1 / 46
第一章
1
しおりを挟む
ファンタジーアニメに出てくるような森の中、とはちょっと違う。ある程度人の手が入って整えられた人工的に美しい森は、私が生まれる前にはとっても賑やかだったらしい。今は、誰もいない。存在も忘れられているのかもしれない。そう思うと少し悲しいな。
そんな山の中で、妖精さんに出会えたら。なんて夢を見てしまい、私は恥ずかしくなる。まだまだ子どもだなぁ。
顔を勢い良く通り過ぎる風が心地いい。街中では感じられない清らかさを、深呼吸して体いっぱいに溜め込む。
居場所を作りたい。そう思った中一の夏。
小学生の時から乗っている、赤い自転車のブレーキをかける。砂利がいくつか勢い良く飛んだ。汗が顔や首から流れ落ち、黒いTシャツの首元から背中へ流れた。焦げ付くような白い太陽の光の中、その殻を破ろうと私はもがく。
夏休みだから、ちょっと遠出しようと思った。
一人やってきたのは元キャンプ場。一時期はキャンプに訪れる人で溢れかえっていたけれど、今は閉鎖されている。新しくてきれいでおしゃれなキャンプ場はいくらでもあるからね。
そんな場所に、自転車の前かごにサッカーボールひとつだけ入れてやってきた。
壊れた柵を乗り越える。使われていない廃れたキャンプ場ではあるが、所有者がいるため立ち入り禁止。
正面の出入り口は背よりも高い柵に守られているが、裏の出入り口は背が低い。子どもでも簡単に侵入できる。
ボールを落とさないよう気をつけながら足を踏み入れるけど、こんなに雑草があってはうまくボールは蹴れないだろう。心置きなくボール遊びがしたかったのに、残念。
セミの鳴き声が反響して聞こえる程、木々に覆われた広場。キャンプ場によくある水洗い場は、コケむして黒ずんでいた。とりあえず、ベンチに座って上を眺める。
さわさわ揺れる葉っぱの音を聞きながら、新鮮な緑の匂いでむせ返りそうになる。
遠い、とは言っても、自転車で三十分ちょっと。ママチャリでは大変な上り坂をのぼった先にある。
小学生の頃は、子どもだけで遠出してはいけなかった。どこまでが遠出に含まれるかというと、学区外はいけないというのだから狭い世界。
私はボールを手にしたまま中に進んでいく。
デニムのショートパンツで足を露出させているから、虫さされが心配。こんなことなら、暑苦しいなんて思わずにジャージで来るべきだったかも。元キャンプ場に来るには軽装だったなぁ。
スマホの電波は繋がりそうもない僻地、って感じ。とはいえ、中学一年生になっても私はスマホを持ってないからそんな心配しなくていい。
必要に感じなかったから、親にねだることもしなかった。そう思い込んでいた。
『夏休みは、みんなで旅行に行くの』
『梨緒子ちゃんは、どこかに行くの?』
『じゃあね、また、二学期に』
友達だと思っていたのは、私だけ。「みんな」に私は含まれなかったことに気が付いたのは遅かった。
ああ、思い出しただけで腹が立つ。とはいえ、あの子たちが悪いわけではない。私は友達ではなく、ただのクラスメイト。LINEのアカウントを聞かれることもないから、スマホを必要に感じなかっただなんて。
そうは言いつつ、性格を直したいとも思ってない。
直すというより、変わりたいと思った。
苛立ちを込めて、ぽーんとサッカーボールを蹴り上げた。その勢いで、長いポニーテールが自分の顔にあたる。汗が髪の毛に持っていかれ、キラキラ弾け飛ぶ。
ワールドカップで使用されるような公式ボールではなく、安物の白黒サッカーボールは、緑の森に吸い込まれていった。
やば。
ボールを追いかけ草木が伸び放題の茂みに入る。顔をしかめながら進んでいると、急に視界が開けた。ここだけ、雑草がない。そして、道しるべのように雑草がなく土が見えている細い線が山の上に伸びていた。
あたりを見回すと、そこには『ふじくぼ』と書かれただけの木の看板を見つけた。赤地に、オレンジの文字。古くて汚れているし、はじっこは欠けているけれど、なんだか高級そう。植物の葉っぱのような装飾も四隅に施されている。
ふじくぼ……って、何? 花とか木の名前とか?
