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第七章

由加の挑戦

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 やった後悔をしてみようと思ったものの、なにをやればよいのやらわからない。まったく経験が浅すぎる。

 これまで男性と交際したことはあるけれど、たいてい相手からなんとなく好意を持たれ、そしてなんとなく興味を失われるといった感じで、薄めすぎたカルピスのような恋愛しかしてこなかった。

 自分から行動するのははじめてだ。

 でも、おにぎり屋の店員である以上、個人的にダイレクトメッセージを送って店に来てもらうよう呼びかけるのは気が引けた。まして、大した交流もないのにいきなり仲良くなりたいと言うのも、相手からしたら恐怖でしかない。

 まずはちゃんと、お客さんとして来てもらって、好感を持ってもらいたい。

 でも、平日は会社員として働く理一が来ることは稀だ。だったらと、朋子に提案する。

「月に何回か、土曜日も営業しない?」

 自宅のリビングでくつろぐ朋子に提案する。側には修もいた。あれから、ふたりは同じ空間で過ごすことが増えた。

「土曜日? うーん、おやすみが減るのは体調的にきついんだけど……どうして?」

「玉砕覚悟で自分を売り込めって言ったのはお母さんなんだから、責任とって協力してもらうよ」

 その言葉で、朋子は理解したようだ。宅配の時みたいに、反対はさせない。やった後悔をさせてほしい。

「娘の初めてのやる気に免じて、協力しましょ」

 朋子は、満面の笑みでうなずいた。

「土曜日なら、お父さんも手伝えるぞ」

「お父さんはいいや」

 朋子の即答に、修はしゅんとなってしまった。

 仲良しこよしになるのはまだ先か、もう金輪際ないか……。



 土曜日のオープンのために、由加が新メニュー開発をすることになった。

 これまで、朋子だけが担っていたメニュー開発。思いのほか難しい。

 これはいい、とアイデアを朋子に提出しても「これ作って、いくらで売るつもり? これ傷みやすい食材だからやめて。作るのに何分かかるの? 作り置きは廃棄の元だからやらないわよ。売る相手をイメージしてる?」などと、質問とダメ出しをくらい続ける。

(難しいよ……)

 土曜日の客層は、平日とは違う。公園に遊びに来た人・これから観光地へドライブする人・家で食べるために簡単に済ませたい人。ひとり・ふたり・グループ。老若男女。パターンはさまざまありすぎて、どこにターゲットを絞るべきかわからない。

「お母さんは、いつもどう考えてる?」

「私は、由加やお父さんがおいしいって言っていたものから、値段や材料を考慮してアレンジしてるだけ。家庭料理の延長だもの。それを好きだと思ってくれる人に買ってもらうだけ」

 それがうちの店のいいところ~♪ と歌いながら、洗濯物をたたむ。

 朋子こそ、お客さんに退かぬ媚びぬ省みぬ、だと思う。全員に好かれるのも難しいけど、全員に嫌われるのも難しいと言って、好きにやっているようだ。

「なるほどねぇ」

 普段料理をせず、誰かに喜んでもらった経験のない由加には厳しいものだ。

 書いては消してを繰り返し、汚くなったノートに『公園で、カメラや荷物が多くても食べやすいもの』と書いた。

(……いや、おにぎりならだいたいそうじゃん。サンドイッチやハンバーガーだって……)

 そこで、はっとひらめく。

「おにぎりサンド……」

 すぐにスマホを開いて、インターネットで検索する。

 通常のおにぎりと違い、断面を見せることで華やかさが出るおにぎりサンドの写真がたくさん出てきた。韓国発祥でキンパとも言うらしい。

「お母さん、これどうかな」

 スマホの画面を見せると、顔を遠ざけながら朋子が眉間にシワを寄せて見る。そして、へぇとひとこと呟いて表情をやわらげ、由加の顔を見た。

「お母さんにはない物が作れそうね。やってみたら?」

「やった!」

 翌日から、お客さんの来ない時間を見計らって試作品作りに励む。

 朋子の作るおにぎりは定番の具材が多く、昔ながらの味が結-musubu-の魅力的だ。だから、具材に今っぽさを出してしまうとお店のイメージを損なう気がする。

 老若男女馴染みがあって、おにぎりサンドにして断面の見栄えが良い具材として、スパムをメインとすることにした。

 スパムと相性の良い厚焼き玉子の組み合わせが定番だろう。まずは、作ってみることにした。

 真四角の海苔を広げ、中央下半分に切り込みを入れる。右半分にごはんを平らにして置き、マヨネーズを塗る。海苔の右上にスパム、右下に厚焼き玉子を置く。そして、時計回りに折りたたんで形を整え、ラップにくるんで馴染ませる。ラップごと半分にカットすると、断面がきれいなおにぎりサンドができた!

「案外上手じゃない。厚焼き玉子はボロボロだけど」

「いっそスクランブルエッグのほうがいいかも。調理時間も短くて済むし、火も通りやすいから傷みにくそうだし。じゃあ、食べてみて」

 厨房に立ったまま、ふたりで試食してみる。

「甘めの玉子焼きとしょっぱいスパムの相性がいいわね。でも……」

「ちょっと、しつこいよね?」

 濃い味が好きな由加にはちょうどいい……ということは、一般的には濃い味だろう。

「そうね、年をとるとこういうのはちょっとしんどくて」

 一口目はよいものの、食べ進めていくうちにくどさを感じてしまう。これでは若い人にしか受け入れられないかもしれない。

「マヨネーズを減らすのと、玉子の砂糖を少なめにするのと……あとは、青じそはどうかしら」

「青じそ?」

「困ったときは、青じそよ。一枚どーんと入れると爽やかになるし、見た目もよくなるわ」

「やってみよう」

 厚焼き玉子を甘さをおさえたスクランブルエッグにし、マヨネーズ少なめ、青じそを追加して再度チャレンジ。

「うん、さっきより食べやすい。見た目も華やかになったし」

 朋子の評判は上々。由加も食べてみる。しかし、先ほどの試作品のパンチ力を思うと、物足りない気もした。

「うーん、若い人はさっきくらいの味のほうが好きかも。あたしは最初のほうが美味しいと思う」

 マヨネーズを減らしすぎたか? でも砂糖の甘味はこれくらいが丁度よさそうだ。

 少しずつ、微調整していこう。

「注文のときに、マヨネーズの量を聞くのはどう?」

「そうだね。塩加減とあわせて聞いてみよう」

 由加は、料理をしない自分がメニュー開発なんて無理だと思って、これまで取り組みもしなかった。あたしなんかがやったところで……って諦めていた。

 でも、やってみたらできるかもしれない。自分の料理を美味しいって食べてもらえるかもしれない。そう思うと、楽しくて仕方なかった。あれこれチャレンジして輝いている人を他人事のように見ていたけれど、今ならわかる。

 うまくいってもいかなくても、挑戦は毎日を輝かせるんだ。
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