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第一章

第十四話 カマーズ

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 翌日の早朝――。
 東門の北側の森の中腹辺りにある開けた草原で、二人の少年少女が大の字になって寝息を立てていた。

「よう頑張ったのぅ」

 疲れ切ってすやすやと眠っているヘリオスとセレーネを眺めながら、ヴェレッドが呟く。
 昨日の冒険者ギルドの帰り道、強くなりたいと二人に言われ、夜通し稽古をつけた。稽古と言ってもひたすら魔物を倒させただけだ。あの巨大そうな魔物が姿を現す日は、おそらく近いだろう。だからこそこの手段を取った。手っ取り早く強くなるには剣も魔法も実践あるのみだ。
 今までは、Fランクのスライムやホーンラビットくらいしか倒せなかったが、Cランクの魔物を倒せる程度には強くなった。一般的に、Dランクのオークを一人で倒せてようやく一人前だと言われている。その上をいく、Cランクの魔物を倒せるようになったのだから上等だろう。
 ろくに戦闘の機会がなかった為、特に魔法の応用が中々利かず苦労したけれど、苦労したおかげで二人は剣だけでなく魔法の幅も広がった。
 ヴェレッドは前世、力が強すぎるが故に皆が離れていった。屈強な騎士でさえだ。なのに、二人は「足手纏いになりたくないから強くなりたい」と言ってくれた。どれだけ嬉しかったか、きっと誰にも分かってはもらえないだろう。
 二人の髪を優しく梳くと、自然と唇が弧を描いた。
 心地よいこの気持ちは何だろうか。
 前世で弟妹が生まれた時と似ている気がする。自分はヘリオスとセレーネを弟妹と思い始めているのだろうか。

「弟妹、か……」

 仲間を作るはずが、弟妹を作ってしまったということか?
 まぁ、今考えるのはよそう。ラファームとの約束があるのだから。

「ほれ、そろそろ起きよ」

 ラファームから午前中に来るように言われている。早く朝食を済ませて、冒険者ギルドへ行かなければならない。ギルドで済ませるのが一番早いかもしれない。

「はいぃ……」
「んん……もうか?」

 まだ寝ぼけ眼まなこで、目を擦りながら身体を起こす。まだ眠そうな二人に疲労回復の魔法をかけてやる。

「ドイシュ――【疲労回復】」

 二人の身体がふわふわと光り、次第に治まる。

「《疲労回復》の魔法じゃ。筋肉痛も寝不足も取れておるはずじゃぞ?」
「疲れが……」
「何か身体が軽くなったな」

 身体を動かし、魔法を実感した二人が驚きに目を丸くする。

「宿に戻って朝食を摂る時間が惜しい。直接ギルドへ行って、食堂で朝食を摂るのじゃ」

 宣言通り、ヴェレッドは冒険者ギルド目掛けて森の中を駆けた。昨日まではついて来るのがやっとだった二人も、今では余裕でヴェレッドの横を並走している。これも修行の成果だ。
 森を駆けつつ出会った魔物は二人に屠らせる。その時間を考慮して早朝に二人を起こしたのだ。二人のアイテムバッグは、魔物で埋め尽くされていることだろう。
 思っていたよりも早く森を抜けることができ、東門に着いた。ここからは徒歩で冒険者ギルドへ向かう。
 食堂はすでに開いており、冒険者の姿もちらほら見えた。最近では一緒に座って食事をすることに二人も慣れ、抵抗なくともに食事を摂れている。よい傾向だ。
 冒険者ギルドの受付側に行くと、受付嬢がいち早くヴェレッド達を見つけ、奥へ引っ込んだ。おそらく今回もヴェレッド達が来たら知らせるように、ラファームが指示していたのだろう。受付で本名を呼んでやろうと思っていたヴェレッドは、内心で舌打ちした。

「ヴェレッドちゃ~ん! よかったわ、来てくれて!」

 片手を上げながら駆けてきて、ラファームはヴェレッドに飛びつき、頬を擦りつけてくる。ヴェレッドはラファームの頬を両手で嫌そうに突っ張るが、なぜか解けない。

「ええい、放さぬか! 此度の一件は他人事ではなかったから来ただけじゃ!」
「それでも嬉しいのよ。来てくれないかもしれないと思ってたから! さ、別室に行きましょ~」
「む? すぐに出発ではないのか?」

