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第一章
エピローグ
しおりを挟む次の日――。
改めてヒュドラ討伐の報酬の話があるからと言われ、冒険者ギルドへ出向いた。ヴェレッドとしてもパーティ登録をしたかった為、了承した。
冒険者ギルドへ到着すると、ラファームが待ち構えており、恒例となりつつある別室へ連れて行かれる。
「昨日はごめんなさいね~」
「許してね♡」とウィンクをされ、怒る気が失せたので、ヴェレッドは何も言わなかった。元々はヴェレッド達が持ってきた素材。手を貸すのもやぶさかではなかったのだ。
「じゃあ、報酬の話に入らせてもらうわね。ヒュドラの胴体なんだけど、所々傷がついててね……それで、ちょっと値段が下がっちゃったのよ」
「うむ。構わぬ」
ヴェレッドが薔薇の蔓でつけた傷のことだろう。値段にこだわりはないので、それは構わなかった。
「で、値段なんだけど――」
「あー……値段は聞かんでもよい。前回と同じように、振り込みとやらにしてくれぬか?」
「え? いいの? まぁ、レッド・ドラゴンのときに白金貨二百枚振り込んであるものね……」
前回の金額を思い出し、ラファームは納得したようだ。ヴェレッドも今さら白金貨がいくら増えようと、興味は全くなかった。左右に座るヘリオスとセレーネはその金額を聞き、驚愕の表情を浮かべた。
「素材は全て引き取ってもいいのかしら?」
「うむ。それよりも、パーティ登録とやらをしてくれぬか?」
昨日したいと思っていたのだが、ヒュドラの一件があった為できなかったのだ。そのこともあって今日、ここにきたのだから。
「あら、パーティ登録をすることにしたの?」
「そうじゃ、せっかく弟妹ができたからのぅ」
「てい、まい……って誰のこと?」
キョトンとした顔をしているラファームに、ヴェレッドはニヤリと笑った。
「決まっておるじゃろう?」
と、左右に座るヘリオスとセレーネに「のぅ?」と視線をやる。
ヘリオスは少し照れたように、セレーネは嬉しそうに返事をした。
「改めて紹介しよう。妾の弟妹、ヘリオスとセレーネじゃ」
「……ども」
「よろしくお願いします」
悪戯っ子のように、「ニシシ」とヴェレッドはラファームに向かって笑う。
「……そう」
どこか微笑ましいものを見るようにラファームは笑んだ。
「分かったわ。でも、その前にギルドカードのランクアップの話をしましょ」
思った通り、ヒュドラを倒したことでランクアップするようだ。極力目立ちたくないヴェレッドとしては、あまりランクアップするのは本意ではない。まぁ、今さらな気もするが。
「本当ならAランクにしたいところなんだけど……ヴェレッドちゃんはあまり嬉しそうじゃないわね。この間はそれなりに喜んでたと思うんだけど?」
「うむ。妾はあまり目立ちたくないのじゃ」
「全く信憑性のない話ね! でも確かに、ランクが高いと今以上に注目されることになるわ。けど、ランクが上がれば、もう少し手応えのある依頼を受けられると思うわよ?」
ラファームはしばし腕を組み考え込むと、パンと手を合わせ、「こうしましょう」と提案してきた。
「A~C、ヴェレッドちゃんの好きなランクを選んでちょうだい。あ、上がるのは決定よ」
提案の内容はヴェレッドもびっくりなものだった。まさか選べるとは。
「よいのか?」
「アタシはギルドマスターよ? これくらいは大丈夫♡」
パチンとウィンクしてくるので、まぁ大丈夫なのだろう。ラファームの言う通り、手応えのある依頼を受けるならAランクを選ぶべきだ。けれど、ヴェレッドは迷うことなく――
「Cじゃな」
一番低いランクを選んだ。
「……やっぱり」
残念そうにラファームは呟くが、予想通りだったようだ。
「お姉様……もったいないわよ?」
「俺もそう思うぞ。Cランクじゃ、姉貴には物足りないだろ」
と二人は反対するが、ヴェレッドに変える気はない。そのことに気づいた二人は早々に引いてくれた。
「二人もランクを上げるわよ」
「私達も、ですか……?」
なぜ? という顔をする二人にラファームが「当然でしょ」と返した。
「あなた達三人で倒したんだから」
「まぁ、そうだが……」
納得いかなそうに、ヘリオスが答える。それでも充分にランクアップするだけの実力があると、ヴェレッドは思っている。何せ、Cランクの魔物を倒せるほどの実力を身につけたのだから。
「アタシとしては、一つじゃ足りないから……二つ上げちゃいましょ!」
「よ、よろしいのですか?」
戸惑いがちに聞き返すセレーネに、ラファームはにっこりと笑って答えた。
「ええ。あなた達はDランクにアップよ」
「ありがとう……ございます」
「……ども」
それぞれ個々のギルドカードを提示した。
ヴェレッドの時は「本当にCランクでよいのね!?」と、何度も確認されながら更新手続きが完了した。
「はい、これで完了。ヴェレッドちゃんはCランクに、ヘリオスくんとセレーネちゃんはDランクにアップよ。じゃ、次はパーティ登録をしましょうか。これに記入してくれる?」
「うむ。じゃが、妾は面倒じゃ。ヘリオス、セレーネ。どちらでもよいから書いてくれぬか?」
