上 下
2 / 60

第2話 「いや、聖女って……、俺、男なんだけど」

しおりを挟む
「……は?」

 省吾は目を丸くして周囲を見る。
 石造りの荘厳な一室だった。ドーム型の部屋の中に男女が数人立っている。
 正面に立派な椅子に座った地位の高そうな老人が怪訝な顔をして省吾を見ていて、彼の周囲を騎士のような鎧を着た男が数人取り囲んでいる。
 さらに視線を横にずらすとローブを纏った数人の男女が不思議そうな顔をして省吾を見つめている。

「……これが、聖女か?」

 正面の老人が省吾の隣にいた青年に尋ねる。うすい背中までの銀髪に碧眼のたれ目、右目の下に泣き黒子のあるその男は小首をかしげた。

「そのはずなんですけどねぇ~」

 男はほんわりとした口調で応える。体も華奢でいかにも学者という風貌だった。浅葱色のローブに司祭のような肩衣をつけている。

「いや、聖女って……、俺、男なんだけど」

 俺は老人に向かって答える。周囲の騎士たちが目を見張ったが、老人は動じる様子なくふむ、と顎に手を当てた。地位の高い人物なのだろう。

 「だよねぇ~、どう見ても男性の体に見えるよねぇ~」

 男は小首をかしげる。ふと足元を見ると魔法陣のような模様が描かれていた。

「能力さえあれば男性の体でも女性の体でも構わん。それについてはわかるのか?」

 言われ、男は省吾の方に向き直った。

「ちょっとごめんねぇ~」

 言うと男は省吾の服を剥ぐ。学ランである省吾の服の構造を知っているのか、あっさりと男は省吾の腹を出した。

「あ、ありましたぁ~」

 男の視線の先をたどり、省吾も自分の腹を見る。そこには昨日までには確実になかったはずのタトゥーのような紋章が刻まれていた。中央に六角形が描かれており、その横に目盛りのような線が刻まれている。更にその周囲に文字のような記号が円を描くように刻印されていた。

「聖女の証拠ですぅ~。よかったぁ! 召喚成功ですねぇ~」

 ぱん、と男は手を叩く。服をまくられているために至近距離で見られることになり、省吾は男を咄嗟に突き飛ばした。

「おい!」

 騎士の一人が飛び出す。男の顔を見て省吾は目を丸くし固まった。
 男の顔は連にそっくりだったのだ。髪の色も、瞳の色も連と同じ濡れたような黒で、そのまま蓮がコスプレをしているのかとすら思う。

「ノア……、召喚士に対して何をするんだ」

 騎士は省吾と銀髪の男、ーーノアというらしい、との間に立ちふさがる。

「あ、そうだ、悪い。思ったより強く押しちまった」

 省吾もノアに対して謝罪をする。普段サッカー部の男たちとふざけて押し合うような力は華奢な彼に対しては強かったようだ。
 騎士もノアも目を丸くして省吾を見る。

 ノアはすぐに笑った。

「いいよぉ~。確かにいきなりお腹を見られたら気持ちいいものじゃないよね。ミロ、俺は大丈夫だから王様の警備に戻りなよぉ~」

 やはりあの老人は王だったのか、と省吾は横目で老人を見る。

 そして、連にそっくりな男はミロというのか、と省吾は少しずつ高鳴っていく心臓を押さえて思う。別人だとわかっていても、数時間前にフラれていても、未だ恋心は捨てきれていないようだった。
 ミロはノアと省吾を交互に見てから表情を消して隊列に戻った。

「すまないな、私の親衛隊が粗相をした」

 王に話しかけられ、省吾は姿勢を正す。わけがわからないながらも王様に話しかけられたのだ。小市民である省吾はどうしても緊張してしまう。

「いえ……。あの、結局ここはなんなんですか? 聖女ってなんなんですか? 男でもなれるんですか? てか、なんで俺とあなた達は言葉が通じているんですか?」

 疑問が次から次へと湧いてくる。日本語以外分からない省吾は白色人種に見える彼らとは言葉が通じないはずである。
 ノアが左手をあげて省吾の視界に映りこんだ。

「それは俺の口から説明させてもらうねぇ~」

 ノアの人差し指が床に描かれた魔法陣を示す。

「君はこれで異世界から召喚されたんだぁ~。聖女……、うぅん、この言い方は奇妙だねぇ。女性に限定されるからねぇ。とりあえず、俺たちの世界の言葉では「ヒジリ」って言うんだけど、この言い方でもどう翻訳されるんだろうねぇ」

