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第一章

第十二話 森での異変

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 ランクは上がったが、今日受けた依頼はこのままで大丈夫とのことだった。もちろん、次からはルール通り、同ランクか一つ上のランクの依頼を受けることになるが。

「すまぬな。妾のせいで時間が押してしもうたのじゃ」
「大丈夫です。お気になさらないで下さい」

 別室を出た三人はギルドを出て、依頼の指示通り、ホーンラビットの討伐と薬草の採取の為に街の外へ出る。そこで、ヴェレッドは二人を止めた。

「二人とも少し待つのじゃ。こなた達のバッグをアイテムバッグにすると言うておったじゃろ? 今しておこうと思うてな」
「そういや、そんなこと言ってたな」

 《付与》するなら討伐に行く前の方がいいだろう。討伐したホーンラビットも薬草も収納できるのだから。
 ヴェレッドはアイテムバッグから二人が選んだウエストポーチ二つを取り出す。そして、自身の時そうしたように、《付与魔法》でアイテムバッグへ作り変え、ついでとばかりに“時間停止機能”も《付与》する。

「ほれ、完了じゃ」
「もう、か?」
「こんなに早くできるものなのですね」

 ちなみに言っておくと、普通こんなに簡単には作れない。魔力は相当使うし、魔法も難しい。
 それに“時間停止機能”が付いたアイテムバッグなどそうそうあるものではない。ヴェレッドはついでに《付与》、などしているが普通はできない。だからこそ、アイテムバッグはかなり高価なのだ。
 それぞれに渡すと、二人はアイテムバッグとなったウエストポーチを腰に付ける。そしてそれぞれの荷物を移すついでに、ヴェレッドはある物を二人に渡した。

「これも持っておれ」
「ポーション、ですか?」

 妖精の里から頂戴してきた、体力回復用と魔力回復用のポーションだ。

「久しぶりの戦闘じゃろう? 妾も《治癒魔法》は使えるが、常に傍におるとは限らぬ。備えあれば憂いなしじゃ」
「分かりました。ありがとうございます」

 一つずつでは少ないだろうと思い、二つずつ渡し、アイテムバッグに収納させる。

「そうじゃ。服にも《付与魔法》をかけておくかのぅ」
「服にも、って。この服か?」

 この服と言って、自身が着ている服を引っ張る。

「うむ。防具じゃ動きにくいから妾は好かんのじゃ。しかし普通の服でもそれなりに強化すれば、それはもう防具になるじゃろう? じゃから防具を買わんかったのじゃ」
「な、なるほど……納得です」

 こんな発想ができるのはヴェレッドだからこそだ。普通ならば防具を選ぶ。
 戸惑っている二人を放置し、ちゃっちゃと魔法を《付与》していく。内容は“防御力上昇”、“自動修復”、“破壊不可”、“温度調節”だ。これで立派な防具となる。
 ヴェレッドが一つ魔法を使うたびに、ほのかに薔薇の香りが漂う。驚きから息を深く吸い込んだヘリオスとセレーネの肺は、甘い薔薇の香りで満たされていた。

「これでよいな」
「充分過ぎるだろ」

 ヴェレッドがする一つ一つに驚きすぎて、ホーンラビットの討伐に行く前から二人は疲れた顔をしている。

「さあ、準備は万端じゃ。行くぞ」

 二人は戸惑いつつも頷いた。

 街の入り口から北へ行ったところにあるこの森の手前は、低ランク冒険者向けの比較的弱い魔物が生息する。ゴブリンやコボルト、ホーンラビットに加え、ウルフ、強くてもオークくらいだ。奥に行けば行くほど強い魔物が出てくる。
 ヘリオスとセレーネがどれだけ戦えるのか。確認するのにも、この森はうってつけだろう。

* * * * *

 草木に覆われた森の中をヴェレッド達は歩いていた。
 《妖精の瞳》の能力で、ヴェレッドにはどれが薬草でどれが違うのかがすぐに分かるのだが、全てヴェレッドの力を使っていたら二人が成長しない。だから、あえて《妖精の瞳》を使わず、自分達の力だけで見つけさせた。

