘れようとして……、だから、うまくいかなくて」

 背中にクリスの力強い手が回され、おずおずと撫でられる。

「知っていました。俺に対してそこまで気持ちは入っていないだろうな、ってことは」
「……ごめん」
「いえ! そんなの省吾様の立場に立たれたら当然ですよ! いきなり別世界に呼び出されてこの国のために体を差し出せだなんて言われて、そうですかって出来るわけないです」
「……」

 それでも、ミロの時にはうまくいっていた。
 けれどそれを指摘しないのは彼のやさしさなのか矜持なのか。

「……でも、これはこの国の人間としてのお願いなんですが」

 ぎゅう、とクリスは省吾の背中を抱く。以前は寝所でよくお互いを抱きしめあっていた。

「どうかこの国を守ってください。城壁の中の人間を、どうか……」

 そこにはクリスの母もいる。
 つん、と鼻の付け根が熱くなった。

「うん……」

 頷くしか出来ない。他にかける言葉が見当たらない。
 こうして省吾は肩を落としてクリスの部屋を出たのだった。



 
 
「省吾」

 戻る途中の廊下で、ミロと鉢合わせた。彼は省吾がここにいるとは思っていなかったのだろう、口をあんぐりと開けていた。ちょうど夜勤から戻ってきたところなのだろうか、甲冑を纏った姿はいつもと違って緊迫した空気がある。

「……大丈夫か?」

 意気消沈している省吾を見てミロは気まずそうに尋ねる。省吾はこくりと頷いた。省吾の後ろを見てミロは何故ここに省吾がいるのかを察したようで、ぎゅ、と唇を引き結んでいる。

「……その、クリスは悪かった。……守り切れなくて」
「ミロ」

 彼の言葉を遮るように省吾は口を開く。硬い声にミロも真顔で省吾を見つめた。

「また、俺とお勤めしてくれないか?」
「……」

 省吾は笑おうとして口角をあげるか、笑えているかわからなかった。ミロは痛ましそうな顔をしている。

「俺、こんなことになるなんて思ってなかった。もっと軽く考えてたんだ……。こんなに、魔獣が出て、被害が出るなんて思ってなかった」
「……うん」
「ミロなら、お互い勝手がわかってるし、たぶん体の相性もいいんだと思う。だから……」

 まるで省吾にそれ以上言うなとでもいうように、ミロは省吾をかき抱く。

「わかった」

 かすれた声でそれだけ告げられる。
 ミロの甲冑は傷だらけでボロボロで、頬に当たった時少し痛かった。
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