「じゃあ俺が」
ヘリオスが記入する為にペンを取る。
「リーダーは姉貴だろ? あとはメンバーが俺とセレーネっと。パーティ名だが……」
ちらっとヴェレッドの方を見てきた。「どうする?」と聞きたいのだろう。
「薔薇じゃ! 薔薇を入れるのじゃ!」
ぴょんぴょんと、子どものようにはしゃぎ、ヴェレッドは主張した。
「じゃあ、私達三人とも黒髪だし、“黒薔薇”っていうのはどうでしょう? それにお姉様はほら……ね?」
黒薔薇の妖精である、と言いたかったのだろう。ラファームの前であるために大きな声では言わず、ほのめかすように片目を瞑って見せた。
「なるほどな。名案じゃ、セレーネ!」
ビシッと人差し指を立て、ヴェレッドはセレーネを褒める。
「ふふっ、決まったかしら?」
「うむ。ほれ、ヘリオス。パーティ名を記入するのじゃ」
「はいはい」
言われるがまま、ヘリオスはヴェレッドの希望通り、パーティ名の欄に“黒薔薇”と記入した。
「ほい、これでよいか?」
「ええ。じゃ、預からせてもらうわ。ちょっと待ってて」
ヘリオスが記入した用紙を持って、ラファームは一旦部屋を退出する。
急いで手続きしてくれたのか、少し息が上がった状態ですぐに戻ってきた。
「はぁっ、はい! できたわよ、パーティカード!」
渡された白いカードをヴェレッドが受け取り、アイテムバッグへ仕舞う。
「パーティランクはメンバーの平均で決まるから、黒薔薇のパーティランクはDよ。これで、パーティしか受けられない依頼も受けられるようになるわ。もちろん、ソロでの活動も可能よ」
それからいくつか説明を聞き、四人は立ち上がる。
「世話になったのぅ」
「いいのよ、ヴェレッドちゃん達ならいつでも歓迎するわ! ……でもぉ、ほどほどにしてね?」
笑顔で言ったかと思えば、後半は少し疲れたような声でラファームは言う。
はて、今日は疲れさせるようなことなど何もしていないというのに。何かしただろうか?
まぁいいかと、三人は別室を退出した。
* * * * *
DランクとCランクの依頼表を、ヘリオスの抱っこで見つめるヴェレッドは唸り声を上げていた。
「むぅ~。どれにするかのぅ」
「どれも一緒だろ」
早く決めて欲しいのか、ヘリオスは投げやりな返答をする。
「何を言う! 妾は強者つわものと戦いたいんじゃ!」
駄々をこねるように、ヴェレッドはヘリオスの頭をポカポカと軽く叩いた。
それを意に介さず、ヘリオスの軽口は止まらない。
「じゃあ、Aランクになればよかったろ」
「それでは目立ってしまう。妾は目立たず自由に冒険がしたいのじゃ!」
めちゃくちゃな要求に、セレーネが正論で諭す。
「お姉様? それはもう手遅れだと思いますよ。ヒュドラの一件で、私達は目立ってしまいましたから」
「あー、何のことじゃ? 妾は聞こえぬ~」
耳を塞ぎ、セレーネの言葉を聞こえないふりをするヴェレッド。
「何やってんだよ、ガキじゃないんだから……」
呆れたように言葉を零すヘリオスに、ヴェレッドが低い声で問いかける。
「……ヘリオスよ、今妾のことをガキと言うたのはこなたか?」
「イイエ、ナンノコトデショウ?」
「ふふっ。お姉様、本気で言ってるわけじゃないので、許してあげて下さい」
惚けるヘリオスに小さく笑いながら、セレーネがやんわりフォローした。
「セレーネが言うなら許してやろう」
「何でだよ!?」
妹との扱いの差を指摘するヘリオスだが、当然敵うはずもなく……。
「何じゃ? 許して欲しくないのか?」
「ユルシテクダサイ」
「うむうむ。寛大な妾が許してやるのじゃ」
「よかったわね、ヘリオス」
ヴェレッドの言い方とセレーネの追い打ちに、妙な敗北感を感じたのか、ヘリオスが「……クソッ」と、悪態を吐く。
結局、依頼は話し合ってCランクの“フォレストウルフの群れの討伐”を受けた。フォレストウルフ自体はDランクだが、群れなのでCランクの依頼となっている。
依頼の内容はそれほど難しくない、むしろ簡単だ。すぐに終わるだろう。なので、あと二つほどついでに依頼を受けておいた。
というわけで、道すがら、昨日買っておいた串焼きを一本ずつ食べながら森へ向かう。明らかに、今から依頼をこなす冒険者とは思えない姿だ。
ヴェレッドは穏やかに微笑む。今世で得た、新たな日常に。
――『来世ではあなたが憧れていた冒険者になって――……仲間を作って下さい。信頼できる、大切な仲間を……そして、自由に生きて下さい。それが私の、心からの願いです』
彼女の言った通り、自由を手に入れ、冒険者となり、仲間と呼べる可愛い弟妹達に囲まれ……今、ヴェレッドは前世で望んでも手に入らなかった、あらゆるものを手にしていた。
彼女は見てくれているだろうか――……。
「姉貴ーー!」
「お姉様、置いて行ってしまいますよー!」
いつの間にか立ち止まっていたようだ。
「今行くのじゃ!」
ヴェレッドは踏み出す――まだまだ、見ていない世界を自由気ままに冒険する為に――……。
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