「薬草はだいぶ集まったのぅ」
「はい。依頼分は集まりました」

 一人一束ずつ自身のアイテムバッグに収納する。やはり、先にアイテムバッグにしておいて正解だった。

「次はホーンラビットか」

 ヘリオスの言葉に「うむ」と返事をしつつ、周囲の気配を《気配察知》と《魔力察知》で探る。すると、すぐに見つかった。

「ヘリオス、セレーネ。向こうにホーンラビットの群れがおる」

 二人を振り返り、ホーンラビットの気配があった方を示し、声をかける。

「――ヤれるじゃろう?」

目を眇め、見定めるかのように二人を見つめた。

「ああ」
「はい!」

 きっぱりと言い切った二人に、ヴェレッドはさらに言葉を重ねる。

「ならば、どれほど戦えるのか――見せてもらおうかのぅ」

 ホーンラビット目掛けて《身体強化》を使わずに走り、森の中を駆け抜ける。後ろからは二人が何とかついて来ているのが分かるが、やはり最近まで奴隷商にいた為に身体能力が落ちているのが分かった。
 ヴェレッドは二人に合わせ、ギリギリ二人が自分を見失わない程度に速度を落としている。そして、ようやくホーンラビットが視界に入ったところで足を止めたところで、少し遅れて二人も追いついてきてた。

「いい準備運動になったようじゃな」
「…っ、はぁ…はぁ……ああ、まぁな」

 ヘリオスの隣で、セレーネも弾んだ息を整えている。

「よいか、二人とも。無理はするでない。自身でできると思う範囲でするのじゃ。まだ元々の体力すら戻っておらぬのじゃからな」

 最初から上手くやれるとは期待していない。昨日まで何年も奴隷商にいた二人に期待する方が酷というもの。ヴェレッドが期待しているのは魔法をどの程度使いこなしているのか、だ。

「分かってるよ」
「分かりました。ご配慮ありがとうございます」

 目の前にはホーンラビットが七匹いる。一人三匹ずつ討伐しなければならないが、見かけたホーンラビットは全て狩るつもりだ。その方が経験が詰める。

「皮と角は素材になるらしい。最低限の傷で済ますのじゃ。まぁ難しいじゃろうから、できるだけでよい。マーム・ガドゥル――【水の弾】」

 ヴェレッドは「まずは三匹ずつじゃ」と言うと、七匹いる内の一匹を魔法で屑ってみせる。
 「はいはい」と言って、最初に動いたのはヘリオスだ。

「――《影刺し》!」

 人の頭ほどの大きさのホーンラビットの後ろにある影から、鋭い針のようなものを出し、腹を突き刺す。

「――《花散る矢》」

 セレーネは己の指を噛み、血を垂らすと鋭い矢を形成し、一匹ずつに放つ。

「うむうむ。よい感じじゃ」

 腕を組み満足そうに頷く。
 各々仕留めたホーンラビットは、それぞれのアイテムバッグに仕舞う。

「妾の分のホーンラビットが足りぬな。もう少し探すのじゃ」

 もう一度、周囲の気配を《気配察知》と《魔力察知》で探る。見つけては屑り、見つけては屑りの繰り返し。
 その途中、魔物の死骸を数体見つけた。それもただの魔物の死骸じゃない。