 ヒジリ。聖ということでいいのだろうか。
 省吾は脳内で漢字を思い浮かべる。漢字を思い浮かべられる語句に変換されていること自体、これも翻訳の力なのだろうか。

「あ、翻訳って言うのはね、今僕たちの言葉と君の言葉で自動的に翻訳がなされているんだぁ~。それもここに書いてある術式のおかげなんだけどねぇ」

 言ってノアは今度は触らずに省吾の腹を指さす。

「で、俺たちが君を呼び出したのはねぇ、君に俺たちの国を守って欲しいからなんだぁ~」
「……あ?」

 省吾は眉根に皺を作る。確かに異世界転生モノのセオリーだが我が身に降りかかると話が違う。省吾はこれといった取り柄のない一般学生なのだ。

「うんうん。そういう反応だよねぇ~。前代のヒジリ様もそういう反応だったらしいよぉ~」
「……前代のヒジリ? そいつは今どうしてるんだ? そいつじゃだめなのか?」

 尋ねると、ノアは悲しそうに眉尻を下げた。

「それがねぇ、前のヒジリ様は一昨年亡くなられたんだぁ。で、その時の召喚士も亡くなられちゃってたから、俺が今回初めての召喚をしたんだよぉ」
「……はぁ」

 それ、失敗してんじゃね? 
 そう言いたいのを省吾はすんでのところで堪える。先ほど自分の腹にあった紋章を見る限り、成功と言えるのだろう。
 王も能力さえあれば男でも女でも構わないと言っていた。
 そういえば、と省吾は動きを止めた。

「能力って何のことだ? 俺は何をやらされるんだ?」
「セックスだよぉ」
「……は?」

 まるで女性のような男の笑顔での言葉に省吾は聞き間違いかと思った。

「だから、セックスだよぉ」

 聞き間違いではなかった。

「セックスって、誰と?」
「誰でもいいよぉ。そして君が気持ちよくなれば、君のお腹の、さっきの紋章に力が溜まるんだ。で、その力を使うとねぇ」

ノアは省吾の腹に人差し指を近づける。触れそうで触れない距離だった。

「俺たちの街に魔獣が訪れなくなるんだぁ」

 ますます意味がわからない。
 気持ちよくなったら力が溜まるって何だ。
 そもそも災害ってセックスで止められるのか。
 考えていることが顔に出ていたのだろう、ノアは、ふふ、と小首をかしげた。

「嘘くさいって顔してるねぇ」
「まぁ……、そりゃ」
「そうだよねぇ。未だにこの世界では魔獣とセックスとヒジリ様の因果関係が解明されていないんだぁ。そもそもヒジリ様は一人しか召喚できない。サンプル数が少ないんだよね~。君が死なないと次のヒジリ様は召喚できないんだぁ」

 省吾の顔が強張る。
 つまり、このまま省吾が駄々をこねた場合、彼らの望む”聖女”様を呼び出すためには省吾は殺される可能性があるのだ。
 青くなった省吾の顔を見てノアは慌てたように両手を振った。

「あ、誤解しないでぇ。俺たちが君を殺すわけないよぉ。さっきも言ったでしょ? 君は二年ぶりに召喚できたヒジリ様なんだよ。今殺しちゃったら次にいつ召喚できるかわからないんだからぁ~」

 だから安心しろ、と言いたいのだろうが、それは裏を返せば次のヒジリが召喚できるのであれば省吾は死んでしまっても構わないとも捉えられる。
 いきなり召喚されたかと思えばいつ殺されてもわからないなんて。なんでだよ、と省吾は奥歯を噛んだ。

「私からも殺すつもりはないとは言っておきたい。この二年の間、我が国の情勢はかなり悪いものだったからな。魔獣が襲ってくるから人手が足りず産業も発達しない。孤児は増える一方だった。役目さえ果たしてくれれば厚遇を約束しよう」

 王の言葉に胡乱な目で省吾は彼のほうを見た。
 たしかに死にたい、とは思っていたが、さすがにこれはハードモードなのではないだろうか。
 男である自分が嫌悪感を感じているのだ。女性が呼び出され、体のいい性奴隷として扱われていたとなると可哀想だと思ってしまった。人の事は言えないのだけれど。

「……てか、相手は誰でもいいって言ってたんだけど、そっちには制約はないのかよ」
「ないようだねぇ。用はヒジリ様の満足度に比例して安寧が訪れるようだから」
「満足度って……、どうやったらわかるんだよ」