セミの鳴き声に集中力を奪われながら頭を回転させるが、その言葉に聞き覚えはなかった。
そんな山の中で、妖精さんに出会えたら。なんて夢を見てしまい、私は恥ずかしくなる。まだまだ子どもだなぁ。
顔を勢い良く通り過ぎる風が心地いい。街中では感じられない清らかさを、深呼吸して体いっぱいに溜め込む。
居場所を作りたい。そう思った中一の夏。
小学生の時から乗っている、赤い自転車のブレーキをかける。砂利がいくつか勢い良く飛んだ。汗が顔や首から流れ落ち、黒いTシャツの首元から背中へ流れた。焦げ付くような白い太陽の光の中、その殻を破ろうと私はもがく。
夏休みだから、ちょっと遠出しようと思った。
一人やってきたのは元キャンプ場。一時期はキャンプに訪れる人で溢れかえっていたけれど、今は閉鎖されている。新しくてきれいでおしゃれなキャンプ場はいくらでもあるからね。
そんな場所に、自転車の前かごにサッカーボールひとつだけ入れてやってきた。
壊れた柵を乗り越える。使われていない廃れたキャンプ場ではあるが、所有者がいるため立ち入り禁止。
正面の出入り口は背よりも高い柵に守られているが、裏の出入り口は背が低い。子どもでも簡単に侵入できる。
ボールを落とさないよう気をつけながら足を踏み入れるけど、こんなに雑草があってはうまくボールは蹴れないだろう。心置きなくボール遊びがしたかったのに、残念。
セミの鳴き声が反響して聞こえる程、木々に覆われた広場。キャンプ場によくある水洗い場は、コケむして黒ずんでいた。とりあえず、ベンチに座って上を眺める。
さわさわ揺れる葉っぱの音を聞きながら、新鮮な緑の匂いでむせ返りそうになる。
遠い、とは言っても、自転車で三十分ちょっと。ママチャリでは大変な上り坂をのぼった先にある。
小学生の頃は、子どもだけで遠出してはいけなかった。どこまでが遠出に含まれるかというと、学区外はいけないというのだから狭い世界。
私はボールを手にしたまま中に進んでいく。
デニムのショートパンツで足を露出させているから、虫さされが心配。こんなことなら、暑苦しいなんて思わずにジャージで来るべきだったかも。元キャンプ場に来るには軽装だったなぁ。
スマホの電波は繋がりそうもない僻地、って感じ。とはいえ、中学一年生になっても私はスマホを持ってないからそんな心配しなくていい。
必要に感じなかったから、親にねだることもしなかった。そう思い込んでいた。
『夏休みは、みんなで旅行に行くの』
『梨緒子ちゃんは、どこかに行くの?』
『じゃあね、また、二学期に』
友達だと思っていたのは、私だけ。「みんな」に私は含まれなかったことに気が付いたのは遅かった。
ああ、思い出しただけで腹が立つ。とはいえ、あの子たちが悪いわけではない。私は友達ではなく、ただのクラスメイト。LINEのアカウントを聞かれることもないから、スマホを必要に感じなかっただなんて。
そうは言いつつ、性格を直したいとも思ってない。
直すというより、変わりたいと思った。
苛立ちを込めて、ぽーんとサッカーボールを蹴り上げた。その勢いで、長いポニーテールが自分の顔にあたる。汗が髪の毛に持っていかれ、キラキラ弾け飛ぶ。
ワールドカップで使用されるような公式ボールではなく、安物の白黒サッカーボールは、緑の森に吸い込まれていった。
やば。
ボールを追いかけ草木が伸び放題の茂みに入る。顔をしかめながら進んでいると、急に視界が開けた。ここだけ、雑草がない。そして、道しるべのように雑草がなく土が見えている細い線が山の上に伸びていた。
あたりを見回すと、そこには『ふじくぼ』と書かれただけの木の看板を見つけた。赤地に、オレンジの文字。古くて汚れているし、はじっこは欠けているけれど、なんだか高級そう。植物の葉っぱのような装飾も四隅に施されている。
ふじくぼ……って、何? 花とか木の名前とか?
