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第一章

第八話 ヴァンパイアの先祖返りと契約

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 柵ギリギリまで近づいたヴェレッドはしばらく双子を見つめると、口を開いた。

「妾の名はヴェレッドじゃ。先の質問じゃが、妾はこなた達を買いに来た。こなたらの名は?」

 兄の方の名はサリサが呼んだ為分かったが、改めて本人達の口から聞きたかった。じっと双子はヴェレッドを見つめるだけで、口を開かない。ヴェレッドは辛抱強く待ち、双子達が口を開くのを待つ。やがて、双子の兄の方が先に口を開いた。

「……俺はヘリオス」
「わ、私はセレーネ、です……」

 体勢は変えず、警戒は解いてないようだが答えが返ってきた。ヴェレッドにとっては会話ができるだけで充分だ。

「ヘリオスとセレーネじゃな。先祖返りじゃと聞いておるが、両親とも人の子じゃったのか?」
「………ああ。両親とも普通の人間だった」

 一応会話は成り立つ。しかし、他の奴隷に比べてこの双子は警戒心が強すぎる。そして、二人の瞳には憎しみや怒りが籠もっているように見えた。
 ヴェレッドには分からなかった。こんなにも敵意を向けられる理由が。二人の瞳に憎しみや怒りが宿っている理由が。奴隷になったのだから、それなりの経緯はあったのだろうことは思いつく。しかし、誰彼構わず警戒するほどのことがあったというのだろうか。

「ヘリオスとセレーネを買いに来た者達は、どんな奴らだったのじゃ? 何を目的に二人を買おうとしておった?」
「……顧客情報ですので詳しくは申せませんが、富豪やある程度の地位のある方々、あとは研究者などです。目的は……その、ヴァンパイアの力を利用しようとされる方や、研究目的に買おうとされる方。それから、その……」
「その先は言わんでもよい。想像はつくからの」

 その先に続くのは“慰み者”にしようとする者だろう。二人はかなり容姿が整っており、成長すればもっと美しくなることは想像に難くない。そんなことを考える輩がいるのも納得はできるが、気分のいいものじゃなかった。二人の警戒心が高まるのも無理はないし、抵抗しようとするのも頷けるというものだ。

「俺達を買うと言ったが、目的は何だ?」

 警戒するのも無理はない。双子の心情を思い、ヴェレッドはうむうむと頷き、二人に大事な質問をする。

「こなたら、家事は得意か?」
「「は?」」

 何の脈絡もない、質問の答えにもなっていないヴェレッドの問いに、双子の声が重なる。

「得意じゃなくても、多少できるだけでもよい……どうじゃ?」

 そもそもの奴隷を買おうと思った目的はそこだったのだ。二人ができないと言うのであれば、また別に探さなければならない。ヴェレッドにとっては重要な質問なのだ。
 戦闘面の方は、あまり気にしていない。魔法が使えるならそれだけで充分だし、鍛えればいいのだから。

「……えぇっと、わ、私は生家で使用人の真似事をしていましたので、多少は……」
「俺は、少しなら……できなくはない、が……」
「そうか!」

 戸惑いながら二人は答えに、ヴェレッドは喜色の声を上げる。不得手ならどうしようかと思っていたが、これで別の者を探す必要がなくなった。

「妾は冒険者じゃ。戦闘には自信があるのじゃが、家事ができぬ。それと身の回りのこともな」
「……身の回りってどういうことだ?」

 双子の兄、ヘリオスの質問に、悪びれる様子もなく、ヴェレッドは答えた。

「そのままの意味じゃ。妾は一人では着替えもできぬし、風呂にも入れぬ。身だしなみを整えることもできぬのじゃ」
「どんなお嬢様だよ……」

 ヘリオスはぼそりと呟いたつもりだろうが、ヴェレッドにはバッチリ聞こえた。

「妾はお嬢様ではないぞ? 生まれは普通……いや、少し特殊じゃな」
「どういう意味だ……?」

 ヘリオスの問いに、クスッと自嘲気味にヴェレッドは答えた。

「こなた達とは少々違うが、自由のない生活を送っておったのじゃ」

 まぁ、あくまでこれは前世と里での話だが。

「妾は最近まで、牢に閉じ込められ、四肢を拘束されておった。生まれてからずっと、な。牢から出た瞬間、妾が感じたのは歓喜じゃったよ」

 瞼を伏せ、つい先日までの自分を思い出す。

「そうなんですか……」
「簡単に信じるな。それが本当かどうかなんて俺達には分からない。同情を惹く為の嘘かもしれない」

 確かにヘリオスの言う通りだ。双子にはヴェレッドの《妖精の瞳》のように、真実を見極める力はない。きっと幾度となく、ここに来た者達から、そのようなことをされてきたのだろう。もしくは、ヘリオスの警戒心の強さは、己と妹を守る為に身につけたのかもしれない。