 強張った顔のまま省吾は尋ねる。

「それ」

 再度ノアは省吾の下腹を指さした。中央に円が描かれており、ゲージのようにメモリがついている。

「君が満足していたらまるでビーカーに色水を流し込んだように満杯の表示になるんだって。今は全く溜まってないねぇ。満タンの状態で、俺のところに来てくれたら後は俺が君から力を取り出して色々して、終わり」

 それってすごく恥ずかしいことなのではないだろうか。
 省吾は無意識に先ほどのミロという男に視線を移す。彼は無表情で省吾を見つめていた。

「じゃあ、たとえば相手はお前でもいいのか?」

 省吾はノアに向き直る。ノアは目を丸くした。

「え? 俺? いいけど、満足してもらえるかなぁ? 俺、初めてだけどがんばるねぇ~」

 何故少し乗り気なのだ。省吾は口の端を引きつらせる。横目で見ると、ミロは嫌そうに眉をしかめていた。

「いや、えっと……、つまり、俺から指名することが出来るってことなんだな?」
「うん。歴代のヒジリ様たちはそうしていたよぉ~。記録では毎回違う人にお願いしていた人もいるらしいし、なんなら街でも名のあるセックスワーカーさんたちをお迎えすることもできるよぉ~。男性でも、女性でもどっちでも大丈夫。実際、過去の女性のヒジリ様も男性に興味がもてなくてお妃様とセックスしていた人もいるらしいよぉ~。ちょっとしたNTRだよねぇ」

 NTRに相当する言葉がこちらにもあるのか、と省吾はひっそりと考えた。
 それから、ミロのほうを向く。

「なら、あいつがいい。ミロっていったっけ?」

 周囲の視線がミロに向けられる。彼は目を丸くしていた。

「は? 俺?」

 素で出た声なのだろう。すぐにミロは顔を引き締めて王のほうを見た。王は無表情で頷く。
 ミロも顔から感情をなくして頷いた。

「お望みとあらば」

 様子から彼がどう考えているかはわからないが、けっしていい感情ではないだろう、と省吾は思った。
 どうせ誰かとしなければいけないのならば、前の世界で好きだった相手に似た相手を指名してもいいじゃないか。省吾はそんな事を考えながらミロを見ていた。
 空気を読まないノアのおっとりとした声が響く。

「ミロなら安心だねぇ~。よかったぁ」

 安心、というのは慣れているのだろうか。詳しく聞こうとしたところで王がぱんぱんと手を叩いた。

「であるならば、さっそく今晩勤めに励んでもらおう。お前、名前はなんといった?」
「え、あ……、三崎省吾です」
「そうか。では省吾。お前はノアに居室を紹介してもらえ。ノア、よろしく頼んだぞ」
「はーい」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

転生するにしても、これは無いだろ! ~死ぬ間際に読んでいた小説の悪役に転生しましたが、自分を殺すはずの最強主人公が逃がしてくれません~

槿 資紀
BL
駅のホームでネット小説を読んでいたところ、不慮の事故で電車に撥ねられ、死んでしまった平凡な男子高校生。しかし、二度と目覚めるはずのなかった彼は、死ぬ直前まで読んでいた小説に登場する悪役として再び目覚める。このままでは、自分のことを憎む最強主人公に殺されてしまうため、何とか逃げ出そうとするのだが、当の最強主人公の態度は、小説とはどこか違って――――。 最強スパダリ主人公×薄幸悪役転生者 R‐18展開は今のところ予定しておりません。ご了承ください。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします。……やっぱり狙われちゃう感じ?

み馬
BL
※ 完結しました。お読みくださった方々、誠にありがとうございました! 志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、とある加護を受けた8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 独自設定、造語、下ネタあり。出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

意中の騎士がお見合いするとかで失恋が決定したので娼館でヤケ酒煽ってたら、何故かお仕置きされることになった件について

東川カンナ
BL
失恋確定でヤケを起こした美貌の騎士・シオンが娼館で浴びるほど酒を煽っていたら、何故かその現場に失恋相手の同僚・アレクセイが乗り込んできて、酔っぱらって訳が分からないうちに“お仕置き”と言われて一線超えてしまうお話。 そこから紆余曲折を経て何とか恋仲になった二人だが、さらにあれこれ困難が立ちはだかってーーーー?

処理中です...