「これは毒じゃな」
「毒って……毒にやられたってことか?」

 ヴェレッドの言う通り、魔物の死骸は毒に侵され、肉が爛れている。さらに、爛れた部分は骨がむき出しになっており、ツンと異臭を放っていた。

「こやつらも回収しておくべきじゃろうな」

 そう言ってアイテムボックスに放り込む。
 今日の狩りはここまでにし、一度冒険者ギルドへ戻ることにした。

* * * * *

 冒険者ギルドに着くと、まずは依頼の報告を行った。薬草とホーンラビット、三人分の依頼だ。ホーンラビットは数が数なので、解体をしていない。

「ホーンラビットは解体しておらぬのじゃ。十匹以上仕留めてきたからのぅ」
「分かりました。では解体場へ移動しましょう」

 受付嬢の後ろについて行き、解体場へ着くと見覚えのある顔がちらほらあった。例のドラゴンの時の職員だ。

「おー、妾ちゃん! 今日はどうしたんだ?」
「うむ、依頼を受けてのぅ。今日はホーンラビットじゃ」

 そう言うと、別の職員が「妾ちゃんにしては小物だなぁ」と呟いた。

「こやつらの肩慣らしじゃ」

 こやつら、と後ろにいるヘリオスとセレーネを示す。職員達はすぐに首にある奴隷紋に気づき、二人の肩慣らしなのだと納得してくれ「そうかい、そうかい」と返した。

「では、ホーンラビットを出して頂けますか?」
「数が多いのじゃ。床に出してもよいか?」
「おお、いいぞ」

 人の頭ほどの大きさのホーンラビットを、ドサドサと出す。三人合わせて三十匹はいるだろう。
 受付嬢は驚きの表情を浮かべている。それはそうだろう。三匹でいい依頼なのに、誰が三十体以上も狩ってくると思うか。

「こ、こんなにですか……」
「見かけたのでな」
「た、確かに確認しました。では、受付に戻り手続きを行いたいと思います」
 再び受付嬢の後ろについて行き、受付へ戻る。
 それぞれギルドカードを出し、依頼完了の手続きをしてもらう。

「はい。これで手続きは完了です」
「そうか。そうじゃ、一つ報告があるんじゃが」

 異常があった場合の報告の相手が分からないので、とりあえず受付嬢に報告する。
 毒に侵された魔物の死骸を見つけたことを報告していくにつれ、受付嬢の顔が強張っていき、唐突に頭を下げた。

「申し訳ありません! 私の手に負える案件ではないので、ギルマスを呼んで参ります! 少々お待ち下さい!」

 そう言い残して受付の女性は奥へ引っ込んで行った。
 しばらくしない内に、バタバタと二人分の足音が聞こえてくる。ラファームが来たようだ。

「ちょっとー! ヴェレッドちゃん、今度は何やらかしたのぅ!」

 走りながら、ラファームが叫んできた。
 しかし、とんだ濡れ衣だ。こちらは親切心で報告したというのに。

「さっきぶりじゃのぅ、ごんざ――」
「コホンッ! それで、何があったのかしら?」

 仕返しに”ゴンザレス”と呼んでやろうと思ったら、先手を打たれた。

「こやつに言うた通りじゃ。聞いておらぬのか?」

 こやつ、と受付嬢を差すと、縮こまってしまった。どうやら、慌ててラファームを呼んだだけで内容は伝えていないようだった。また説明しなければならないのか、と億劫に思ったヴェレッドは、ヘリオスとセレーネに説明を丸投げした。

「俺そういうの、得意じゃねぇんだけど……」
「ふふ、じゃあ私からしますね」

 困惑の表情を浮かべるヘリオスを笑い、セレーネが先ほどヴェレッドが報告した内容と同じことを、ラファームに説明した。すると、途端にラファームの表情が険しくなる。

「その毒に侵された魔物、見せてもらえるかしら?」
「うむ、アイテムバッグに入れておるのじゃ」
 ここじゃ何だから、と再び解体場へ連れて行かれる。
「おう、妾ちゃん! 今度はどうした?」
「今度はギルマスも一緒だぞ?」
「ちょっと訳ありでね。さ、ヴェレッドちゃん、お願い」

 一つ頷き、ヴェレッドは回収してきた魔物の中からウルフを取り出した。

「こ、これは……!」
「こいつぁ、ひでぇ。毒で爛れて骨まで剥き出しになってるぜ」
「何か厄介事が起きているのは確かね……」

 少し考えこむと、ラファームはヴェレッドに向き直った。

「ヴェレッドちゃん、お願いがあるんだけど……」

 厄介事の匂いだ。ヴェレッドは聞きたくないと、拒絶するように耳を塞ぐ。

「ヴェレッドちゃ~ん! お願いよ~!」
「おい、ガキみたいなことしてないで、さっさと聞いてやれ」
「ちょ、ちょっとヘリオス……!」

 耳に当てていた手をヘリオスに引っぺがされた。主人に対してあるまじき行為だ。が、ヴェレッドはそれくらいでは怒らない。ちょっといじける程度だ。

「妾が主人のはずなんじゃが……」
「はいはい」

 まぁこちらの方が、気楽に付き合いやすくていいのはいいが。

「で、何じゃ?」

 嫌そうに顔を顰め、ラファームに向き直る。

「大したお願いじゃないわ。明日も森を見てきて欲しいのよ。他の冒険者にもお願いするつもりだけど、ヴェレッドちゃん達にもお願いしたいの」

 今回のような魔物を見つけたり、他にも異常だと思うようなことがあったら、どんな小さなことでも報告して欲しいということだった。
 それくらいならば、とヴェレッドは請け負った。

「助かるわ~、ヴェレッドちゃん! ぎゅぅしちゃう~♡」
「な、何をするのじゃ、離さぬか! ヘリオス、セレーネ! 妾を助けるのじゃ!」

 ヘリオスはため息を吐き、セレーネは困惑しながら二人を引き離した。ラファームは残念そうな表情を浮かべている。

「はぁ、はぁ、はぁ。とにかくじゃ、明日森の様子を見に行けばよいのじゃな!」

 ビシッと指を立て、ラファームに確認する。本当にそれだけでいいのかと。

「ええ、それだけでも充分に助かるわ」

 言質は取った。厄介事には巻き込まれなくて済むな、と機嫌よく冒険者ギルドを後にした。

* * * * *

 宿へ戻ると、風呂を手早く済ませ、ヴェレッドはベッドにダイブした。

「はぁ~。疲れたのじゃ~」
「ヴェレッド様。髪を乾かしませんと……」

 セレーネが風呂場から小走りで駆け寄り、ヴェレッドの髪をタオルで丁寧に雫を拭き取る。当のセレーネもまだ髪が濡れたままだ。こういう場合、《生活魔法》の“乾燥”を使えば一発なのだが、二人は固有の魔法しか使えない。ヴェレッドも多すぎる魔力をまだ上手くセーブできておらず、乾燥させ過ぎるかもしれない為
使えない。

「いいんじゃねぇの? 寝かせてやっとけ」
「じゃあ、せめて枕にタオルを……」

 ヴェレッドの頭を持ち上げ、枕にタオルを敷く。これだけでも違うはずだ。
 もうすやすやと寝息を立てているヴェレッドを見つめ、二人はその寝顔を眺める。

「こうしてると、普通の人間なんだがなぁ」

 今日の戦いを二人は思い出す。ヴェレッドは明らかに戦闘慣れしていた。ホーンラビットを狩ったことがあるだけの自分達よりも遙かに強かった。魔法も、身のこなしも、素人目で見ても一流だった。生まれてからずっと、牢に閉じ込められていたはずなのに、だ。

「……セレーネ、こいつのこと、どう思う?」

 小声で、ヴェレッドを起こさないようにセレーネに話しかける。

「……そうね……悪い方には見えないわ。奴隷商で会った時にも思ったけれど、少なくとも、今までのような人達とは違うと思う」
「俺も同感だ。何て言うか……自由人? って感じだな」

 今までのヴェレッドの言動を思い返し、ヘリオスは考え込む。

「この方と一緒にいれば、何だか楽しく過ごせそうな気がしてくるのだから、不思議ね」

 セレーネがおかしそうにくすくすと笑う。

「でも……おかしいわよね、色が違うってだけで“忌み子”だなんて。あんなに綺麗なのに」

 自分達も色が違うからと奴隷にされた。その痛みは今も消えてはいない。

「ああ、黒くても充分綺麗だったな」

 ヴェレッドが妖精になったときの様子を思い出す。ヴェレッドは特に気にした風もなく、平然としていた。

「見た目と雰囲気が釣り合わないと思ってたが、まさか妖精とはな」

 どちらともなく、沈黙が流れる。先に口を開いたのはヘリオスだった。

「明日も森に行くことになったんだし、俺達を寝ようぜ」
「そうね。おやすみ、ヘリオス」
「ああ。おやすみ、セレーネ」

 二人とも自分達のベッドへ入り、この日の夜は更けていった――……。
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