 てっきり、すぐに出発するものだと思っていたヴェレッドは首を傾げる。

「ちょっとここじゃ言えない話があるのよ。とにかく来てちょうだい」

 三人で顔を見合わせ、頭に疑問符を浮かべながらも、ラファームの後について行く。

「して? 話とは何じゃ?」
「それがね、昨日ヴェレッドちゃんから報告を受けた後にも、似たような報告が上がってきたのよ。ポイズンスライムの群れ、毒に侵されたような魔物の死骸に、何か巨大なものが地面を這ったような跡。それに加えて木々も薙ぎ倒されていて、毒で腐ったみたいに抉れてるって話よ」

 思っていたよりも現状は酷いようだ。これは一刻も早く、その巨大な魔物とやらを討伐しなければ、街にも被害が出るかもしれない。

「ならば、こんなところで悠長に話しておる場合ではなかろう」
「同感だ」

 ヴェレッドの言葉に、ヘリオスとセレーネも頷き同調する。

「うっ、そ、そうよね! でも、アタシだってすぐに動けるように、ちゃんとギルドのことはサブギルドマスターに頼んであるんだから!」

 言い訳めいたことをペラペラと並べるラファームに、呆れたような目を向けるヴェレッド。「だったらすぐに出られるな」と、わざと防具も付けていないラファームを外へ促す。

「待って、待って、ヴェレッドちゃん! せめて装備を付けさせて!」

 涙目で訴えるラファームに、セレーネが同情する。

「ヴェレッド様。せめて装備だけでも……」
「むぅ。セレーネに免じて装備くらいならばよかろう」

 そう言うと、明らかにほっとした顔をし、「すぐに支度してくるから!」と言い残して別室を出ていく。ヴェレッド達は入り口付近で待っていて欲しいと言われ、そこで待つ。
 数分もしない内に慌てた様子のラファームが走ってきた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……お、お待たせ」

 いつもの格好にローブを羽織り、いかにも魔法使いです、というような恰好をしている。筋肉がしっかりついていたから、てっきり剣士かとヴェレッドは思っていたが違っていたようだ。

「だ、大丈夫ですか……?」

 あまりの慌てぶりに、セレーネが心配そうに声をかけた。

「セレーネちゃんは優しいのね! 大丈夫よ~」
「では出発じゃな」
「……ヴェレッドちゃんは、もう少しアタシに優しくしてくれていいと思うのよね」

 ボソッとラファームが呟いた言葉を聞き取ったヴェレッドは、ちらりと振り返り、ラファームに問いかける。

「何か言うたか?」
「いいえ、何も♡」

 「うふっ」と言ってラファームが誤魔化す。

「ちょっと待ってくれる?」
「むぅ?」
「もう少しで来ると思うんだけど…………あ、来たわ!」

 ラファームが手を上げ「ここだ」と誰かを呼ぶ。そちらに目を向けると、意外な人物が二人、こちらに向かってきていた。

「うふふ♡ ごめんなさいね、待たせちゃった?」

 目の前に現れたのは宿のぅナー・ジェシカ、そしてもう一人は――

「やぁ! お待たせ~」
「大丈夫よ。ジェシカ、サリサ!」

 そう、奴隷商の店主・サリサだった。
 しかし、顔は確かにサリサなのだが、その纏う雰囲気が皆の知っているものとは違っていた。それにプラチナブロンドの髪を結い上げ、ポニーテールにしており、これだけでもかなり印象は違ってくる。さらに短パンを履き、軽く武装していた。
 ヘリオスは胡乱な眼差しで、サリサを見つめる。

「やだもうっ、ヘリオスちゃんったら! そんな目でサリサちゃんを見ないのっ」

 めっと人差し指を立て、ジェシカはヘリオスを注意する。

「気にしなくていいよ。それにしても久しぶりだね。ヘリオスにセレーネ。それにヴェレッドちゃんも」
「何じゃ、隠しているわけではないのか?」
「んー、隠してるつもりはないんだけどね。僕ってば昔からこうだし。あれは仕事モードってヤツだよ!」

 パチンとウィンクをしながら、サリサはそう説明をする。
 纏う雰囲気だけでなく、一人称や口調まで違っているその変わりように、ヘリオスとセレーネは目を白黒させた後、不思議そうにじっと見つめる。もちろん、ヴェレッドは気づいていたのでそんなことはないが。