セミの鳴き声に集中力を奪われながら頭を回転させるが、その言葉に聞き覚えはなかった。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
三姉妹の姉達は、弟の俺に甘すぎる!
佐々木雄太
青春
四月——
新たに高校生になった有村敦也。
二つ隣町の高校に通う事になったのだが、
そこでは、予想外の出来事が起こった。
本来、いるはずのない同じ歳の三人の姉が、同じ教室にいた。
長女・唯【ゆい】
次女・里菜【りな】
三女・咲弥【さや】
この三人の姉に甘やかされる敦也にとって、
高校デビューするはずだった、初日。
敦也の高校三年間は、地獄の運命へと導かれるのであった。
カクヨム・小説家になろうでも好評連載中!
全力でおせっかいさせていただきます。―私はツンで美形な先輩の食事係―
入海月子
青春
佐伯優は高校1年生。カメラが趣味。ある日、高校の屋上で出会った超美形の先輩、久住遥斗にモデルになってもらうかわりに、彼の昼食を用意する約束をした。
遥斗はなぜか学校に住みついていて、衣食は女生徒からもらったものでまかなっていた。その報酬とは遥斗に抱いてもらえるというもの。
本当なの?遥斗が気になって仕方ない優は――。
優が薄幸の遥斗を笑顔にしようと頑張る話です。
アマツバメ
明野空
青春
「もし叶うなら、私は夜になりたいな」
お天道様とケンカし、日傘で陽をさえぎりながら歩き、
雨粒を降らせながら生きる少女の秘密――。
雨が降る日のみ登校する小山内乙鳥(おさないつばめ)、
謎の多い彼女の秘密に迫る物語。
縦読みオススメです。
※本小説は2014年に制作したものの改訂版となります。
イラスト:雨季朋美様
自称未来の妻なヤンデレ転校生に振り回された挙句、最終的に責任を取らされる話
水島紗鳥
青春
成績優秀でスポーツ万能な男子高校生の黒月拓馬は、学校では常に1人だった。
そんなハイスペックぼっちな拓馬の前に未来の妻を自称する日英ハーフの美少女転校生、十六夜アリスが現れた事で平穏だった日常生活が激変する。
凄まじくヤンデレなアリスは拓馬を自分だけの物にするためにありとあらゆる手段を取り、どんどん外堀を埋めていく。
「なあ、サインと判子欲しいって渡された紙が記入済婚姻届なのは気のせいか?」
「気にしない気にしない」
「いや、気にするに決まってるだろ」
ヤンデレなアリスから完全にロックオンされてしまった拓馬の運命はいかに……?(なお、もう一生逃げられない模様)
表紙はイラストレーターの谷川犬兎様に描いていただきました。
小説投稿サイトでの利用許可を頂いております。
窓を開くと
とさか
青春
17才の車椅子少女ー
『生と死の狭間で、彼女は何を思うのか。』
人間1度は訪れる道。
海辺の家から、
今の想いを手紙に書きます。
※小説家になろう、カクヨムと同時投稿しています。
☆イラスト(大空めとろ様)
○ブログ→ https://ozorametoronoblog.com/
○YouTube→ https://www.youtube.com/channel/UC6-9Cjmsy3wv04Iha0VkSWg
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】ぽっちゃり好きの望まない青春
mazecco
青春
◆◆◆第6回ライト文芸大賞 奨励賞受賞作◆◆◆
人ってさ、テンプレから外れた人を仕分けるのが好きだよね。
イケメンとか、金持ちとか、デブとか、なんとかかんとか。
そんなものに俺はもう振り回されたくないから、友だちなんかいらないって思ってる。
俺じゃなくて俺の顔と財布ばっかり見て喋るヤツらと話してると虚しくなってくるんだもん。
誰もほんとの俺のことなんか見てないんだから。
どうせみんな、俺がぽっちゃり好きの陰キャだって知ったら離れていくに決まってる。
そう思ってたのに……
どうしてみんな俺を放っておいてくれないんだよ!
※ラブコメ風ですがこの小説は友情物語です※
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる