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第一章

第三話 冒険者ギルドでの騒動

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 冒険者ギルドの中へ入ると、大勢の人でごった返していた。
 中に入った途端、大勢の訝しむような視線を感じる。女が来たのが珍しいのか、見た目のせいか。おそらくは後者だろう。
 辺りを軽く見渡すと女性の冒険者もいたが、やはりと言っていいのか、男性の冒険者の方が圧倒的に多かった。
 「おい、何だあのガキ」「まさか冒険者になりにきたわけじぇねぇよな」「んな、まさか」「依頼じゃねぇの?」など、色んな会話が聞こえてくる。
 視線も会話もスルーして、ヴェレッドはずんずんと中へ進む。
 受付と思われる場所は入ってすぐの場所に数カ所設けられていたが、どの場所も行列ができている。
 とりあえずヴェレッドは、一番空いていそうな列の最後尾に並ぶ。
 すると、前に並んでいる男が話しかけてくる。

「おい、嬢ちゃん。ここは嬢ちゃんみたいなのが来るとこじゃないぞ?」
「なぜじゃ? 妾は冒険者の登録に来たのじゃ」

 ヴェレッドの妙な話し方に一瞬虚を突かれたが、男は気を取り直して続けた。

「登録って、こんな時間にか? それに……嬢ちゃんいくつだ?」
「レディーに年齢を聞くのはマナー違反じゃぞ? 安心せい、成人はしておる」
「レディー、ねぇ。成人してるって……嬢ちゃん」

 この世界での人間の成人年齢は十五歳。ヴェレッドの見た目はどんなに頑張っても、十歳に見えるか見えないかくらいだ。
 どうやら男は信じていないようで、微妙な顔をしている。しかし、あくまで男は心配して話かけてきたようだ。
 ヴェレッドは話を逸らす為に別の話題を出した。

「のぅ、なぜ夕方じゃというのにこんなに混んでおるのじゃ?」
「ああ。夕方ってのは、受けた仕事が終わって、依頼完了の報告に来る奴が多いんだよ」

 なるほど。さっき言っていた、『こんな時間にか?』というのは、こんな込みやすい時間に登録か? という意味だったらしい。丁寧に説明してくれたおかげで分かりやすかった。

「お次の方どうぞ」

 しばらく待っていると、ヴェレッドの番が来た。
 受付のカウンターが高い為、少しジャンプして懸垂の要領で受付に顔を出し、両肘をカウンターに乗せて体重を支える。身長が足りない為、足はプラプラ状態だ。
 受付にいたのは若い女性だった。いきなり下から出てきたヴェレッドに驚き、目を丸くして固まっている。

「初めてなんじゃが。登録を頼めるかの?」
「……ハッ、申し訳ありません。登録というのは、冒険者の登録でしょうか?」
「他に何があるのじゃ」

 幼い見た目の相手にもきちんと敬語を使える受付嬢には好感が持てる。ヴェレッドの返しに受付嬢は困惑の表情を浮かべた。

「あのぅ、大変申し訳ありませんが、冒険者の登録は成人の十五歳からとなっております。ですから……」
「登録はできぬというのか? 妾は先日、成人の年齢を迎えたのじゃが?」

 人間の成人である十五歳ではなく、妖精の成人五十歳だが。当然そんなことは言わない。

「えぇっ!? あっ、失礼いたしました!」

 突然受付嬢が大声を出した為、変な注目を集めてしまった。もっとも、その前からカウンターにぶら下がっている奇妙な子供は、それなりに注目を受けていた。誰か踏み台など持って来てくれないものかと、心の中で愚痴る。

「で、登録は――」
「おい、こら。嘘はよくないぞ」

 できるのか? と聞こうと思ったら、後ろに並んでいる目つきの悪い男が、ヴェレッドの肩を掴みながら注意してくる。ヴェレッドはカウンターから飛び降り、目つきの悪い男と向き合った。

「なぜ嘘だと思うのじゃ? 妾は嘘など言うておらぬ」
「何を言ってんだ? どう見てもまだ一桁だろ」

 そう見えるのは致し方ないが、決めつけられるのはあまり気分がよくない。ヴェレッドはあえて、相手を煽るような言葉を選ぶ。

「やれやれじゃな、最近の若いのは相手を見た目だけで判断するのかの」
「何だとっ!?」
「あ、あの……」

 目つきの悪い男がヴェレッドの言葉に激高しそうになり、受付嬢がおろおろしていると、新たな人物が登場した。

「ちょっと、これは何の騒ぎかしら?」

 茶色い瞳に美しい金髪を一つに纏めて前に流し、両耳から下がる赤いピアスが印象的な、百九十センチはあろうかという高身長。フリフリの襟に袖口の広いブラウスとワイドパンツの組み合わせがよく似合う女性――ではなく、男性か。
 今聞いた声は男性特有の低さであり、よく見ると喉仏がある。何より肩幅ががっしりしているし、服の下にはそれなりの筋肉がついていると思われる。男性というよりは、仕草や言葉遣いから“オネエ”と表現する方が正しいだろう。
 何にせよ、この“オネエ”はそれなりに強者のようだ。この目つきの悪い男に比べれば遥かに。ひょっとしたら……