「ふむ。確かにそうじゃな」

 どう説得しようかと迷っていると、ほとんど黙ったままだったもう一人の双子、セレーネがおずおずと口を開いた。

「あ、あの……」
「? セレーネ?」
「何じゃ?」

 先を促すと意を決したように、ヘリオスの後ろから出てきて、胸の前で手を組む。

「ただ家事ができる奴隷がほしいだけ、ということですか?」

 先ほどのヴェレッドの要求を確認するセレーネ。少しは信じてくれたのだろうか。

「そう言うておるじゃろう」
「……家事奴隷に使える奴は他にゴロゴロいる。それなのに、何で俺達を選ぶ?」

 ヘリオスはまだ警戒しているようで、ヴェレッドに問う。他に目的があるのではないか、と。

「ふむ。他の目的、か。そうじゃのぅ。確かに“ヴァンパイア”という珍しき種族に惹かれたのも理由の一つじゃが、一番の理由は――以前までの妾に似ておったから、かもしれぬな」

 “ヴァンパイア”という珍しい種族に惹かれたのは紛れもなく事実。だが、それが一番の理由でないことに話ながら気づいた。
 本当の理由は――自分に似ていたからかもしれない。
 暗い柵で隔離された双子を見た時、ヴェレッドは思った。この二人は自分だ、と。四肢を拘束され首輪を付けられ、その二人はまさに自分だった。

「ヘリオス、気づいているはずよ。この方の言葉は、今までここに来ていた人達の、嘘ばかりの言葉とは違う。そうでしょ?」
「…………」

 セレーネの言葉にヴェレッドは驚く。黙り込むということは、肯定しているも同然だ。ということは、ヴェレッドの言葉を信じてくれているというのか。ならば、とヴェレッドは思った。

「ヘリオス、セレーネ。妾と共に来い」

 柵の隙間から、ヴェレッドは己の小さな手を差し伸べた。


「――もう一度、妾と共に、生きてはくれまいか?」


「「っ!?」」

 二人は差し出された手を見て震える。

「それとも、このままここにずっと居るか? 選ぶのはこなた達じゃ」

 どうだ? と問うと、双子は互いの顔を見合わせ、同時に頷きヴェレッドの手に手を重ねた。

「俺も一緒に連れて行ってくれ」
「私も一緒に連れて行って下さい」

 ヴェレッドになら買われてもいい、と二人は声を重ねて意思表示をした。
 欲しいものが手に入り、ヴェレッドは満足気にニヤリと口角を上げた。

「だ、そうじゃが。サリサよ、どうすればよい?」

 おそらく何か手続きがあることは容易に想像がつく。あるのなら早くして欲しい。ヴェレッドは二人の説得で、気力をほぼ使い果たしてしまっていた。

「は? は、はいっ。書類に記入して頂き、諸注意の説明がございますので、別室へご案内致します」

 サリサは急に話しかけられて、間抜けな声を出してしまう。言葉に詰まりながらもヴェレッドの質問に答えたサリサは、どこからかベルを取り出した。チリンと鳴らすと使用人が入ってくる。

「二人の身支度を」

 柵の南京錠を開け、二人を柵から出すと使用人がどこかへ連れて行った。

「準備が整いましたら連れてきますので。ヴェレッド様はこちらへどうぞ」

 通された別室は事務手続きをするには丁度よい広さなのだが、左奥にはさらに扉があった。ヴェレッドは進められるがままにソファに座る。

「あの、今更ですが……この二人は当店でもかなり高額な奴隷ですが……その……」

 金はあるのか、ということだろう。

「一応用意はしてきておるが、いくらじゃ?」
「はい、二人合わせまして、白金貨二枚となっております」

 先祖返りと言えど、希少な“ヴァンパイア”だ。それくらいして当然だろう。

「うむ、問題ない」

 先ほど金は用意してきた。
 ちなみに、奴隷は最低でも金貨一枚だ。そのことを考えると、二人はかなりの高額と言える。
 ヴェレッドはアイテムバッグから白金貨二枚をサリサに渡す。