「二人とも先に言うておくが、こやつは“男”じゃぞ? 最近は“僕っ子”とやらが流行っておるらしいがのぅ」
「えっ!?」
「はぁッ!?」
「くふふっ」

 サリサが男だということを話していなかったので、ヴェレッドは二人が驚く姿を見てしてやったりと笑った。

「あ、あんた、男だったのか……?」
「へ、ヘリオス! もう少し言葉を選んで……っ」
「ふふ。彼女の言う通り僕は正真正銘、男だよ。ちなみに“サリサ”って名前は本名だから」

 「そこんとこヨロシク~♪」と言ってくるサリサに、二人は「はぁ」と返すしかなかった。

「ヘリオスちゃんもセレーネちゃんも、驚いちゃってるわよ、サリサちゃん♡」
「だろうね。あそこにいる時はいつでも仕事モードだし。あ、ラファームとジェシカとは友達なんだ」
「? ラファーム? 誰じゃ、そやつは」

 心底分からないと本気で言っているのを察知したラファーム本人は、抗議した。

「ひどいじゃない、ヴェレッドちゃん! アタシのこと忘れちゃったの!?」

 まだ分かっていないのか、ヴェレッドは頭に疑問を浮かべている。くぅーっと、悔しそうにラファームはハンカチを噛みしめた。

「っくくく、ひどいなぁ。んー、じゃあこう言えば分かるかな。“ゴンザレス”、だよ!」
「おおっ、ゴンザレスか! 何じゃ、こなた。ゴンザレスとも知り合いじゃったか」

 ヴェレッドはラファームのことをゴンザレスで認識している為、ラファームと言われてもピンとこなかった。本当にひどい話だ。

「ちょっとぉ~、ヴェレッドちゃん! それはあんまりじゃない!?」
「何を言う。こなたはゴンザレスなんじゃから当然じゃろう?」

 何を言っているんだと、今度はヴェレッドが抗議した。

「今の仕事をする前は、”カマーズ”って名前でパーティを組んでいたこともあるんだよ」
「そんなこともあったわねぇ~」

 ジェシカは懐かしそうに「うふふ」と笑った。今もぶつぶつとラファームが文句を言っている。ヴェレッドはそれを聞こえないふりをした。しかし、”カマーズ”とは笑わせてくれる。”オカマ-ズ”の間違いではないのか。

「ほれ、二人とも。いつまで呆けておるつもりじゃ!」

 未だに黙ったままの二人の背中をバシッと叩いた。

「お、おお……」
「い、痛いです、ヴェレッド様」
「――ねぇ」

 真剣な顔をしたサリサが、ヘリオスとセレーネに向かって話しかけてきた。

「何か僕に、言いたいことはないかい?」

 突然の質問に虚を突かれた二人は、しばし考え込んだ。何を思っているのかは本人達にしか分からないが、ヴェレッドはそれを傍から見守った。

「……俺は、ない」
「はい、私もありません。ごしゅ――いいえ、サリサ様にはよくして頂きましたから」
「それに、恨んだりもしてないぞ」

 きっぱりと言い切る二人に、サリサの方が取り乱す。恨まれても不思議じゃないことをしてきた自覚があるからだろう。

「っ! どうしてだい? 僕は君達の力に怯え、隷属の首輪を付けて、奴隷として扱っていたんだよ?」
「それでも、あなたは決して私達に手を上げなかったじゃないですか。あなたの所に行くまでの間、私達はいつも暴力を振るわれていました。でも、あなたはそれをしなかった。それに、きちんと食事与えてくださった。それだけでも、充分です。私は決して、あなたを恨んではいません。何より、あなたの所にいたからヴェレッド様に出逢えたんですから」

 セレーネはにっこりと、何も気負うことなく言ってのけた。
 照れくさそうに頬を掻きながら、ヘリオスもサリサの質問に答える。

「まぁ俺も、この人に逢えたってとこには感謝してるよ」
「……そっか」
「ふふん♪ 愛されておるな、妾は」

 得意気に薄い胸を張るヴェレッドに、その場が和む。

「じゃ、三人のわだかまりも解けたことだし、出発してもいいかしら?」

 パンッと手を打って、ラファームが指揮を執る。

「うむ、出発じゃー! 皆、行くぞ!」

 と思ったら、ヴェレッドに指揮が移ってしまった。

「アタシ……これでもギルドマスターなのよ?」

 しょぼんと落ち込むラファームを、サリサとジェシカが慰める。

「まぁまぁ、道案内してくれるのはヴェレッドちゃん達なんだからさ」
「そうよ。今回はヴェレッドちゃんに任せましょ♡」
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