「申し訳ありません、ギルマス」

 やはりギルドマスターだったようだ。とてもそうは見えないが、この場にいる者の中だったらおそらく一番の強さを持っているだろう。
 彼、いや彼女の容姿については触れないことにし、ヴェレッドは目を眇めて物申す。

「登録をしに来たのじゃが、妾は成人しておると言うのに、見た目で判断されて困っておったところじゃ」

 何でも見た目で判断しようとする、ここの職員と冒険者には呆れてしまう。

「そうなの?」

 ギルドマスターは真っ赤なマニキュアをしている手を頬に当て、受付嬢に確認する。

「は、はい、そうです……」
「そっちの彼は?」

 さっき、ぎゃーぎゃー言っていた目つきの悪い男にもギルドマスターは説明を求めると、目つきの悪い男はふんっと鼻息荒く答えた。

「このガキはどう見ても成人なんかしてるようには見えない。だから嘘を吐くなと注意していただけだ」

 さも自分が正しいと言いたげなこの男に、少々イラっときたヴェレッドは薄く殺気を纏い、言い放つ。

「妾は成人しておる。先ほどからそう言うておるじゃろう?」
「「「っ!!」」」

 薄くしていたはずだが、何人かの冒険者はヴェレッドの殺気に気づき、とっさに剣の柄に手をかける。目つきの悪い男はもちろんヴェレッドの正面にいたので、もろに殺気を浴び、腰を抜かしていた。

「ふんっ。この程度で腰を抜かすとは、情けないのぅ」

 やれやれと大げさに手を添えて嘆いて見せる。

「このガキ……っ!」
「はいはい、そこまでよ!」

 ギルドマスターはパンパンと手を打ち、自分に注目を向けた。

「ギルド内での戦闘はご法度よ。それと、あなたに関しては魔道具で確かめてみましょ」

 魔道具とは、魔物の体内にある魔石を使って作る道具のことだ。色々と便利なものが多く、ピンからキリまである。

「魔道具、ですか」

 そんなのあったか? と、受付嬢と目つきの悪い男が首を捻る。
 それに対して、ギルドマスターは「えぇ」と低い声で女性らしく返した。
 二人は知らないようだが、ヴェレッドには心当たりがある。彼女が生きていた時代に、嘘を言っているかどうかが分かる魔道具が存在したのだ。
 おそらく、ギルドマスターはそれを使うつもりなのだろう。あれなら確実に、ヴェレッドが成人していることを証明することができる。そのことを思いつくあたり、さすがはギルドマスターと言ったところか。

「アタシは、このトルソネルの街のギルドマスターをしているラファームよ。あなたの名前を聞いてもいいかしら?」

 ヴェレッドはここにきて、初めて街の名前を知った。トルソネルと言うらしい。
 ギルドマスター、ラファームは先に名乗ってからヴェレッドに名前を聞いてきた。きちんとマナーを分かっているようだ。
 妖精の中には数万人に一人、《妖精の瞳》をいう特殊能力を持って生まれる者がいる。
 《妖精の瞳》は全てを見通す瞳。この瞳の前では何もかもお見通しだ。虚言は通用しない。
 そしてヴェレッドは、その《妖精の瞳》の持ち主だ。
 なので、ヴェレッドには分かった。“ラファーム”という名は偽名だ。なぜ偽名を使っているのかは分からなかったが、悪意はないようなのでスル―しておく。

「妾はヴェレッドじゃ」

 端的に、名前のみを名乗った。

「そう、ヴェレッドちゃんね。少し提案したいのだけれど、いいかしら?」
「うむ、よいぞ」

 「ふふっ」とラファームが苦笑を漏らす。おそらく、ヴェレッドの口調に対してだろうが、ラファームとて人のことを笑えるような恰好をしていないではないか。
 しかし、この事態を収拾してくれるようなので、指摘しないでおいてやろう。

「提案というのは、先ほど言った魔道具――嘘を見抜く力を持つ『審判の石』を使うということよ。……本当なら別室でやるんだけど……」

 どうやら予想した通りにことが進んでいるようで、ヴェレッドは「みなまで言わずともよい」と、ラファームの言葉を遮った。きちんとヴェレッドのことを考えて、言葉を選んでくれている。

「この者達は納得せぬじゃろうから、ここで使ってはどうか、ということか?」
「ええ、言ってしまえばそうね。どうかしら?」
「それでいらぬ諍いがなくなるのなら、妾は構わぬ」

 先ほどは短気を起こしかけたが、自分の見た目のことは把握しているし、面倒事はさっさと片づけるに限る。それに、多少注目は集めるだろうが、別室でしたのでは誰も信じはしないだろう。いや、ギルドマスターが言うならばと、表向きは納得するかもしれない。けれど、本当の意味で納得できる者は少ないだろう。