「これでよいかの?」
「は、はい。確かに頂戴致しました」

 まさかこんな子供が持っているとは思わなかったのだろう。
 驚きながらも、再びベルを鳴らし、使用人を呼ぶ。
 呼ばれてきた使用人にヴェレッドが渡した白金貨二枚を渡し、書類を受け取る。

「それでは、こちらの書類に目を通された後、お名前をご記入下さい」
「了解じゃ」

 《妖精の瞳》を使い、書類に一通り目を通すと購入人数が二人な為、二枚の書類の下の方にある欄に『ヴェレッド・マクシェハ』とそれぞれサインをした。

「はい、ありがとうございます。ヴェレッド様は、奴隷を購入されるのは初めてということでしたね」
「うむ、初めてじゃ」

 前世を含め、奴隷を買うのはもちろん、会うのも初めてだ。

「二人が来るまでまだ時間がありますので、いくつか説明させて頂きます」

 曰く、奴隷紋の儀式は魔法陣と、主人奴隷の二人に血を使って行う。これを行うことで、奴隷は基本的には主人の命令に逆らうことができなくなる。その代わりと言っては何だが、主人には奴隷に対して衣食住を提供する義務が生じる、などだった。
 そこまで話したところで、コンコンとノック音が部屋に響いた。どうやら準備とやらが整ったようだ。先ほどとは違い、明らかに奴隷だと分かるような恰好ではなく、二人はきちんとした身支度が整えられていた。“隷属の首輪”も外され、首元がすっきりしている。

「二人も来たことじゃし、奴隷紋の儀式とやらを頼もうかのぅ」
「承知しました」

 席を立ったサリサは左奥にあった扉に手をかけ、ヴェレッド達を招く。
 そこは床の中心に魔法陣が描いてあるだけの少し薄暗い部屋だった。
 魔法陣へ向け《妖精の瞳》を使い、先ほどの契約内容と齟齬がないか確認する。

「二人同時に行うことも可能ですが、一人ずつ行いますか?」
「いや、二人同時で構わぬ」

 その方が手間が省けるからだ。

「ヴェレッド様、こちらの魔法陣の上に立って頂けますか? ヘリオス、セレーネもこちらへ来なさい」

 促されるまま三人は魔法陣の上に移動する。

「次にこちらの用紙の主人の欄に、ヴェレッドの様の血を頂いてもよろしいでしょうか」

 差し出された針で指先を差し、指定の場所に押し付ける。それをもう一枚同様に行う。

「ヘリオスとセレーネはここに」

 それぞれ差し出された用紙に二人もヴェレッド同様、針で指先を差し、指定の場所に押し付けた。
 先ほど血を押し付けた際見えたのだが、用紙自体が魔道具になっているようだった。何か仕掛けがあるのだろうと、無言で用紙を見ていた。すると、次第にそれは光を放ち、飴玉より少し大きいくらいの球体となった。

「ほう、綺麗じゃな」

 その球体はふよふよと動き、ヘリオスとセレーネの前に移動した。

「あとは二人がそれを飲み込めば儀式は完了です」

 二人は不安そうにヴェレッドを一度見た後、思い切って球体を飲み込んだ。それと同時に床の魔法陣が光り出し、首元にある二人の奴隷紋へ収束していく。

「お疲れ様でした。これで奴隷紋の儀式、並びに全ての手続きは完了となります」

 サリサは出入り口まで来て、来た時と同じ様に優雅に一礼する。けれど――

「本日は当館をご利用いただき、ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております……はぁ……」

 どこかぐったりと疲れているようにも見える。ため息まで聞こえたような気もするが、おそらく気のせいだろう。疲れる要素などどこにもなかったのだから。
 ヴェレッドはこの店に来てから現在まで振り返ったが、やはり彼女が疲れる要素などなかったな、と内心で勝手に納得した。

「また、機会があればの。しかし……」
「? 何か?」

 中途半端な所で言葉を切ったヴェレッドに、サリサが首を傾げる。

「お主は普通じゃのぅ。ラファームやジェシカのようにハートを飛ばさぬのじゃな。人見知りなのか?」
「あの、仰っている意味が……」

 困惑の表情を浮かべるサリサにヴェレッドがふっと笑った。

「妾が気づいておらぬと思うたのか? 口にするのは無粋かと思うて言わんかっただけじゃ。その為の手袋と襟、なのじゃろう?」
「っ!」
「今度はゆっくり話をしてみたいのぅ」

 そう言い残してヴェレッドは奴隷商を後にする。
 隣の二人は何を言っているのか分からず、不思議そうな顔を浮かべていた。
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