「それじゃあ、持ってくるから少し待ってて。あなたはここに机を用意してちょうだい」

 ラファームの指示に、受付嬢は「分かりました」と急いで奥へ引っ込む。受付嬢を見送って、ラファームもヴェレッドへパチンとウィンクを残し、二階へ上がって行った。

「おい。ガキ。止めるなら今の内だぞ」
「妾は成人した立派なレディーなのじゃから、問題はない」

 軽く睨みつけて言うと、目つきの悪い男は少し怯えたようにビクッと反応すると踵を返した。その背中にヴェレッドは追い打ちをかける。

「腰はもうよいのか?」
「なっ! う、うるせーっ!」

 さっき腰を抜かしたことを遠回しに指摘すると、荒く鼻息を鳴らし、顔を赤くする。

「若いのぅ」

 クツクツと喉の奥で笑う。そうは言うが、ヴェレッドも肉体だけで言うなら成人したばかりだ。妖精の中では子供と言われてもいいくらいである。

「おまたせ~」

 そうこうしている内にラファームが二階から降りてきた。
 ゴツゴツした手には子供の拳くらいのサイズの宝石のような石があり、底には台座がついている。
 ラファームは、受付嬢が用意した机の上にそれを置いた。机に手の届かないヴェレッドの為に、わざ
わざ踏み台まで用意されている。

「これがさっき話した『審判の石』よ」

 ヴェレッドは『審判の石』を、《妖精の瞳》でじっくりと観察する。

「ヴェレッドちゃん、準備はいいかしら?」

 『審判の石』は確かに本物だった。なので、ラファームに頷く。

「うむ。この魔道具に手を翳せばよいのか?」

 使い方は前世のおかげで知っている。魔道具に手を翳して質問に答える、もしくは宣言すると、『審判の石』が審議する。しかし、知っている風に言ってしまうと、なぜ知っているのかということになってしまう為、質問形式で聞いた。

「ええ。この石に触れて、自分が成人年齢に達していることを宣言してちょうだい。虚実だった場合は石が赤く、真実だったら青く光るわ」
「うむ、よいぞ」

 勿体つけることでもないので、石に手を翳し、ヴェレッドはさっさと宣言する。

「“妾は成人年齢に達しておる”」

 「うわぁ、あっさり……」「お、おい、大丈夫なのか……」などと、周りからは驚きと心配の声が上がっているが、何の心配もいらない。ヴェレッドは妖精としても人間としても、本当に成人しているのだから。
 石は青く光り、ヴェレッドの言うことが真実であることを証明している。

「どうじゃ?」
「……確かに。ヴェレッドちゃんが成人していることは証明されたわ」

 神妙な顔でギルドマスターが頷き、ヴェレッドが成人していることを宣言する。

「ギルマス! その石壊れてるんじゃないのか!? そんなガキが十五なわけがねぇ!」

 いつの間にか近くにいた、先ほどの目つきの悪い男がイチャモンをつけてきた。男の声に合わせて「そうだそうだ!」という声もちらほら上がってきている。

「ならば、どうすればこなたは信じるのじゃ?」
「そ、それは……」

 目つきの悪い男は、ヴェレッドはその男に向って問いかけるが、男は言葉を濁す。

「妾はの、親から虐待を受けておって、発育がよくないのじゃ。食事もほとんど摂らせてもらえなくてのぅ」

 石に手を翳したままヴェレッドは続ける。本当のことを言っているので、石は青く光り続けていた。わざわざここまで言う必要はないし、先ほどのように殺気を当ててやってもいいのだが、それでは後々遺恨が残ってしまう。ならば、面倒くさくてもこの者達が納得できるように説明してやるのがよいと、ヴェレッドは判断した。

「故に、このような幼い見た目で成長が止まってしもうたのじゃ。おそらくこれ以上の成長は見込めぬ。この辺で勘弁してはくれまいか?」

 ヴェレッドのショッキングな内容の発言に、場が静まり返る。所々からは涙を啜る音が聞こえた。
 「頑張ったんだな、嬢ちゃん」「くぅ、泣ける話だぜ」「あれ以上成長しないのか、じゅるり……」等々。
 ぱんぱんと二回手を打ち、ラファームは薄い紅を引いた唇を開く。

「石は青く光っている。ヴェレッドちゃんの話が真実だということは証明されたわ。皆、納得したわね。それじゃ、この件はこれで終了よ。用が済んだのなら、とっとと帰りなさい。まだなら受付に並ぶこと。いいわね」

 ラファームの言葉を皮切りに、その場にいた者達は各々動き出す。ちなみに目つきの悪い男からの謝罪はなかった。今度見つけたら仕置きでもしてやろう。

「ヴェレッドちゃん、辛いことまで話させてしまって……本当にごめんなさい。すぐに登録の手続きをするわ」
「妾は気にしておらぬし、こなたが謝ることではないのじゃ」

 むしろ、事態を収拾してくれた彼(彼女?)には、礼を言いたいくらいである。
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